世界は夢でできている
48.畏怖
何が起こったのか、わからなかった。
いや、冷静になればわかる。自慢ではないが、自分はそこまで愚か者ではない。
自分の体に突き刺さる刃物の形状をした魔力。驚くくらい簡単に、大量に、流れ出た血。
――僕は、殺された。
それも、好きだったはずの幼馴染に。
うっかりしていた僕も悪いのだと思う。
表立った僕の役職では持ち出してはいけない書類。それを持っている時に、人目に気付けなかった。それだけの話だ。……尤も、本来であれば反逆罪であるが。
しかし、無事に終わればその罪の問われる事もなく。全ての事情が明らかになれば、お互いが落ち着いて話し合えば理解できる。僕の罪はただ、ミスをした“二点”にあるだろう。
ただ、覚悟がなかったわけでもない。
天界の宮殿……つまり、人間界を管理するこの世界の最上位機関の最高権力者が変わる瞬間に携われる。その過程で見られる情報も、得られる経験も。一生に一度もない機会かもしれない。それも、僕のような一端の天仕が関わる機会など、これを逃せばあるはずがない。
計画の中心人物の一人であるエデンという存在も魅力だった。もちろん、幼馴染に抱いていた感情とは別である。
僕が宮殿に入ったのと同じ頃に、突然現れたらしい紫髪の女性。彼女の存在感は日々増していき、それまで殆ど関わる事のなかった僕の耳にさえ、彼女の評判と妬みの声は届いていた。
知識欲の塊である僕が、興味を持たないはずがないのである。
だからこうして任を受け、その仕事がどれだけ過酷であろうと楽しんでいたし、リスクがあろうとこなしてきたのだ。
それでも……ミューリに殺される日が来るとは思わなかった。
痛い。
これが、死。
……死。にたく、ない。
その時だった。僕が畏怖したのは。
誰しもが、知らないものを怖れるものだ。
誰しもが、失うことを怖れるものだ。
誰しもが、これからやって来るものを畏れるものだ。
故に人は死を畏れるのだ。けれども僕はその恐怖に心の内で叫びかけた時、もっと違う存在に畏怖をした。
本来は僕も、びりびりと痺れるような痛みとどくどくと血が流れる感覚、それに寒気とぼやけていく視界に、更に恐怖していくはずだったのだと思う。
けれど、見えなくなっていく視界いっぱいに何故か、カッと金色の光が広がった。時間は決して止まることなく流れているのに、その流れを数コマ切って繋いだように突然、金色の中心に少女が現れた。
片目を光のような金色の前髪で隠し、大きな三つ編みが少女の肩越しにちらちらと揺れている。
驚いて、僕は口も聞けなかった。驚かなくても声なんて呻きしか出なかっただろうが、その時の僕は驚いていなければ出るような気がしてしまったのだと思う。そのくらい、驚いていたのだ。
「いきたい?」
まだ、生きたいのか。
人生を行きたいのか。
そう問う声は、少女の年齢に見合った高さで、優しいものだった。
(――生きたい)
そう答えて良い存在なのだろうと、はっきりと伝わってくる。
こんな目に遭ってしまったから、だからこそ、生きたい。
人間というのは愚かなものだ。好意を抱いていた女性に失恋よりもキツイ返事をもらい、任務に失敗するという情けない惨状であっても、欲に駆られて生きたいと思うなんて。
「そう。それなら、天仕として蘇るほどの力は貸せないけれど。時の流れに還る前に、私が掬ってあげる」
その瞬間、僕は一度死を感じた。けれどまた、一瞬真っ白な光を感じて、僕は地上に生を受ける。
顔も形も記憶も変わらず。ただ、初めから。
あの時在ったのは、おそらく。
セカイの――
何が起こったのか、わからなかった。
いや、冷静になればわかる。自慢ではないが、自分はそこまで愚か者ではない。
自分の体に突き刺さる刃物の形状をした魔力。驚くくらい簡単に、大量に、流れ出た血。
――僕は、殺された。
それも、好きだったはずの幼馴染に。
うっかりしていた僕も悪いのだと思う。
表立った僕の役職では持ち出してはいけない書類。それを持っている時に、人目に気付けなかった。それだけの話だ。……尤も、本来であれば反逆罪であるが。
しかし、無事に終わればその罪の問われる事もなく。全ての事情が明らかになれば、お互いが落ち着いて話し合えば理解できる。僕の罪はただ、ミスをした“二点”にあるだろう。
ただ、覚悟がなかったわけでもない。
天界の宮殿……つまり、人間界を管理するこの世界の最上位機関の最高権力者が変わる瞬間に携われる。その過程で見られる情報も、得られる経験も。一生に一度もない機会かもしれない。それも、僕のような一端の天仕が関わる機会など、これを逃せばあるはずがない。
計画の中心人物の一人であるエデンという存在も魅力だった。もちろん、幼馴染に抱いていた感情とは別である。
僕が宮殿に入ったのと同じ頃に、突然現れたらしい紫髪の女性。彼女の存在感は日々増していき、それまで殆ど関わる事のなかった僕の耳にさえ、彼女の評判と妬みの声は届いていた。
知識欲の塊である僕が、興味を持たないはずがないのである。
だからこうして任を受け、その仕事がどれだけ過酷であろうと楽しんでいたし、リスクがあろうとこなしてきたのだ。
それでも……ミューリに殺される日が来るとは思わなかった。
痛い。
これが、死。
……死。にたく、ない。
その時だった。僕が畏怖したのは。
誰しもが、知らないものを怖れるものだ。
誰しもが、失うことを怖れるものだ。
誰しもが、これからやって来るものを畏れるものだ。
故に人は死を畏れるのだ。けれども僕はその恐怖に心の内で叫びかけた時、もっと違う存在に畏怖をした。
本来は僕も、びりびりと痺れるような痛みとどくどくと血が流れる感覚、それに寒気とぼやけていく視界に、更に恐怖していくはずだったのだと思う。
けれど、見えなくなっていく視界いっぱいに何故か、カッと金色の光が広がった。時間は決して止まることなく流れているのに、その流れを数コマ切って繋いだように突然、金色の中心に少女が現れた。
片目を光のような金色の前髪で隠し、大きな三つ編みが少女の肩越しにちらちらと揺れている。
驚いて、僕は口も聞けなかった。驚かなくても声なんて呻きしか出なかっただろうが、その時の僕は驚いていなければ出るような気がしてしまったのだと思う。そのくらい、驚いていたのだ。
「いきたい?」
まだ、生きたいのか。
人生を行きたいのか。
そう問う声は、少女の年齢に見合った高さで、優しいものだった。
(――生きたい)
そう答えて良い存在なのだろうと、はっきりと伝わってくる。
こんな目に遭ってしまったから、だからこそ、生きたい。
人間というのは愚かなものだ。好意を抱いていた女性に失恋よりもキツイ返事をもらい、任務に失敗するという情けない惨状であっても、欲に駆られて生きたいと思うなんて。
「そう。それなら、天仕として蘇るほどの力は貸せないけれど。時の流れに還る前に、私が掬ってあげる」
その瞬間、僕は一度死を感じた。けれどまた、一瞬真っ白な光を感じて、僕は地上に生を受ける。
顔も形も記憶も変わらず。ただ、初めから。
あの時在ったのは、おそらく。
セカイの――