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世界は夢でできている

41.当然



「最後に一つ、聞いてもいいですか」

 質問されたとて、選択肢があるとは限らない。
 引き金に手を掛けながら、黒の目が悪魔のルカを見下ろす。
 そもそも既に血が流れて満身創痍。魔力の弾が打ち込まれずとも、ルカは放置されればそれだけで衰弱して消滅する状態である。地下に潜ってしまえば良いのだろうが、自身を変形させる集中力すらもう残っていなかった。

「……何や」

 だから、やる気も何もない声でただ返す。
 それでも嘲笑するような口元をしていたのは、そういう性分であるから仕方がなかった。
 
「何故こんな事をしたんですか?」

「……何故?」

 しかしその一言が聞こえて、すっとルカの表情が消える。

「……理由なんて、必要なん?」

 果たして、生に。死に。成長に。退化に。突き詰めた所の理由は、あるのだろうか。
 しかし銃口を向けるカイルはルカがもっと固形化した言葉を吐くまでは許さない。
 尤も、何をしても最期には許されない事を、ルカは既に悟っている。
 浅ましい。悪魔なので、そう言われても構わないだろう。

「多分、夢が見たかっただけやろうな」

「夢……?」

「あんた、生まれた頃の記憶ってある?赤ん坊とかやない。“私”と言う意識が、時の流れからこぼれ落ちた、世界に生まれた瞬間や」

 カイルは姿勢を崩さぬまま、軽く首を振るう。
 生まれた瞬間の記憶など、そんな遥か昔のことを覚えている者が一体世の中に何人いるものか。

「夢っていうんは唯一の自分の世界や。けど私はいっつもその夢見るんよ。記憶のぶり返しやね」

「夢が、世界……」

「悪魔っていうんは、気付いたら生まれとる。そんで、誰もいない、何もない空間にな。理由もない。やる事もない。でも、世界をある程度理解しとる。それやったら、壊したってええって思うやん。私達に理由がないように」

「……でもそれと、夢とは、何の関係が?」

 それは、天仕だったカイルにとっては聞くのが当然のことであり。また、悪魔にとっては答えるのが愚問であるほど当然のことだった。
 全てが無の世界に生まれる悪魔。環境も、自らの生まれた理由すらも。

「夢。私の夢は記憶のぶり返しばかりやけど、本来の夢は唯一の世界。つまり、有や。そして私達悪魔は無」

「……世界への嫉妬。失望。復讐。ですか」

 有るじゃないですか、理由。そう言うように。カイルは話を纏めた。

「そう、なんやろうか」

 確かにそうだ。今の話を纏めたならそう取れる。だがルカ自身はどこか納得していなかった。
 多分、合っているようで違う。悪魔の癖に、穢い言葉は否定する。
 ただ、ルカは目を伏せた。そして、決意したようにまた開いた。灰の瞳は揺れていなかった。

「さ、殺しなさい。ただの一人を殺しても、セカイは何も変わらないわ」

 一柱の悪魔の世界がズタズタに裂かれてしまうだけ。根源でもない女を殺したとてセカイの悪魔が消える訳ではない。

「……どうか、良い夢を」

 それでもカイルは引き金を引く。奇しくも自身を殺した女と同じ台詞を掛けて。
 弾が二発、連続して頭部と胸部を貫くと、ぱっと放たれた赤が拡散し、華奢な体も共に砂のように拡散した。そして、ふうっと風に浚われて何処かへと消えてしまった。
 悪魔なりの死に方なのか……そう思った時、カイルの耳に声が届く。

「見れないわよ。私の夢はここで終わり」



 彼女の為の夢はきっと、無惨に裂かれてしまったのだから。
 そこにはもう、時の砂一粒も無かった。
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