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5.ほうこう

 始めはオーガと見間違えるくらい怖かったフルーレちゃんだけど、慣れてくると本当にただの可愛い女の子だ。初歩とは言え癒しの風もきちんと使えるし(まあ私は僧侶や魔術師じゃないから詳しくはないけど)、帰ったらレベル1の資格申請と初級僧侶の称号推薦はしてあげたい。
 そんな事を思いながら辺りを見回すと、時にやって来た魔物を過剰な攻撃で撃退しているエルトが見える。警戒はまだまだ動けるらしいエルトが申し出てくれた為、実力も恐らく実績も私達の上だし、今のところ任せているのだ。
 ……随分やる気あるなぁ。

 その後もちろちろと雑談をしつつ調子を整えてから、私達は腰を上げた。そしてそこにエルトが加わる。
 休憩中にある程度経ったところでアルグさんが「代わるぞ?」と提案したのだけど、自分がやりたいのだと断られてしまい、結局エルトはずっと辺りの警戒を続けていたのだった。

「……エルト、大丈夫?あ!気力剤!気力剤飲む?」

 疲れがすっと取れて少しだけ集中できるようになる気力剤。魔法使いにとってはその少しでも、魔法が使えるようになるのは大きい事。
 ただし小瓶一本で三〇〇Rと値段が高い上に、瓶同士が触れて割れないよう羊毛で包んでいるので嵩張る為、沢山は準備できなかった。
 でも、今頑張っていたエルトにこそ使われるべきじゃないか。そう思って鞄に手を掛けたのだが……

「いらない」

「あれ?……そう……?」

 私は開き始めていた鞄を閉じた。そして、エルトの後を追って歩き始めた。

 暫くは魔物が出て来なかったが、奥に進めば清掃しきれていなかった魔物がうようよと現れる。
 私でも実物は初めて見るような魔物に、少し身構えながらも魔法を唱えた。
 しかし、石造りの気味の悪い人形のような魔物、ストーンドールはばしりと火の玉を手で弾く。……やっぱり石には効かないか。
 ぎぃんと剣も弾かれて、アルグさんは小さく舌打ちした。

「この先がドラゴンに続く階段だろう?退けなよ」

 そんな中、エルトの細剣だけが石と石の継ぎ目を通る。すっと引き剥がされた腕はごとんと落ちて、ストーンドールは呻き体を捩った。
 そこにすかさず剣が横に走る。頭もぽんと取れて転がり、首より下は操り人形の紐が切れたように地に崩れ落ちる。
 どうしてエルトの剣だけが……。
 そう思って剣をよく見てみると、黒い霞のようなものがもわもわと漂っていた。

 ――魔剣。或いは、闇の魔法。

 闇なんて普通は使えない。魔剣だって滅多に手に入るものじゃない。エルトは、本当に凄い人なんだ……。
 そう理解する頃には四体全部が地面に這いつくばっていて、圧倒されていた私はその瓦礫を見つめていた。先の二人がもう階段へと向かったと言う事に気付いたのは、フルーレちゃんが袖を引っ張ってくれた時だった。


「ドラゴンの前に階段ですっ転ぶなよー」

「は、はい!」

「どっちかと言えばアルグさんがやりそうな事ですけど」

 魔物の手で抉られて出来た階段は拙く、ただ昇降できれば良い造りになっているので、人間には使い辛い。段差がちぐはぐだったり、段そのものも真っ直ぐじゃなかったり。灯りはそれぞれが身に付けているライトストーンからほわりと漂っているため、篝火が無くても見えはするのだけど、足元は薄暗くやはり危険だ。

「ははは!注意してる俺が転ぶわけないじゃないか!」

 大きな笑い声が辺り一帯にうわんと反響する。
 それを聞きながらも、アルグさんにやっぱりやったなと笑われないよう気を付けて降りていた。のだが。

 グォォオオオ!

「きゃあっ?!」

 下の方から放たれた咆哮が、洞窟そのものを揺るがした。これは、フルーレちゃんの言っていたドラゴンだ。
 声だけでもわかる力強さに恐ろしさと確信が湧くが、それが体に広がる前に、よろめいて踏み出した足がぐらんぐらんと共鳴して揺れる足場を捉えられなかった。すっと冷える背中。無い足場へ掛けた重心でそのまま前に落ちる体。まだ続く硬い階段。
 壁に手をつこうにも掴まる場所もないそこでは触れるだけで。

 ど、どうしよう……!

 このくらいの段数なら落ちたって打ち所が悪くない限り死ぬ事はないだろうけど、確実に痛いし骨は折れるだろうし。その前に、私の前にはエルトが……!

「ごめん、避けてエルト!」

「誰が避けるって言うんだい」

 ふわりと引き寄せられたように、自然に抱き止められる。それは朝やさっきとは違い、刃物も絞める様子もないただの紳士的な行為。
 少し顔を動かせば、白い肌や真剣に辺りの揺れを警戒する茶の瞳、その上に綺麗に伸びる長い睫毛なんかが映って、さっき少しだけ感じたあの柔らかくて優しい匂いにぎゅっと包まれて。
 ……暖かいし、安心する。
 けれどそんな気持ちを逃さないためか隠すためか、胸から手先から顔から、熱がぶあっと広がってそれを覆っていく。赤くならないようにと抑えようにも、余計に意識してしまうようで更に熱くなる。
 そうして私は固まっている内に揺れは収まっていた。

「あ、え……あの、あり、がと……」

「……メイナが怪我をするのをわかってて、避けるわけがないじゃないか」

 むっとされて、私はごめんとしか言えなかった。
 私を助ける手間をかけさせてごめんと言ってしまったのか、エルトの言葉を受け入れる気持ちと自惚れが少しでも湧いて言ってしまったのか、自分にもよくわからないけれど。

「あの、メイナさん、エルトさん……。前の……アルグさんが」

 エルトから解放してもらってすぐ。おず、と指を斜め下に向けてフルーレちゃんが言う。
 それに釣られて私もそちらを見ると、アルグさんが次の階層に頭から突っ込んで大の字に広がっていた。アルグさんは一番前だったからもう残り二、三段で大怪我の心配はないけど、逆に何故その段数でこんな事になるのか。

「いてて……全く、早速攻撃してくるとはやるなぁ」

「……。えっと、大丈夫ですかアルグさん」

「お、おう」

 他人の事言えないですけど、注意してる俺が、何でしたっけ。アルグさん。
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