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世界は夢でできている

 同じ悪魔が死んだと知って、悪魔は悲しむだろうか。
 同じ悪魔が死んだと知って、悪魔は憤るだろうか。
 同じ悪魔が死んだと知って、悪魔は偲ぶだろうか。

 いいや、彼以外は、誰も。



45.本能



 真っ黒な烏が一羽、飛んでいるようだった。少なくとも人からはそう見えた。幻覚であれ見間違いであれ、今日のそれにとっては、人などどうでもよかった。常に、どうでもよかった。
 無に生まれ、世界を壊す。それだけが悪魔としての存在意義であった。……いや、意義というには大それたものだ。ただそう思い、そう実行しているだけなのだが。
 だから、それに逆らおうとしている悪魔がいれば、制裁を加え、あるいは排除したいと思うのも自然だ。
 ――邪魔なのだから。
 それが、薄暗い空を飛ぶ悪魔の男にできないのには理由があった。といっても難しいことではない。
 家族。友人。恋人。
 そんな繋がりのない悪魔たちを繋ぎ止めるとすれば、圧倒的な力だ。強者が弱者を駒として使う。
 ……そうだった。彼らは、そのはずだった。

「おい、ブラッド」

 気配を辿ってようやく発見した茶髪の男。ゆらりと振り向いたその顔は悪魔らしく虚ろで何もなく。しかし目だけに殺意がこもっていた。

「――っ!?」

 呼び掛けた烏のような悪魔はぞくりとした。肌が粟立つのを感じる。
 おかしい。
 本能が、これはまずいと呼びかける。今すぐ逃げなければならないと。
 だがそれはおかしいのだ。
 自分が何十という悪魔をまとめ、彼はその使われる駒の一つに過ぎなかったはずなのに。
 これではまるで、自分が格下のような。

「……こ、この間割り振った仕事はどうした? 報告が届いていないが」

 それでも引かず、震える声を押さえながら、悪魔は使われる駒に向かって言葉を吐き出した。

「もう意味がなくなった」

「は?」

 意味なんてあるものか。
 元々、そうしたいからそうするだけ。
 そうすべきだと思ったからそうするだけ。
 それが悪魔のはずなのに。
 ……そういえば、彼と一緒に行動を共にしていた悪魔も消えてしまったのだったか。それで戦力が失われた?
 いや、今感じた圧力から考えても、今まで想定していた戦力として考えても、彼は一人でやっていけるはずだ。そもそも付き従う関係ではないのに、二人でいることすらおかしい。
 ……それでも。

「勘違いしないでくれよ。悪魔だから、いつだって“アイツ”を殺そうとは思ってんだ。でもさ、」

 一呼吸置かれて。更に体にかかる重圧がはっきりとした。
 体の奥の心臓が握りつぶされ、破裂してしまいそうな殺気。闇の塊。それが、男を襲う。井の中の蛙でしかなかった悪魔の男へ。

「お前についていく必要は、なくなったワケよ。わかる?」

 単純な話だ。本能で危機を感じるのに、もはや制裁など下すなど、排除するなど無理に決まっていた。
 上に立っていると思っていた悪魔は、彼が……ブラッドが生まれ、自分の下に来た時のことを思い出す。
 こいつは使える。そう思った。
 自分の力を今のブラッドのように示して、苦悶に満ちた表情にさせる。すぐにその口からは、下につくという言葉が吐き出された。
 屈服させたつもりだった。
 だが、今にして思えばブラッドは、他の悪魔たちのように倒れ、あるいは膝をつくようなことがあっただろうか。
 悪魔は基本的に独りでしかない。プライドだってあるし、メリットやデメリットがなければ誰かの下になんてつきたくはないのだ。当然絆だの仲間意識だのというものは皆無。
 だから耐えられる内は強がるものだ。明らかに駄目だと思うまでは。中には気絶寸前まで殺気をぶつけてやらねば、応と言わないものもいた。
 しかし、ブラッドはくっと表情を変えて苦しそうに言っただけなのだ。その瞳に、冷たい炎を宿しながら。
 もちろん、誰もが叛逆を狙っている。いつだって自分の位置を狙われているのだと。
 それでもこんなに圧倒されて、恐怖しなければならないとは、思ってもみなかった。

「お前に出会った頃はずっと世界を壊すことを考えていた。その後も。俺と同じモノから出来た存在が善であり、この世界で有を司る存在と知れたら尚更さ。時期を見て成り代わってやろうと思ったよ、その位置に。でもよォ」

 す、と体が楽になる。ブラッドの殺意が消えた瞬間だった。

「そうする前に、悪魔としてやっている毎日が続けばいいと“望む”ようにしてくれたヤツが“いた”んだよなァ」

 バッ、とブラッドの背中から黒い翼が生まれる。ブラッドもまた黒い服装を好んでいた。人が空を見上げても、また一羽の烏が飛んでいるのだと。そう思うのだろう。
 わざわざやってきた悪魔はもはや、彼が飛び立つことを止められない。
 ただ一つだけ。浮かんだ疑問を口にした。

「……そんな……世界を壊す以外の望みが在るとは、貴様は本当に悪魔なのか?」

 そうだなァ。と返ってきた声はやけにふざけた音で、穏やかな音だった。

「神様を殺したいって本能があるなら、悪魔なんだろ」
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