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6.ドラゴン対峙

 私はさっきからの態度と、そもそも発端となった無茶苦茶な行動は彼が起こしたという事もあって、我慢できずに彼の頬をふみぃっと引っ張った。勿論自分の力はわかっているから、子供相手の大分手加減した力だ。それでも幼く柔い頬はよぉく伸びる。
 フルーレちゃんははわわと慌てて私とレン君を交互に見るけど、結局は止められないままだった。

「フルーレちゃんもパルマも、本当に心配してたんだからね!そんな言い方ないでしょ!はい、“有難う御座いました”」

「あいがひょうごらひまひら」

「あっ、はい」

 観念したレン君は仕方なさそうな棒読みだったけれど、言うには言ったので、私もぱっと手を離す。するとレン君はぼそっと何かを呟いた。

「ちっ。……ゴリラ女」

 ゴリラと言うのがよくわからないけど、多分暴力を批難する言葉なのだろう。まあ、叱りに文句が返ってくるのは想定内だ。子供って言うのはそういうもの。
 しかし私の胸元を舐めるように見てから腕組みして言った事はどうだろう。

「しかしその胸は認めよう。パルマには劣るが、そのくらいあれば合格点だ」

「レン君。」

 私は棍棒握り締めて笑顔になるが、それを振り回す前にエルトの魔法によって断罪された。呪文も無しにパキィッ、とレン君の足元から石筍のようなものが現れて彼を狙ったのだ。ご自慢の足でさっと避けなければ、冗談抜きで貫かれていただろう。

「っぶねー!何すんだよ」

「自業自得です。それより、ふざけてる場合じゃないでしょう。次、炎が来ます」

 エルトの平淡で冷たい声に、私達はドラゴンを見た。四肢を踏ん張り頬に何かを溜めているような格好をしている。
 ドラゴンは魔法を使えない。代わりに頑丈なその体を使って攻撃してくるのだが、一つ特殊な攻撃がある。他の生物と造りの違う臟腑から、火を生成する事が出来るのだ。火を溜めこんで纏まった量になると吐き出される息は、魔法ではないがまやかしでもなく、炎は炎。

「っ、レン君、退がるよ!」

「おい掴むな、そんなの避けて……」

 そんな悠長な事を言っているあたり、対峙していたのは一人だったし多分ドラゴンの炎を見たことがないのだろう。私はレン君を抱え込むと急いで後ろへと走り逃げる。
 私達の退却を確認しつつアルグさんとエルトも後方へとやって来たが、そこに炎が一柱、アルグさんの手元ギリギリまで伸びてきた。

「アルグさん!?」

「うおっ、危ねぇな!」

「息の攻撃範囲はここまでのようです。次をやられる前に突いてしまいましょう」

 数秒ごうう、と燃えると炎は伸ばしきったゴムのように、そこからしゅうっと退いていく。頃合いを見計らった前衛二人は直ぐ様またドラゴンの下へと走り出した。
 私は自慢したくもない力で抱えていたレン君を下ろすと、呆然とする彼に一言添える。

「……こんな広範囲なの、避けようがないでしょ」

「……」

 例えちょっとやそっと実力があったって、知識や経験の無い敵を相手に無茶をすればこう言う事が起きる。私達が先程まで立っていた場所は勿論、ドラゴンに至る道など無いのではないかと言うほど道幅いっぱいに、未だ残る熱は広がっていた。
 エルトは駆ける間も道を冷やすように地に向かって何かの魔法を唱えている。アルグさんがそれに対してお礼を叫んでいるのが聞こえた。

「フルーレちゃん。自称勇者くんを見張っていて!」

「は、はいっ」

「……っ、だ、誰が自称だ!」

 レン君の抗議を背に受けながら、私は二人の後を追った。
 使えるのは何処にでもある小石や土の欠片を使った火の魔法、灯火の通り道。でもこれは注意を引くくらいしか出来ない。
 アルグさんが力一杯に剣を振るった。ガッ、と鉱石が削れるような音がして刺さった部分の鱗が剥げる。離れた刃が赤い血を散らすが、それはほんの僅か。

「ちぃっ、伝家の宝刀でもやっぱりドラゴンは駄目か」

 こんな時も冗談なのか、それとも前に剣が折れた事を考えてとっておきの装備を持ち出したのか、そう悪態を吐いて今度は防御体制を取る。ペリドットドラゴンの時のように前に構えた剣が汚れた白の爪をギィン!と防ぐが折れることはなく、アルグさんの足を土ごと後ろに押しやるだけで済んだ。
 その隙に反対側の側面からエルトがずぐっ、と剣を突き立てる。こちらの剣はずっぷりと入り込んで深い切れ目を入れた。

「ストーンドールの時もだが、お前の剣だけはよく通るな」

 血を噴き出してグォオオと痛みに鳴くドラゴン。力の抜けた爪を薙ぎ、アルグさんももう一度その黒い体を削った。

「やっぱり、この黒い靄って。闇の魔法……」

「正解だよメイナ。剣の表面を闇化させて、通してるんだ」

 反撃してくるドラゴンを避けたエルトは、実演するようにまた剣を差し込む。

「……なるほど。闇か。そりゃあ、並大抵の魔法じゃ効かんドラゴンにも効くわけだな」

 そうこう言葉を交わしている間も二人は攻撃と防御を続け、私は様子を見るという名目でただ突っ立っているばかり。二人のおかげでドラゴンは準備も出来ず、炎の息が来る事はないみたいだけど。
 これじゃあ無謀に前に出ていこうとした勇者くんと変わらないじゃない。回復役として待つのも無しではないけど、癒しの風を送れない私では近づいて、あるいは近寄って傷薬を掛けるしかない。細かい傷や打ち身ではその行為は逆に邪魔だ。

「俺も直接肉を切れりゃ、……はあっ!話は、別なんだけど、な!」

「それでも流石に、オブシディアンは硬いですね!もっと、いけると思ってたんですが」

 一瞬でペリドットドラゴンを四分断させたエルトも、オブシディアンドラゴンには今のところ血溜まりを作らせるまでにしか至れない。
 肉に辿り着ければ。
 それ自体もまだ硬いのだろうが、アルグさんがもっと深い傷を負わせられる。一番効果の無い打撃である、私の攻撃でも通る。そこまで行けば、エルトが止めを刺すだろう。

「……鱗さえ、剥がれれば良いのよね」

 棍棒の滑り止めを右手でぎゅっと握る。
 確か、まだ鞄の中にあるはずだ。アジュガに来る前に買った石化剤が。
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