世界は夢でできている
44.混乱
それから、天界の宮殿内は大騒ぎだった。
あたしは病み上がりと言うこともあり、また直属の上司であるエデンが会議で悪魔がいるという考えを押し通した後は素知らぬ顔をしてお茶を啜っていることもあり、あまり影響もないのだけど。
何だかここ……エデンの執務室だけが台風の目のようだった。
ルリエラもどうやら忙しなくしているらしい。一時のように遠ざけることはなくなったけど、今度はあちらが連絡を取れなくなってしまった。
今回の件に関わり、エデンに重用されていたルリエラだが、エデンの管轄に移ったわけではないらしい。手を回して借りていたようで、元の部署で慌ただしく働いている。
「この混乱もあと少しの間でしょう。精々今の内に休息を取っておくのですね。ミューリ・フレイヤ」
「どうしてそんなことが言えるの?」
「経験しているからですよ」
こんな巨大な組織を揺るがす大事を?
と口にしそうになって、けれどその平静さに納得した。あたし達は他の忙しさに素知らぬ振りをしているとはいえ、彼女の机にこんもりと乗せられたいつもの書類が消えるわけではない。
あたしにはまだ回ってきていないけれど、その内のいくらかが回されて、他の部署でもまとまり次第処理するものが回ってくるのだろう。
「……随分な経歴をお持ちなのね」
「おや。貴女も少しは言うようになってきたものですね。ええ、それはもう大層なものですよ」
エデンはふっと懐かしいものを思い浮かべるように、小さく笑みを浮かべた。手が留まっているのは、彼女にしては珍しかった。
「私は、それこそ神に仕えていましたから」
「? 今と変わらないじゃない」
「……そうですね。この世界の神も、世界を管理する存在。時力を知らない者達に取っては何も変わりなく見えるでしょう」
「時力……?」
「時間の力。誰にでも、どんなものにも存在する力。それを失った時、人は死に、草花は枯れ、建造物は風化します。それはエネルギーであり、流れである」
何かの法でも唱えているように、つらつらと述べるエデン。けれどもあたしの耳から入ったその言葉は、反対の耳から出ていくことはなかった。
エデンは不可解な存在だった。
いつの間にか宮殿でも有力な存在になって、殆どの天仕が知らないようなことを知っていて、その上で誰よりも強い。――流石に神様と比べた場合は、わからないけれど。
とにかく、不可解な存在だったのだ。
けれど、そう言われてみると理解する。理解すると共に混乱する。
「まさか、エデンのいう神って」
「ええ。セカイの時間を管理する存在でした。それこそ、地上の過去にも未来にも行けた……当たり前ですよね。彼女は時の終わりだったのですから」
「……言ってることがよくわかんないわ」
「わかっているくせに。私がこうして答える必要が出てきたことが答え、でしょう?」
はは、と苦笑いがあたしの口から漏れる。
では、何だ。彼女のことはこれから化け物とでも思えば良いのか。いや、既に半分くらいはそう思っている。
異世界の存在? ……やはり、理解しながらも理解の範疇を超えている。
あたしの戸惑いを見て、エデンはふっと嘲るような顔で息を吐くと、目を閉じ、そして普通の笑みに戻った。
何故だろうか。その一瞬の嘲りには嫌みよりも親近感がわいた気がした。
「別に、過去のことですよ。今はもう、時の流れに投げ出されたただの迷い子……そして、この宮殿の天仕です。少しばかり、セカイの知識がある……ね?」
「そういうことにしておいて欲しいわ」
痛くなってきた頭を支えるように手を当てる。
……うん、これで煩わしい話は隅っこにおいた。
「だからこの世界で足掻きますし、敵対するものには容赦しません。もちろん、悪魔でも」
悪戯に赤い唇を歪めた時、どんどん! とドアを慌てた様子でノックする音が響く。
次いで叫んだ声は、エデンと悪魔という言葉を含んでいた。
「あら。仕事が入ってきたようですよ、ミューリ・フレイヤ?」
結局のところ、彼女が鬼のような上司であることには変わりないってことだ。
それから、天界の宮殿内は大騒ぎだった。
あたしは病み上がりと言うこともあり、また直属の上司であるエデンが会議で悪魔がいるという考えを押し通した後は素知らぬ顔をしてお茶を啜っていることもあり、あまり影響もないのだけど。
何だかここ……エデンの執務室だけが台風の目のようだった。
ルリエラもどうやら忙しなくしているらしい。一時のように遠ざけることはなくなったけど、今度はあちらが連絡を取れなくなってしまった。
今回の件に関わり、エデンに重用されていたルリエラだが、エデンの管轄に移ったわけではないらしい。手を回して借りていたようで、元の部署で慌ただしく働いている。
「この混乱もあと少しの間でしょう。精々今の内に休息を取っておくのですね。ミューリ・フレイヤ」
「どうしてそんなことが言えるの?」
「経験しているからですよ」
こんな巨大な組織を揺るがす大事を?
と口にしそうになって、けれどその平静さに納得した。あたし達は他の忙しさに素知らぬ振りをしているとはいえ、彼女の机にこんもりと乗せられたいつもの書類が消えるわけではない。
あたしにはまだ回ってきていないけれど、その内のいくらかが回されて、他の部署でもまとまり次第処理するものが回ってくるのだろう。
「……随分な経歴をお持ちなのね」
「おや。貴女も少しは言うようになってきたものですね。ええ、それはもう大層なものですよ」
エデンはふっと懐かしいものを思い浮かべるように、小さく笑みを浮かべた。手が留まっているのは、彼女にしては珍しかった。
「私は、それこそ神に仕えていましたから」
「? 今と変わらないじゃない」
「……そうですね。この世界の神も、世界を管理する存在。時力を知らない者達に取っては何も変わりなく見えるでしょう」
「時力……?」
「時間の力。誰にでも、どんなものにも存在する力。それを失った時、人は死に、草花は枯れ、建造物は風化します。それはエネルギーであり、流れである」
何かの法でも唱えているように、つらつらと述べるエデン。けれどもあたしの耳から入ったその言葉は、反対の耳から出ていくことはなかった。
エデンは不可解な存在だった。
いつの間にか宮殿でも有力な存在になって、殆どの天仕が知らないようなことを知っていて、その上で誰よりも強い。――流石に神様と比べた場合は、わからないけれど。
とにかく、不可解な存在だったのだ。
けれど、そう言われてみると理解する。理解すると共に混乱する。
「まさか、エデンのいう神って」
「ええ。セカイの時間を管理する存在でした。それこそ、地上の過去にも未来にも行けた……当たり前ですよね。彼女は時の終わりだったのですから」
「……言ってることがよくわかんないわ」
「わかっているくせに。私がこうして答える必要が出てきたことが答え、でしょう?」
はは、と苦笑いがあたしの口から漏れる。
では、何だ。彼女のことはこれから化け物とでも思えば良いのか。いや、既に半分くらいはそう思っている。
異世界の存在? ……やはり、理解しながらも理解の範疇を超えている。
あたしの戸惑いを見て、エデンはふっと嘲るような顔で息を吐くと、目を閉じ、そして普通の笑みに戻った。
何故だろうか。その一瞬の嘲りには嫌みよりも親近感がわいた気がした。
「別に、過去のことですよ。今はもう、時の流れに投げ出されたただの迷い子……そして、この宮殿の天仕です。少しばかり、セカイの知識がある……ね?」
「そういうことにしておいて欲しいわ」
痛くなってきた頭を支えるように手を当てる。
……うん、これで煩わしい話は隅っこにおいた。
「だからこの世界で足掻きますし、敵対するものには容赦しません。もちろん、悪魔でも」
悪戯に赤い唇を歪めた時、どんどん! とドアを慌てた様子でノックする音が響く。
次いで叫んだ声は、エデンと悪魔という言葉を含んでいた。
「あら。仕事が入ってきたようですよ、ミューリ・フレイヤ?」
結局のところ、彼女が鬼のような上司であることには変わりないってことだ。