世界は夢でできている
43.暗転
世界にとって3という数は特別らしい。
世界に似ている人間は3人いるというし、物語で経つ時間が『3日後』であるのはよくある事だし、世界は3次元であると捉えられている。
セカイにとって3という数は特別らしい。
なぜなら、重要な事は全て3つに分かたれているからだ。
体、精神、魂。
昨日、今日、明日。
過去、現在、未来。
生まれ、行き、死ぬ。
始まり、現在、終わり。
――私は、その“現在”であった。
始まりが祝福し、やがて終わりが迎える者たちと共に時を行き、見守る存在。
だが、終わりは一度死に朽ち、始まりは愛する者が死ぬと共に消えた。
もちろん時が完全に死ぬ事はない。終わりはまた別の場所で形創られ、始まりは再び時の果てで誰かの始まりの始まりを祝福している。
私は精神でもあった。体と魂である彼女たちが離れた今、残滓のような私は消えゆく運命だと知っていた。例え、再び創られるのだとしても。
だから、少しの魂を導き、僅かに残った力で探求心の強いものを祝福し、何でもない悪魔の少女ルカの前に現れるという気まぐれを起こした。
……いや、私が彼女に言った事だ。彼女もまた時を持っている。
時の力を把握していなくとも、終わりを殺す力がなくとも、始まりを愛する気持ちがなくとも。それは誰しも変わりない。
そう、彼女もまた時の中間者なのだから――
ミューリは目を覚ますと、はっと息をのみ、布団をガバリと剥いだ。
夢で見た少女には、どこか見覚えがあるような気がする。しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。
ミューリは急いでベッドから足を出す。出そうとした。
「起きたのですね、ミューリ・フレイヤ」
大人びた色気を纏う声に止められ、ミューリは顔を上げる。それはミューリの上司であり、全ての事と次第を知っているであろうエデンであった。
「エデン……」
おかっぱの紫髪を揺らし、赤い口元に手をやる姿を見て、ミューリはそのまま名前を呼ぶ。そういう許可をもらっている。
「どうなったの? それに、カイルとルリエラは……!?」
「そんなにいっぺんに聞かないでください」
地上も天界も荒らす悪魔を殺すため、ミューリは同僚であるルリエラに刺されるフリをした。事実、魔法で全力の防御をしたとはいえ、思い切り刺してもらったのだ。
薄れゆく意識の中、後のことはルリエラとカイル・イレイザーに託した。おそらくは万事上手く行ったはずだ。
そう思って溜め息を吐いた。散々疑っていたくせに、根っこの部分は信用している自分に。
「まずは悪魔に関してですが、無事に退治されましたよ。ミューリ・フレイヤとルリエラ・ピアニッシモが任にあたったことも含めて今伝えに行っていますから、その内会議で取り上げられるでしょう。もちろん、悪魔の翼も持たせました」
「そう……」
「ルリエラ・ピアニッシモとカイル・イレイザーのことですが」
天界の重要なことよりも、ミューリはその名前にピクリとした。
「その報告に行かせたのがルリエラ・ピアニッシモです。二人の天仕の内、貴方が倒れていたのですから当然ですね。向かわせる直前までカイル・イレイザーと共に必死になって貴方の治療をしていましたよ。仕事はしっかりとする子なので、命令通り天界に向かってくれましたが、後で貴方の無事を知らせれば喜ぶでしょう」
「……そう、ね」
「そして、カイル・イレイザー」
自分が殺したのに、協力関係になった最愛の人。
ミューリは強くシーツを握りしめた。
「無事に悪魔を退治したのち、彼はここから立ち去りました。もう天仕ではありませんから、天界の報告にも全く触れていません。ただ、私の個人的な依頼に対する報告と、再び地上での生活に戻ることの連絡がありました」
……そうだろう。今回協力関係になったのは、カイルがルリエラと出会ってしまったからで、エデンと連絡を取っていたからで。その理由に自分は、何の関係もないのだ。
予想通りの、けれども苦しい回答。
「ただ、ここはまだ人間界です。そして彼はこの近くで息抜きをしているそうです」
「っ!」
「……はぁ。それにしても、貴方を治療にするのに随分と時力を使ってしまいましたね。私もそろそろ、セカイから引退する事を考える頃かしら」
エデンは若い見た目に反した動作で、片側の肩を揉む。
ぷっと笑うには、恩や引き締まった空気が邪魔をしていた。
「……なんて、冗談ですよ」
「……エデン」
ミューリは縋るようにエデンを見る。
何百年生きていると思っているのだ。エデンはそんな目など見せられずとも、小さな子供たちの思惑などとうに分かっている。
「行ってきなさいな。貴方の好きな場所へ」
世界にとって3という数は特別らしい。
世界に似ている人間は3人いるというし、物語で経つ時間が『3日後』であるのはよくある事だし、世界は3次元であると捉えられている。
セカイにとって3という数は特別らしい。
なぜなら、重要な事は全て3つに分かたれているからだ。
体、精神、魂。
昨日、今日、明日。
過去、現在、未来。
生まれ、行き、死ぬ。
始まり、現在、終わり。
――私は、その“現在”であった。
始まりが祝福し、やがて終わりが迎える者たちと共に時を行き、見守る存在。
だが、終わりは一度死に朽ち、始まりは愛する者が死ぬと共に消えた。
もちろん時が完全に死ぬ事はない。終わりはまた別の場所で形創られ、始まりは再び時の果てで誰かの始まりの始まりを祝福している。
私は精神でもあった。体と魂である彼女たちが離れた今、残滓のような私は消えゆく運命だと知っていた。例え、再び創られるのだとしても。
だから、少しの魂を導き、僅かに残った力で探求心の強いものを祝福し、何でもない悪魔の少女ルカの前に現れるという気まぐれを起こした。
……いや、私が彼女に言った事だ。彼女もまた時を持っている。
時の力を把握していなくとも、終わりを殺す力がなくとも、始まりを愛する気持ちがなくとも。それは誰しも変わりない。
そう、彼女もまた時の中間者なのだから――
ミューリは目を覚ますと、はっと息をのみ、布団をガバリと剥いだ。
夢で見た少女には、どこか見覚えがあるような気がする。しかし、今はそんなことを気にしている場合ではない。
ミューリは急いでベッドから足を出す。出そうとした。
「起きたのですね、ミューリ・フレイヤ」
大人びた色気を纏う声に止められ、ミューリは顔を上げる。それはミューリの上司であり、全ての事と次第を知っているであろうエデンであった。
「エデン……」
おかっぱの紫髪を揺らし、赤い口元に手をやる姿を見て、ミューリはそのまま名前を呼ぶ。そういう許可をもらっている。
「どうなったの? それに、カイルとルリエラは……!?」
「そんなにいっぺんに聞かないでください」
地上も天界も荒らす悪魔を殺すため、ミューリは同僚であるルリエラに刺されるフリをした。事実、魔法で全力の防御をしたとはいえ、思い切り刺してもらったのだ。
薄れゆく意識の中、後のことはルリエラとカイル・イレイザーに託した。おそらくは万事上手く行ったはずだ。
そう思って溜め息を吐いた。散々疑っていたくせに、根っこの部分は信用している自分に。
「まずは悪魔に関してですが、無事に退治されましたよ。ミューリ・フレイヤとルリエラ・ピアニッシモが任にあたったことも含めて今伝えに行っていますから、その内会議で取り上げられるでしょう。もちろん、悪魔の翼も持たせました」
「そう……」
「ルリエラ・ピアニッシモとカイル・イレイザーのことですが」
天界の重要なことよりも、ミューリはその名前にピクリとした。
「その報告に行かせたのがルリエラ・ピアニッシモです。二人の天仕の内、貴方が倒れていたのですから当然ですね。向かわせる直前までカイル・イレイザーと共に必死になって貴方の治療をしていましたよ。仕事はしっかりとする子なので、命令通り天界に向かってくれましたが、後で貴方の無事を知らせれば喜ぶでしょう」
「……そう、ね」
「そして、カイル・イレイザー」
自分が殺したのに、協力関係になった最愛の人。
ミューリは強くシーツを握りしめた。
「無事に悪魔を退治したのち、彼はここから立ち去りました。もう天仕ではありませんから、天界の報告にも全く触れていません。ただ、私の個人的な依頼に対する報告と、再び地上での生活に戻ることの連絡がありました」
……そうだろう。今回協力関係になったのは、カイルがルリエラと出会ってしまったからで、エデンと連絡を取っていたからで。その理由に自分は、何の関係もないのだ。
予想通りの、けれども苦しい回答。
「ただ、ここはまだ人間界です。そして彼はこの近くで息抜きをしているそうです」
「っ!」
「……はぁ。それにしても、貴方を治療にするのに随分と時力を使ってしまいましたね。私もそろそろ、セカイから引退する事を考える頃かしら」
エデンは若い見た目に反した動作で、片側の肩を揉む。
ぷっと笑うには、恩や引き締まった空気が邪魔をしていた。
「……なんて、冗談ですよ」
「……エデン」
ミューリは縋るようにエデンを見る。
何百年生きていると思っているのだ。エデンはそんな目など見せられずとも、小さな子供たちの思惑などとうに分かっている。
「行ってきなさいな。貴方の好きな場所へ」