7.ドラゴン退治
「そよ風の通り道」
取り出して栓を抜いた石筒から風となって出ていくのは、中に入っていた石化剤。石から火の玉を作ったのと同様に、水から熱で冷を追い出せば風になる。
そよ風の通り道はそうやって液体を風にしたり、空気を操って相手にぶつける魔法だ。けれど風属性の魔法はもっと上の魔法でないと風圧が弱く、火とは違って補助魔法にしか使えない。
これで回復薬を遠くに撒ければいいのだけど、結界や魔法による回復阻害にも関係無しに使えるよう、魔法が干渉できない成分が入っているらしく、残念ながら癒しの風は僧侶の専売特許となっている。
「お、おい!ドラゴンにゃ石化は効かないぞ」
アルグさんは叫んだ。それはそうだ、こんな少量で普通に買える道具じゃ、弱い魔物は兎も角ドラゴンそのものを石化させる事は出来ない。精々動きに支障が出ない程、鱗の少しを灰色に固めるくらいだ。
そう、鱗さえ石に出来れば。
「メイナ!?ドラゴンに近寄っちゃ駄目だ!」
「ごめんエルト、アルグさん。ちょっと後衛は――」
嫌だったとしても私が雑務課なんて場所に流されたのも、これがあったからで。それならば使うべきでしょ。
「休憩。」
ブンッ!と振るった棍棒は灰色の広がりに直撃する。瞬間、ぱん、と石の弾ける音がしてその一帯からばらばらっと崩れるように剥がれていく。ドラゴンはぴくりと瞼を動かしてグルルゥ……と唸るものの、直接血を噴かせるアルグさんとエルトに注目している。
「メイナ……!」
「……成る程な。石化した鱗を割っていくつもりか」
「剥がれた部分への攻撃は、一先ずアルグさんにお任せします!私もある程度割ったら殴りに参戦しますから」
「おうっ!了解」
鱗よりは薄い皮の残った場所をアルグさんに明け渡し、私はそこから少し離れた次の|鱗《もくひょう》へと駆け出す。
危険な攻撃はアルグさんにお任せなんて卑怯臭いかもしれないが、正直この棍棒と私の体では逃げ切れなかった時、アルグさんのように受け止められる自信はなかった。
だからそれよりも今は、攻撃できる箇所を増やす事が優先する。
「そよ風の通り道っ」
「駄目だよメイナ!メイナがドラゴン相手に接近戦なんて、危なすぎる」
「肝心な危ない事は、二人に、やってもらってるでしょおッ!」
両手で握り締めた棍棒を首横まで引き、一気に振るう。
ぱぁん!
鈍器に触れて飛び散る石の鱗。そうして私が攻撃箇所を増やした次の瞬間、ドラゴンがグォォオン!と体を大きく動かして鳴いた。どうやらアルグさんがさっきの場所を切り裂いたらしい。
怒りが直接こちらに向かう事はないものの、どたどたっと太い足を動かし暴れる巨体に巻き込まれないよう急いで離れる。
その退避の間にもまたそよ風の通り道を唱えた。
私が諦める素振りのない事を知ったエルトは深い溜め息を吐いて、代わりに攻撃を早めた。
二人の容赦ない攻撃に、痛みの増えていくドラゴンは更に暴れ動き、攻撃に込められる力がより強いものになっていく。
それでも違う方向の二人を一片に相手にすると一撃一撃の振りがおざなりになって、避けられては血を撒き散らし叫び喚く。皮ののぞいた右手はすっかり赤く濡れてぶるぶると痙攣し、もはや使い物にならなくなっていた。
それをざっ、とアルグさんが切り落とす。
「――よし。右手は落ちたぞ!」
「こちらも、大分動きが鈍っています。もう少しでいけそうですよ」
エルトの一刺しに左足で反撃したドラゴンは、言葉通りに始めよりも鈍い動きをしていた。
完全に怒り狂ったドラゴンは二人しか見ていない。それでも尻尾もばたばたと攻撃に加わっているし、痛みに捩れる胴体もぶつけられだけで私は吹き飛んでしまうだろう。隙のある場所から順々に叩いているので、鱗を割る余裕は段々と減っていった。
……否、それは私が危険を避けているだけか。
握り締めた石筒が悲鳴をあげていたので、私は慌てて行動を再開した。また粉砕する音が響いた。
「……そろそろ私も、攻撃に回らなきゃ、かな」
そして私は、残り一本の石筒の栓をからん、と落とす。
併せてごくりと唾を飲み込んでから、最後の魔法を唱える。
「そよ風の通り道っ!」
この目の前の石を割ったら。もう一度、今度はその皮を、肉を殴る。鋼鉄製の特注棍棒に私の馬鹿力。いくらドラゴンでも、鱗さえなければかなりの痛みだろう。
ぱあんっ!
怖れに打ち克とうと、渾身の力を振り絞って石化した鱗を割った。花火のように散らばっていく欠片の上から太い声が降り注ぐ。
グォォオオ!
相変わらず地の底から響くような声だと思った。
「馬鹿、メイナ……!お前、力強すぎだっ!」
しかしそれだけで終わらなかった。今まで向けられなかった怒りが私に向く。睨み付ける透き通った緑の目が私を映す。
アルグさんの驚いた声と向き合ったドラゴンの顔に、ようやく私は力を込めすぎたのだと気付いた。
……いや、嘘でしょ。幾ら全身全霊込めたって、小娘に鋼鉄の棍棒だよ?!
それでもドラゴンの攻撃に待ったは無しだ。目の前に迫る大きな口。棍棒を振り切ったところで、あの牙一つにだって傷をつけられるものか。
「きゃあああっ!」
叫んだところで次に来るのは痛み。……そう思っていたのに、私に降りかかったのは熱いくらいの赤い水だった。
冷える洞窟の中で吹き出したばかり血は湯気すらたてて、源であるドラゴンの緑の目を細い銀色が貫いていた。
「――メイナ。下がっているんだ」
乱暴ではないものの、命令口調でエルトは言った。おそらく私に喰い掛かるため下がった瞬間、突き刺した剣を足掛かりに乗り上げたのだろう、ドラゴンの顔の上で。
淡い茶色の髪を洞窟の暗闇だけでなく、血がくすませている。そこに表情が隠れていて私には窺えなかった。
「……える、と」
「だから言ったじゃないか。メイナは誰にも殺させはしないってね。……僕以外には」
ズ!と、もう一方の瞳にも暗い闇を纏った剣が真っ直ぐに突き刺される。当然ドラゴンは呻きながら頭をぶんぶんと振り、ぐんと上に上がった。
「エルト!」
「それに君、喰い殺そうとしたよね。死体も残らぬように」
そんな激しい振り払いにも動じず、冷酷な声色のまま急所であろう目を潰した後は額をざっと切っていく。
まだ使える方の手もエルトを削ごうと何度も通っていくが、自分の顔を裂く訳にもいかず、そうなると今のエルトには簡単に避けられてしまった。
「メイナ!今はエルトの言う事に従え!」
「で、でもっ……」
取り出して栓を抜いた石筒から風となって出ていくのは、中に入っていた石化剤。石から火の玉を作ったのと同様に、水から熱で冷を追い出せば風になる。
そよ風の通り道はそうやって液体を風にしたり、空気を操って相手にぶつける魔法だ。けれど風属性の魔法はもっと上の魔法でないと風圧が弱く、火とは違って補助魔法にしか使えない。
これで回復薬を遠くに撒ければいいのだけど、結界や魔法による回復阻害にも関係無しに使えるよう、魔法が干渉できない成分が入っているらしく、残念ながら癒しの風は僧侶の専売特許となっている。
「お、おい!ドラゴンにゃ石化は効かないぞ」
アルグさんは叫んだ。それはそうだ、こんな少量で普通に買える道具じゃ、弱い魔物は兎も角ドラゴンそのものを石化させる事は出来ない。精々動きに支障が出ない程、鱗の少しを灰色に固めるくらいだ。
そう、鱗さえ石に出来れば。
「メイナ!?ドラゴンに近寄っちゃ駄目だ!」
「ごめんエルト、アルグさん。ちょっと後衛は――」
嫌だったとしても私が雑務課なんて場所に流されたのも、これがあったからで。それならば使うべきでしょ。
「休憩。」
ブンッ!と振るった棍棒は灰色の広がりに直撃する。瞬間、ぱん、と石の弾ける音がしてその一帯からばらばらっと崩れるように剥がれていく。ドラゴンはぴくりと瞼を動かしてグルルゥ……と唸るものの、直接血を噴かせるアルグさんとエルトに注目している。
「メイナ……!」
「……成る程な。石化した鱗を割っていくつもりか」
「剥がれた部分への攻撃は、一先ずアルグさんにお任せします!私もある程度割ったら殴りに参戦しますから」
「おうっ!了解」
鱗よりは薄い皮の残った場所をアルグさんに明け渡し、私はそこから少し離れた次の|鱗《もくひょう》へと駆け出す。
危険な攻撃はアルグさんにお任せなんて卑怯臭いかもしれないが、正直この棍棒と私の体では逃げ切れなかった時、アルグさんのように受け止められる自信はなかった。
だからそれよりも今は、攻撃できる箇所を増やす事が優先する。
「そよ風の通り道っ」
「駄目だよメイナ!メイナがドラゴン相手に接近戦なんて、危なすぎる」
「肝心な危ない事は、二人に、やってもらってるでしょおッ!」
両手で握り締めた棍棒を首横まで引き、一気に振るう。
ぱぁん!
鈍器に触れて飛び散る石の鱗。そうして私が攻撃箇所を増やした次の瞬間、ドラゴンがグォォオン!と体を大きく動かして鳴いた。どうやらアルグさんがさっきの場所を切り裂いたらしい。
怒りが直接こちらに向かう事はないものの、どたどたっと太い足を動かし暴れる巨体に巻き込まれないよう急いで離れる。
その退避の間にもまたそよ風の通り道を唱えた。
私が諦める素振りのない事を知ったエルトは深い溜め息を吐いて、代わりに攻撃を早めた。
二人の容赦ない攻撃に、痛みの増えていくドラゴンは更に暴れ動き、攻撃に込められる力がより強いものになっていく。
それでも違う方向の二人を一片に相手にすると一撃一撃の振りがおざなりになって、避けられては血を撒き散らし叫び喚く。皮ののぞいた右手はすっかり赤く濡れてぶるぶると痙攣し、もはや使い物にならなくなっていた。
それをざっ、とアルグさんが切り落とす。
「――よし。右手は落ちたぞ!」
「こちらも、大分動きが鈍っています。もう少しでいけそうですよ」
エルトの一刺しに左足で反撃したドラゴンは、言葉通りに始めよりも鈍い動きをしていた。
完全に怒り狂ったドラゴンは二人しか見ていない。それでも尻尾もばたばたと攻撃に加わっているし、痛みに捩れる胴体もぶつけられだけで私は吹き飛んでしまうだろう。隙のある場所から順々に叩いているので、鱗を割る余裕は段々と減っていった。
……否、それは私が危険を避けているだけか。
握り締めた石筒が悲鳴をあげていたので、私は慌てて行動を再開した。また粉砕する音が響いた。
「……そろそろ私も、攻撃に回らなきゃ、かな」
そして私は、残り一本の石筒の栓をからん、と落とす。
併せてごくりと唾を飲み込んでから、最後の魔法を唱える。
「そよ風の通り道っ!」
この目の前の石を割ったら。もう一度、今度はその皮を、肉を殴る。鋼鉄製の特注棍棒に私の馬鹿力。いくらドラゴンでも、鱗さえなければかなりの痛みだろう。
ぱあんっ!
怖れに打ち克とうと、渾身の力を振り絞って石化した鱗を割った。花火のように散らばっていく欠片の上から太い声が降り注ぐ。
グォォオオ!
相変わらず地の底から響くような声だと思った。
「馬鹿、メイナ……!お前、力強すぎだっ!」
しかしそれだけで終わらなかった。今まで向けられなかった怒りが私に向く。睨み付ける透き通った緑の目が私を映す。
アルグさんの驚いた声と向き合ったドラゴンの顔に、ようやく私は力を込めすぎたのだと気付いた。
……いや、嘘でしょ。幾ら全身全霊込めたって、小娘に鋼鉄の棍棒だよ?!
それでもドラゴンの攻撃に待ったは無しだ。目の前に迫る大きな口。棍棒を振り切ったところで、あの牙一つにだって傷をつけられるものか。
「きゃあああっ!」
叫んだところで次に来るのは痛み。……そう思っていたのに、私に降りかかったのは熱いくらいの赤い水だった。
冷える洞窟の中で吹き出したばかり血は湯気すらたてて、源であるドラゴンの緑の目を細い銀色が貫いていた。
「――メイナ。下がっているんだ」
乱暴ではないものの、命令口調でエルトは言った。おそらく私に喰い掛かるため下がった瞬間、突き刺した剣を足掛かりに乗り上げたのだろう、ドラゴンの顔の上で。
淡い茶色の髪を洞窟の暗闇だけでなく、血がくすませている。そこに表情が隠れていて私には窺えなかった。
「……える、と」
「だから言ったじゃないか。メイナは誰にも殺させはしないってね。……僕以外には」
ズ!と、もう一方の瞳にも暗い闇を纏った剣が真っ直ぐに突き刺される。当然ドラゴンは呻きながら頭をぶんぶんと振り、ぐんと上に上がった。
「エルト!」
「それに君、喰い殺そうとしたよね。死体も残らぬように」
そんな激しい振り払いにも動じず、冷酷な声色のまま急所であろう目を潰した後は額をざっと切っていく。
まだ使える方の手もエルトを削ごうと何度も通っていくが、自分の顔を裂く訳にもいかず、そうなると今のエルトには簡単に避けられてしまった。
「メイナ!今はエルトの言う事に従え!」
「で、でもっ……」