世界は夢でできている
49.加速
一体何が言いたかったのか。
数ヶ月、数年の時間をただ早送りして見ていった彼らにはわからないのでしょう。
そこにはあなたと同じように密な時間を感じて、意味があろうとなかろうと、自分の生を全うしていく。
ただそれだけの光景なのに、彼らはそれを消化するように、面白味を求める。
ありふれた大事な時間は加速され、なかった事のようにされて。
だから、私は――
「天界を憎んだんですって」
きょとんとする女は、もう一度上司の手元にある遺留品を見てから「はぁ……」と生返事をした。
悪魔という存在が確認されてから、それこそ加速度的にその処理のための部署やら規定やらが創設されていった。女もまたその新設された部署の一員で、早速悪魔に唆された地上人について、上司の話を聞いているところだった。
エデンという、一柱の悪魔を殺し、黒翼をもぎ取ってきた神からの覚えがめでたい天仕だ。
いまだに良い感情を持っていない上層部のご老人達も、そんな直接的な手柄を持ってこられては、彼女に悪魔の件を任せる他ない。そもそも、エデンは神が現在の立場を得る際にも協力しており、主要な役職の半分以上が同じ功労者に入れ替えられた今、ぶーぶー文句を垂れている上層部というのはもはや形骸化していた。
「それで、わたくしはどのような調査をすれば……?」
本当はその遺留品を見せられた段階で動けるのがベストだろう。だが、優秀な駒は他にいて、女は普通の天仕なのだ。エデンのように優秀な人間がまとめる職場であっても、下はいるし、普通もいる。
それでも女は普通である事を悪い事だとは思っていない。コンスタントに仕事を消化できる、一見代わりがいそうな能力もまた、才能である。
「この地上人を唆した悪魔は別の班が追ってるのは知っていますね? あなたにはこの日記やその他の手がかり、聞き込みで次の悪魔信者を探し出してほしいんです。ひとまずの結果を見ないと見込みは立たないから、まずは三日後に一旦報告を頂戴」
「承知しました」
エデンは机の上に置かれた大量の資料から、一袋、茶色の封筒を取り出して女に渡すと、下がっていいと部屋を追い出した。
――パタン。
たった数分の会話の為に部屋に呼び出されたのだと思うと、女は何だか虚しい気分になってくる。それが仕事であるし、これは重要な話だ。手を抜けないし確実に伝えてもらうべき情報。
それでも、普通が取り柄の女には、エデンは遠い存在であるし悪魔もまたぼやけた存在だった。
はぁと誰にも聞かれぬように、無人の廊下を歩きながら溜め息を吐く。
「どんなものでも、時間が過ぎるのはあっという間なんですけどね」
どちらかといえば、この日記の主の方がまだ気持ちが分かるというものだ。悪魔が実在さえしていなければ。
地上人がどう思っていようと、天界人だって同じように、極々平凡な日々はあっという間に過ぎていく。こうして今日が虚しいとか、辛いとか、仕事が終わらないとか頭を抱えるほど悩んでいても、一週間後には一週間の内の一日、その一握りの時間としか捉えなくなる。
天界から見る地上人の人生(ものがたり)も、天仕としての人生も同じ。振り返ってみれば、時間は重ねるほどに加速度的に消化していくのだ。
どこかで凄い事は起こっているのだろうが、自分のような天仕にはエデンや側近のような物語性のある出来事なんて起こるはずもなく、日々は過ぎ、きっとそのまま死んでいく。
「大事な時間は加速され、なかった事のように……ですか」
ただ、完璧な同意はしない。例え超人の使う一駒でも。セカイから見れば、自分達の時間などどれほどちっぽけであろうとも。
「それを他人のせいとか、ましてや天界(せかい)のせいにするなんて馬鹿げてますけど」
自分は、自分の時間を行きているのだから。
一体何が言いたかったのか。
数ヶ月、数年の時間をただ早送りして見ていった彼らにはわからないのでしょう。
そこにはあなたと同じように密な時間を感じて、意味があろうとなかろうと、自分の生を全うしていく。
ただそれだけの光景なのに、彼らはそれを消化するように、面白味を求める。
ありふれた大事な時間は加速され、なかった事のようにされて。
だから、私は――
「天界を憎んだんですって」
きょとんとする女は、もう一度上司の手元にある遺留品を見てから「はぁ……」と生返事をした。
悪魔という存在が確認されてから、それこそ加速度的にその処理のための部署やら規定やらが創設されていった。女もまたその新設された部署の一員で、早速悪魔に唆された地上人について、上司の話を聞いているところだった。
エデンという、一柱の悪魔を殺し、黒翼をもぎ取ってきた神からの覚えがめでたい天仕だ。
いまだに良い感情を持っていない上層部のご老人達も、そんな直接的な手柄を持ってこられては、彼女に悪魔の件を任せる他ない。そもそも、エデンは神が現在の立場を得る際にも協力しており、主要な役職の半分以上が同じ功労者に入れ替えられた今、ぶーぶー文句を垂れている上層部というのはもはや形骸化していた。
「それで、わたくしはどのような調査をすれば……?」
本当はその遺留品を見せられた段階で動けるのがベストだろう。だが、優秀な駒は他にいて、女は普通の天仕なのだ。エデンのように優秀な人間がまとめる職場であっても、下はいるし、普通もいる。
それでも女は普通である事を悪い事だとは思っていない。コンスタントに仕事を消化できる、一見代わりがいそうな能力もまた、才能である。
「この地上人を唆した悪魔は別の班が追ってるのは知っていますね? あなたにはこの日記やその他の手がかり、聞き込みで次の悪魔信者を探し出してほしいんです。ひとまずの結果を見ないと見込みは立たないから、まずは三日後に一旦報告を頂戴」
「承知しました」
エデンは机の上に置かれた大量の資料から、一袋、茶色の封筒を取り出して女に渡すと、下がっていいと部屋を追い出した。
――パタン。
たった数分の会話の為に部屋に呼び出されたのだと思うと、女は何だか虚しい気分になってくる。それが仕事であるし、これは重要な話だ。手を抜けないし確実に伝えてもらうべき情報。
それでも、普通が取り柄の女には、エデンは遠い存在であるし悪魔もまたぼやけた存在だった。
はぁと誰にも聞かれぬように、無人の廊下を歩きながら溜め息を吐く。
「どんなものでも、時間が過ぎるのはあっという間なんですけどね」
どちらかといえば、この日記の主の方がまだ気持ちが分かるというものだ。悪魔が実在さえしていなければ。
地上人がどう思っていようと、天界人だって同じように、極々平凡な日々はあっという間に過ぎていく。こうして今日が虚しいとか、辛いとか、仕事が終わらないとか頭を抱えるほど悩んでいても、一週間後には一週間の内の一日、その一握りの時間としか捉えなくなる。
天界から見る地上人の人生(ものがたり)も、天仕としての人生も同じ。振り返ってみれば、時間は重ねるほどに加速度的に消化していくのだ。
どこかで凄い事は起こっているのだろうが、自分のような天仕にはエデンや側近のような物語性のある出来事なんて起こるはずもなく、日々は過ぎ、きっとそのまま死んでいく。
「大事な時間は加速され、なかった事のように……ですか」
ただ、完璧な同意はしない。例え超人の使う一駒でも。セカイから見れば、自分達の時間などどれほどちっぽけであろうとも。
「それを他人のせいとか、ましてや天界(せかい)のせいにするなんて馬鹿げてますけど」
自分は、自分の時間を行きているのだから。