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世界は夢でできている

39.依存



 真っ赤に暗い地獄にぽっかりと空いた穴の一つ。その天井から染み出た地下水のように、ぽとりと黒く大きな滴が落ちてくる。それは地面に落ちる過程で人型に形成され、やがて悪魔の姿を表す。
 くしゃくしゃに気取らせた淡い茶の髪に、人間が思い描くような悪魔らしい真っ黒な服装の男。……尤も、暗いここでは、相棒の悪魔には見えておらず、存在を感じるだけだが。

「……ルカ。お前が言ってた奴、会った」

 巣に戻ってきた途端にその男、ブラッドが言うものだから、ルカは何を言っているのだと眉をひそめる。

「何や突然。誰の話しとるん」

「金髪、片目の変な女」

 瞬間、ルカはバッとブラッドに駆け寄り、肩を思い切り掴んだ。
 ルカは以前、金髪の三つ編みに、その金の前髪で片目を隠したテンションの切り替えがおかしな女と会った事がある。彼女はルカが存在しているとは思っていない幽霊でも妖怪でもなく、見た目はただの人間であるが、悪魔の存在を認識している上に、対峙してみると雰囲気やテンションだけではなく何かがおかしい女であった。
 ……ただ、どうしてあの時の違和感が生まれたのかがわからない。
 そしてその女が発言した、何もないはずの悪魔に対し「持っている」という言葉に、ルカは異様に腹が立っていた。
 何百年と自分達が捕らわれていた事を、見た目では十代後半、精々二十の何者かに軽く言われたのだから。
 それを気にしているのは、同じ悪魔である以上ルカだけではない、とルカは思っている。

「なァ、ルカ。お前、よく生まれた時の夢を見ていたよな」

「?見るけど……夢やなくて記憶や、言うとるやろ」

「始まりの始まりの記憶って、覚えているか」

 一瞬ルカは、ブラッドが噛んだのかと思った。

「始まりの……始まり……?」

「あァ」

 しかしそう普通に頷かれて、ルカはんー、と唸り考えるしかなくなった。
 何度も見ているとはいえ、起きればぼんやりと薄れていく記憶。何か大きな流れから剥離され、そしてこの世界にこぼれ落ちていく水滴。地獄と地上を行き来する時の黒い液状化ではなく、淡い青のような透明な水滴。
 頭が痛くなりそうなほど記憶を抉って、捻って、絞り出して、ノイズ掛かった場面場面をアウトプットしていく。
 けれど、その始まりと言われても。
 映像を読み込むように一秒にも満たない空白の次は、もうそんな場面しかなかった。重要そうな事なんて、何も思い出せそうにない。

「……そう言われても、急に始まるし、青い流れしか浮かばんわ。それがどうしたん?」

「それが、『持っていると言う事』だと」

「……どういう事や」

 神妙な顔つきをしてみても、発言した本人がいなければ心を覗く能力などないルカやブラッドにはわからない。

「さァ。俺はそう言われただけだ。悪ィ、後は逃げられたからわかんねェ」

 あとは女に出会ったブラッドも、首をゆるゆると横に振るしかなかった。

「何や、結局役に立たないやん、ブラッド」

「……それを言ったら、先にあいつと出会ったのはお前だろォ?取り逃したルカ・エスも役立たずってわけか」

「な、何やて!?もういっぺん言うてみい!」

「おうおう、何度でも言ってやるぜェ!ルカ・エスの役立たずゥ!」

 ――ただ、もう一つ。

 ルカと言う存在を持っている、と言い当てられた事だけは、ブラッドはルカに言えなかった。
 この関係に依存しているだなんて認識しても、お互いに気持ち悪いと冗談混じりに罵り合い、気まずくなる事しか出来ないのだから。
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