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世界は夢でできている

40.急所


 カイル・イレイザーはまだ複雑な胸中にあった。
 一度天界で生を失った身。奇跡的にここに在るものの、本当はただの人間として以後地上でひっそりと暮らしながら、あるものを求めて行き続けるつもりだった。
 それがどうだろう。仕事で地上へ降りていた元同僚のルリエラ・ピアニッシモと会ってしまい、とうとう自分を天界で殺した幼馴染の天仕が現れて。

 そして今、意識を失う前に、自分に頼んだと告げた。

 事実は小説より奇なりと言った人間はきっと素晴らしい人生を送ったのだろう。おそらく、自分と同じように素晴らしく数奇な人生を。
 子供が想像した僕の考える凄い展開でも書きなぐったが如く。小説にでもすれば突拍子もないと編集者がゴミ箱に投げ捨てるほどの人生の一部。
 それでも彼女、ミューリ・フレイアが愛しかった女性であった過去は今の自分には変えられないし、目の前の赤い悪魔が自分にとって敵である事も変えられないのだ。

「ミューリ・フレイアはあんたを殺した天仕のはず……それが、何でここにいるんや!カイル・イレイザー!」

「恩もあれば、善からぬ企みも止めたいので。……でも出来ることなら、あなたが悪魔だなんて見当違いであってほしかったんですけどね。ルカ」

 カイルの髪と同じく黒い魔力が手のひらに集い、数本のナイフを生み出す。ルカと呼ばれた赤い悪魔はハッとして、向かってくるそれを幾つかを鎌で叩き落すが、少なからず気が動転していたルカには全てを落としきる事は出来なかった。残った魔力の刃がザッ、と露出していた白い腕を切り裂き赤い飛沫が散る。

「ぐ……天仕らしい、卑怯な手ぇやんか……」

「もう僕は天仕じゃないんですけどね」

「そんな地上人がどこにいるんや……!」

 そう言って駆け出すと、男にしては細い首を狙ってブン、と鎌を大振りした。
 しかしその瞬間、もうそこに姿はない。
 宮殿に仕える天仕ではなくなったとしても、あのエデンの手足となって働いていたカイルだ。簡単に殺られるような玉ではない。

「ここにいますよ」

 背後に跳んだカイルは再び刃を脳天目掛けて突き付ける。

「くっ……こっちこそ天仕なんかに殺されて堪るか!」

 カッ、と硬い音で弾かれて、背中の黒い羽で飛び立つルカ。だがカイルはすぐさま手に集めた魔力の形を変える。
 ナイフというのは誰にでも扱いやすく応用が効くため、宮殿の誰もが使える魔法の武器だった。試験にも出るほどだ。
 無論これを主として戦う者もいるが――カイルが次に形成した武器は違った。広げた手のひら二つ分先にある銃口で標的を捉え、トリガーを引けば魔力の弾が放出される。
 宙に浮いたルカの翼を捥ぐ様に、その弾は一直線に黒を片翼を貫く。

「……っ!」

「逃がしません」

 よろりと高度が落ちたところで、追撃がやってきた。緑の魔力の刃。半月のようなそれがヒュッと反対側を切り離す。
 ミューリの傍で介抱する、ルリエラの魔法だった。
 ここから回避することなど、悪魔の魔法でどうにでもなる。……なるのだが、腕に傷を負い自らの感覚と繋いでいた翼が捥がれ、痛みで咄嗟に対応できない。

『貴女達も“持っている”のよ』

 何故かふと、ルカの頭にあの金髪三つ編みのおかしな少女が思い浮かんだ。
 何故今なのかはわからない。

「はあっ……!」

 とうとうルカが地上に墜ち、接近戦になった為、再びナイフを振るうカイル。当然ここで諦めるルカではない。手にはしっかりと魔力の鎌を握っており、それで必死に弾いて避ける。
 ……それでも、無傷のカイルと負傷したルカ、それにルリエラが隙を狙っている状態では反撃できるどころか、新たな傷が生まれるばかりだった。

「はぁ、はぁっ……」

 追い詰められたルカに向けられるのは、無慈悲なカイルの刃。……否、銃口。
 悪魔の急所は決まっている。いや、悪魔だろうと人間だろうと天仕だろうと。
 とりあえず、頭と心臓を吹き飛ばせば――消える。
 一切の時力は辺りに撒き散らされ、体は朽ちるのだ。

「……はは……ここまで、か」
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