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6.ドラゴン対峙

 灰色の固い鱗がキラキラと光る辺りの鉱石で照らされて、地を踏むだけで石の欠片が削れて跳ねた。長い尻尾がゆらゆらと左右に揺れて鋭い目がギョロギョロと動くと、黒髪の小さな少年を捉える。涎が零れるのも気にせずくわっと牙を晒け出した。
 それは何度もこのドラゴンがしてきた事だった。それなのにその少年はドラゴンと出会って大分経つが、未だに生き残っている。

「くそっ……ここは格好良く倒して、町に帰った俺が速攻で女の子達に惚れられるパターンじゃないのかよ……!」

 ぼやく少年を今度こそ喰らってやろうと、ぐんっ!と寄ってくる鱗の張り付いた獣の頭。少年は今まで通りに小さな四肢を駆使してひょん、ひょんと飛び退けるが、攻撃は回避したものの右手に涎が付き、酷く嫌そうな顔をして何度も右手を振った。
 その内に次の攻撃を仕掛けるためか、ドラゴンの頭は元の位置に戻っていく。

「ちっ。やっぱ幾ら能力あったって、体が小さきゃ問題有るな」

 一般的には恐れられるドラゴンの攻撃を軽く避ける彼の力は、実績も何もない初心者ではあるが、実際はそこらの冒険者を超えていた。
 しかし装備は鋳造製のありふれた物で良くも悪くもない質。それに人並みより優れた速さや力があろうと、幼い体では距離感や筋肉の限界があった。
 剣は折れて、拳で戦っても目の前のドラゴンが痛みで更に怒る程度。それはそれで普通に考えれば凄い事なのだが、到底勝てはしない。
 おかげで今では道具頼りになっている。生き延びられた多くの理由はこれだった。が、その道具もそろそろ底をつく頃だ。

「最悪この足でもギリ逃げられるだろうし、死ぬ事はないだろ」

 少年はチキュウカンパニーと書かれたロゴ入りの道具を取り出した。それを握り、ドラゴンへと向ける。
 女の子がいればもう少し士気も上がるんだが、と途中で逃がしてやったマッチョを思い浮かべて、直ぐ様彼女は駄目だと首を振った。

「だって俺は、勇者だからな」

 ◆ ◆

 階段を降りた私達はそこの広場からすぐに、星のような煌めきに包まれる。ライトストーンの含まれた岩壁が闇と相俟って美しくも、それに溜め息を溢して堪能する時間の無いことが悔やまれた。
 この光がある場所では食用鉱石がよく一緒に採掘されると聞く。上では囲うように襲ってきた魔物がここにはいない事も考えると、ドラゴンがいつの間にか住み着いてしまったのだろう。

「そう、ここです……私とレン様が別れてしまったのは……。あの時の私は、綺麗な光景に見蕩れていて……」

「フルーレちゃん……」

 ガァァアアア!

 想いに耽る余裕すら与えてくれずに、再び轟く音が魔窟を大きく揺らした。先程の音と比べても、もうすぐ傍までやって来たのがわかる。
 そしてここまで連続して吼えていると言うことは。

「今も勇者の坊主は対峙中のようだな。こっちだ、行くぞ!」

 私達は駆け出した。あんなに激しい声を何度も吐き出すと言うことは、隠れているのを探す為ではない。攻撃を受けたか威嚇でもする為だろう。

 案の定、辿り着いたそこではたった一人の子供とドラゴンがいた。
 簡単に魔窟を崩してしまいそうながっしりとした黒い巨体。見えない奥まで続く尾に、洞窟の高さギリギリに掲げられた頭。ギンと開かれた瞼の下の、美しくも怖い目だけがペリドットドラゴンと同じ緑の輝きをしていた。あとは、大きさも、見ただけで感じる力強さもそれを上回っている。
 確か、名前はオブシディアンドラゴン。事務をやっていた頃に一度だけ依頼票を見たことがある。
 対する子供は町にいる子供ともそう変わらない小さな体つきの、黒髪をツンツンと生やした男の子。装備は鎧も靴も手袋も、初心者と考えれば良い物を着けているけれど、足下に捨てられた剣先のなくなった柄を見ればわかる通りドラゴン相手にはまるで歯が立たないものだった。

「……フルーレちゃん、後ろに下がっていてくださいね」

 強大な存在を目の前にすると、やっぱり少し、怖い。それでも私はフルーレちゃんとレン君を守らなきゃいけないんだ。特にレン君。それがパルマに頼まれた事で、私の仕事。
 少しだけ震えた右手を、左手を重ねて抑える。あの時は想定なんてしてなかったけど、今はドラゴンがいる事を覚悟して進んで来た訳だし、エルトも守ってくれると言った。
 大きさに圧倒されてそれでもまだ体が震えているから、ぎゅっと目を瞑って、一瞬であのペリドットドラゴンを肉塊に変えてくれた場面を思い出す。
 そこで、震えが止まった。

 私はアルグさんとエルトに目で合図をして、そっと石ころを拾う。
 二人とも少し心配してくれるような目で見てたけど……大丈夫だ。
 怖いけど、今回は、動ける。

「……灯火の通り道!」

 火の玉がひゅるひゅると揺れて進み、ぽんと鱗を叩いても、勿論傷なんか与えられない。ドラゴンにすればちょっと肩に触れられた程度だ。けれどその厳つい顔がこちらにズズ、と動いた。それで良い。
 少年もこちらに気付いて驚いた顔で振り向く。

「なっ……お、おい!攻撃を与えたら、あんた達が狙われるぞ!」

 そして自称勇者の少年、レン君はこちらにそう叫んできた。……この子、他人の事を心配してる場合じゃないでしょうに。

「そうする為に魔法を使ったの!私達、レン君を助けに来たんです!」

「いいから、隙を見て逃げて来い坊主っ」

「坊主?!……まあいいや、仕方ない!」

 アルグさんの呼び掛けに応じるとレン君は小さな足で駆け出す。途中、私の攻撃に怒りを示したドラゴンが吼えて、まずは一発爪を向けてきたが、それは距離も構えもあって全員が避けた。
 その隙間を縫ってレン君がこちらまで辿り着く。

「は、早い……!」

 それを見て私は思わず呟いてしまった。
 初心者だから、怖がって中々こちらに来れない可能性もあったし、来れたとしても私達が戦っている間に大きく回り込んでやって来るものだと思っていた。けれどレン君は地に痕を付けながら引き戻される巨大な手の横をひゅんっと走ってきたのだ。

「そうだろそうだろ!何て言ったって俺は勇者だからな!……それはそうと、フルーレは無事だったのか」

 褒められてもまるで謙遜せずににかっと笑う。子供らしいと言えばらしいけど、それでもちょっと生意気が過ぎる子だ。
 ……まあ、言うだけの実力は、あるみたいだけど。
 後ろに下がっていたフルーレちゃんはそんな彼の性格も気にせず、ただただ乙女らしく胸の前に手をやって言葉を返した。

「は、はい!レン様が逃がして下さったお陰です。レン様もご無事で何よりですっ……」

「まあ、お互い良かったな。流石にその体でも女に死なれちゃ目覚めが悪いや」

 その言葉がぴくりと耳に付く。私達もフルーレちゃんの姿には吃驚したし、失礼な事も言ってしまったかもしれない。けれどレン君の言葉は包み隠そうともしない、あんまりな言葉だ。

「レン君?」

「な……なにひゅんら!こら!」
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