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世界は夢でできている

 人は、時間というものに憧れを抱いているのだと思う。
 人は、生きるということに意味を求めているのだと思う。
 そうしてみんなが夢見た世界が、セカイのどこかにあるって希望を抱いて。
 私達は、違う世界を行きるのだ。



50.希望


「この世界って、案外夢でできてたりして」

「どうしたの、ミューリ? 急にそんなことを言い出して?」

「エデンの話を聞いたり、死んだはずのカイルと会ったり、急に悪魔が出てきたり……。ファンタジー小説もびっくりの事件ばかり起こるんだもん。ほんと、訳わかんない」

「それを言ったら、人間から見ればわたし達天仕の存在も同じじゃ……?」

 相変わらず目の前の女性は語尾を上げ、疑問符をつけるように返す。口をつけようと思ったカップは唇の前で宙に浮いたまま止まっていた。
 こんな風にお茶をするのも久しぶりだ。
 騒動が落ち着き、現在は対策を練る、あるいは組織構成の段階に移行した所為もある。
 でも何より、避けていたのもその罪悪感の発端も全ては私が悪いというのに、あの悪魔事件が解決して以来、目の前の彼女……ルリエラが普通に話しかけてくれる事が大きかった。
 協力を仰ぐ時は決死の覚悟でもあったのだけれど、やっぱりまだ緊張して、固くなっていた。それが、カイルが去り、私の怪我も完治し、こうして宮殿も落ち着いてきた頃、ルリエラとばったり会って平然とした顔で言われたのが「今日のお昼はステマテに行かない?」だったのだ。
 ステラマテック。それは私がルリエラと出会った頃、よく行っていた宮殿近くにあるカフェだ。

「……でも、ルリエラがそうやって事件のこと、普通に話せるようになってよかった」

「え?」

 珍しく私の方から疑問で返してしまった。
 ルリエラの顔を見れば、いつもの柔らかい笑顔。緑色の瞳が優しくこちらを向いている。
 こんな彼女を疑った事、嫉妬してしまった事は今でも胸を苦しくさせるのだが、だからといってこれ以上離れても誰にもいい事なんてないと知っている。それが建前であれ言い訳であれ、こうして今の状況で普通に食事をつつけるのは有難い事なのだ。

「嫌な事なら、忘れようとするのもありだし? 必要な時以外は話さないのも、いいと思うよ? ……でも、話せるくらいになったって事は、自分の力で抑え込めて、前を向けるようになったって事だと思うから……」

「何よ、ルリエラ。私が一歩大人になったって言いたいの?」

「ううん? これからもこうやってミューリとお話しできるんだなって、嬉しく思って?」

「……」

 ……何だろう。今、すっごく、目の前のサンドイッチで口を封じて俯きたい。流石に下品すぎるからやらないけれど。

「……ルリエラ。あんたさ、変な男に引っかかんないでよ」

「変じゃない男ならいいの?」

「あー、もう一度引っかかってたわね。カイルとかいう”最高”の男にね」

 わざとらしい溜め息に、ルリエラは見るからに慌てだす。今自分の力で抑え込めるのだと言ったそのものに、やっぱり気を遣ってしまうのだ。
 もう大丈夫だから冗談にしたのよ、なんて。自分でも馬鹿みたいに思えるから、口には出さないけれど。

「冗談はこのくらいにして、そろそろ戻んないとね。昼休憩が終わっちゃう」

「あっ、本当だ! もうこんな時間?」

「今日の分は私が払ってあげる」

 ぴっ、と片隅に丸めて刺された伝票を掴み上げ、広げる。
 宮殿勤めでわりと高給取りではあるし、最近はあまり買い物にも出かけていない。
 ……それはルリエラも同じなのだろうけど、気持ちってことで。

「ねえ、ミューリ」

「ん? 感謝なら色々話を聞いてくれたお礼ってことで……」

「うん、有難う! それとね? この世界が夢だって事は、きっとないよ?」

 先程口にしてしまった、他愛のない言葉。それを真面目に返してきたルリエラに少し口元を緩めながら、肩を竦めて私も返した。

「そうね。私もほんとはわかってる」

「でも、希望でできていたらいいな?」

「それはない。」

 それだけ返して、カウンターに歩き出す。

 私が事件に遭遇する度に、私は何かを失っている。
 何かを失った代わりに何かを手に入れたとして、その殆どは希望と呼べるほどのものではなかった。
 昇進してもそこまで嬉しくはなかったし、カイルが生きていると分かったところで結局罪が許されたわけでも、元の仲に戻れた訳でもないからだ。
 世界は決して希望ではできていない。
 ……だけど、ルリエラの言葉にちょっとだけ頷きかけたのは秘密だ。
 希望ではできていないと思いながらも、後ろにいる彼女の事を考えると、人間が空想したパンドラの箱のように、未来の希望に期待をしてしまうから。
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