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1.ある日、森の中

 二足歩行する人形の、人でないものが闊歩する森。元々彼らゴブリンが棲みついていたのだが、最近は町にも降りてくるようになり、それで冒険者ギルドに百匹単位の駆除依頼が来た。
 そして、そんな標的の屍は、私の足元にごろごろと転がっている。

「って何でギルド職員だった私がこんな事してるのよおおお!」

 叫びながらも振らなきゃいけない鈍器がごすっ!と重い音を立てて緑の頭にぶつかった。比較的弱い存在のゴブリンはそれだけで「グゲエッ」と鳴いてどさりと崩れ落ちる。

「ははは、そんだけ力があるんだから、仕方ないだろ。いいからあと二十匹、頑張れー、メイナ」

 向こうで同じ様にゴブリン退治をしている十も年上の同僚は、笑いながら心の篭らない応援を送ってくれる。
 綺麗な金髪を後ろに流し、男らしいキリッとした顔立ち、宝石みたいな緑の目。背丈もあるし格好良いのにそれを無駄にするかのように、大抵は男前の顔を崩してはははと笑ってる。そんな彼は冒険者で手慣れているからか、おふざけをしていてもサクッと殺れるのだ。
 お陰様、募った憎しみや怒りで私の次の一撃が重くなった。

「グゲッ……!」

 喰らったゴブリンも、尻の切れた鳴き声で倒れていった。
 なきたいのはこっちの方だ。

 私は本来……いや、今だって冒険者ギルドのギルド職員だ。間違っても所属している冒険者じゃなくって、町の人から依頼を受け、選別し、彼らに依頼を渡すとか、裏でひたすら計算器を弄ってるとか、そんな事務員。ギルドを運営するギルド職員は大半がこれだ。
 勿論ギルドそのものを立ち上げたのは冒険者だったけれど、それは今やお偉いさんだし、交渉だ何だと顔は殆ど見たことがない。それと冒険者相手だからごたごたがあった時のために冒険者出の警備員はいるけど、必要最低限のみ。
 それがある時、どうしても美味しくない依頼は余ってしまう実情が議題に上がった。標的の数が多すぎて面倒とか、ドラゴン相手なのに報酬が一万R(リーン)の依頼とかだ。冒険者にとっては違う依頼を選ぶだけで良いものの、ギルドとしては信用を失ってしまうし、あまりに依頼を断っていると国からの補助も無くなってしまう。
 それで結果、雑務課というものを設置しようと言うことになった。

 そう、今まさに私が流刑に遭っている、これだ。
 
「ふう……ようやく終わった……」

 私がようやく鈍器を下ろして落ち着く頃、大量の屍が辺り一面に広がっていた。鞘に剣を収めた向こう側も同じ様に終わっていて、軽い笑い方をして近付いてくる。

「いや、しかしお前は本当に馬鹿力だな。ギルド職員だなんて勿体無いくらいだ」

「ふざけた事言わないで下さい、アルグさんっ!私は本来なら恋人の一人もいて、人生満喫してるはずの年頃なんですよ?!なんでそんな年頃の女が死屍累々、積み上げなきゃならないんですか」

「あれ、メイナ何歳だっけ」

「二十二です」

「おや若い。でももっと若いと思ってた」

「その言葉、雰囲気のある高級酒場とかでお願いします」

 むうと膨れて言う私に、アルグさんはまた笑う。
 冗談半分。でも性格に難有りとは言え、顔は良いし、強いし、言われるべき所で言われたらコロッと落ちてしまいそうだ。
 尻軽と言われてしまいそうだが、この怪力故に、大人になってからはまともに女扱いされた事なんて殆どない。だからちょっとだけ、前を歩く格好良い男性のアルグさんがいいなと思ってしまう時もある。

「?どうしたんですか、突然立ち止まって」

「……ははは。やばい、メイナ。道間違えた。迷ったみたいだぞ」

 そうじゃない時はもっとある。

「ちょっとアルグさん?!地図はっ、地図はどうしたんですか!私、町出た時に預けましたよね?」

「いやあ、さっき乱戦してる時に真っ青に染めてしまってな!ははは」

「はははじゃないですよー!だからあの時私が地図持つって言ったじゃないですか。って言うかゴブリンの血で汚すって、一体何処にしまってたんですか、もう……」

 まあ僅かばかりの食糧は持ってきている。侘しい思いを我慢すれば一日くらいは持つだろうし、町からはそう遠くもなく、方向もコンパスで大体分かる。
 問題は悪路も構わずに進まなくてはならないだけなので、粗方文句を投げつけた後は溜め息で締めた。

「取り敢えず南西に向かいますよ。森は町から北東方向ですから、コンパスに従って歩きまくれば、その内街道か人でも見つけられるでしょう」

「おう」

「コンパス。私に貸してくださいね?まさかこの期に及んでアルグさんが持つとか言いませんよね」

「……おう」

 そう言って歩き始めてから一時間程。
 森の中の私達は何度もコンパスを確認して進み、今も私がコンパスに視線を落としていた。
 その横でガサガサと揺れる葉音が聞こえる。
 獣か、残りのゴブリンか。どちらにせよこの森には弱い魔物ばかりしかいないので、私が進路確認、アルグさんが周囲警戒をしていればまず危険はない。
 ――はずだった。

「え」

「メイナ!」

 ガキィッ!と剣身の削れる音がして、鋭く太い爪が弾かれる。
 目の前に出てくれたアルグさんが、私を守ってくれたお陰で助かったのだ。その彼はいつものように笑ってはいなかった。冷や汗を流し、そこにいる巨大な姿を睨み付けている。
 低い唸り声をあげたのは緑の竜で、森では一度も確認されていない魔物。硬い鱗と鋭い爪、鋭い目。どれもこちらを狙っており……私の体は自然と震えた。
 力は人一倍ある。ゴブリンや狼は沢山倒してきたし、それより少し大きい魔物だって対峙できる自信はある。
 ……でも、これは駄目だ。だって私、冒険者じゃないし。下手をして死んでしまう事は考えても、下手をしなくても死ぬ事なんて、考えた事ない。

 ガァァアア!

 森が揺れるような咆哮。そして再び襲いかかる竜の爪を受けようとしたアルグさんは、大きく吹き飛ばされた。剣の欠片が軌跡のようにこぼれ落ちていく。

「あ、アルグさん!」

 直接爪で引き裂かれたわけではなく、意識もあるようだが、ドラゴンに薙ぎ飛ばされてただで済むはずがない。アルグさんは私に向けて、辛そうに吐かれた息の混ざった言葉を放った。

「ぐっ……!逃げろ、メイナ……」

 次に手が降り下ろされる相手は、私。
 そんなのわかっている。視界にも認識されている。それでも私の足は、動かなかった。

「ひっ……」

 その瞬間が、とてもゆっくりに見えた。これが死ぬ間際というやつか、とも思えるほどだったけど、それは違った。
 私は、助かったのだ。
 目の前の巨体が突如縦に、横に、斜めに切り離された。それから血がそれぞれの断面から吹きて出てきて、肉塊がぼとりぼとりと落ちた。
 静かで、綺麗で、ほんの数瞬の出来事。
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