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世界は夢でできている

 存在している以上、どのようなモノにもそれは“存る”のだ。
 虫でも。植物でも。人間でも。天仕でも。悪魔でも。
 それは純粋なエネルギーであり、全てを廻らせている。
 善であろうと悪であろうと。感じようと感じなかろうと。それだけは、全てに与えられる。その量に不平不満を言わぬのなら、セカイにおいて最も等しく。
 そう、気付かされたのは。私が悪魔ではなく、純粋な存在となる、ほんの僅かな時の間。



42.純粋



 全ての光景を見送った後で、私は一人佇んでいた。
 思い残す事がないなんて言えない。怖い。有に、夢に憧れていた私が、全くの無である世界に還るのだ。……否、全くの無と言うと語弊がある。
 あの夢では沢山の流れがあった。その中では私だけではなく沢山のモノが溶け合っていた。

 ――でも。これから、私は消える。

 あの時は始まりだった。生まれた時、今思えばたった一瞬だけ、一秒よりずっと短い一瞬だけ、誰かが祝福してくれた気がする。
 これからは私の終わりである。確かに有に溶けるのかもしれないが、“私”は無くなって、私はただの時の流れになる。
 ひたすらに怖かった。涙を流す。体も何もないけれど、もしも私が見えている人がいるのなら、きっと涙を流している。
 人を沢山殺めた事。天仕のために人を唆した事。罪や罰が存在すると言うならば、私は間違いなくそれを受けるべきモノなのだと人間は思うだろう。
 これが誰かの与えた罰だとは思えないが、しかし私にとって一番辛いものだった。

『……怖い?』

(……!)

 今とさっきの時間が切り取られたように、唐突に三つ編みの金髪少女が現れる。体が消滅したはずの私が見えている時点で怪しいのに、その右目といえば前髪に隠されていてより一層怪しかった。
 だが、彼女の姿は記憶にある。
 悪魔である私の攻撃を避け、存ると言い放った――あの時の、女だった。
 しかし、その怪しい格好が同じであるだけで、今の彼女から頭のおかしさを感じられない。ただじっと柔らかい微笑みを浮かべて、慈悲深い女神のようにこちらを見つめているのだ。

『あんたは……』

 尋ねたつもりはなかった。ふと口から出た言葉だったが、三つ編み女は構わず優しい口調で答える。

『私ももうすぐ消える運命にある一つ』

『あんた、も……?』

 あれほどの力があった女が。それも、こんなに酷く落ち着いた様子で。
 にわかには信じがたい答えだったが、嘘を言っているようには見えず、またこれから逝く私には追求する必要もなかった。

『ただ、私にはもう少しだけ時間があるの。だから貴方に付き合ってあげる』

『……そんなの……』

『いらない?』

 いらない。そう言いたかった。それでも怖さは隠せないし、少しでも穏やかに逝きたかった。
 だからこれ以上強がりが出ないようにゆっくりと口を閉ざして、そっと彼女に近づく。
 何処か、あの始まりの瞬間のような優しさを感じてしまって、戸惑いはあるけれど。

『……終わりは私の役目じゃないわ、ましてや始まりなんて。だから、夢を見せてあげる。その時まで』

『っ!もしかして……貴方は……』

 ああ、彼女は時の流れそのものなのだと。今、ようやく気が付いた。
 襲いかかろうとも不自然に時が切れ、再び自然なように繋げられた光景。
 死に逝く者の前に現れて対峙している事実。
 始まりでも終わりでもなく、“現在”を行きる時の流れ。
 故に彼女は知っていたのだ。悪魔でも人生を”行きる”時間は存在するのだと。それだけは、人と同じく持っているのだと。
 それなのに空虚にただ破滅を招こうとしていた悪魔の姿は、滑稽に見えただろうか。
 否。おそらく、彼女は……。

 そして私はそこで意識を手放す。始まりの少女に似た彼女の微笑みで、夢の世界へと見送られて……。
 そうだ。きっと、私も彼女も同じ。

 ただ、寂しかった。



 やがて悪魔の魂は流れる時に溶ける。
 彼女の夢の世界は彼女だけの世界であり、それが良いものだったのかそうでなかったのかは知る由もない。
 一つの世界から悪魔が一柱消えた。
 ただ、純粋に。それだけの話だ。
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