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世界は夢でできている

 ……本当にこんな事、上手くいくのだろうか。
 否。上手くやらなければならないのだ。
 不安はいつだって、誰にだってある。
 本当はそれを隠しているだけで。



37.緊張



 天界に生まれて育ち、一番良い就職先だからと宮殿を目指し、そして同じ時期に入ったあたしとルリエラ。
 そんなあたし達が一体いつ、こうして対峙して退治する関係になると思っただろうか。
 公園で落ち合って、幾つか言葉を交わす。

(これを言った後は――)

 予め纏っていた魔力の流れに集中する。一瞬空気に違和感を覚え、はっと気付いた時にはルリエラが先に動き出していた。
 普段は大人しいのに、いざと言う時はやはりやるものだ。
 そんな想いを瞳で伝えると、ルリエラはどこか戸惑いと不安が滲み出た顔をした。

「がっ……!」

 しかしルリエラの動きは止まらない。
 流れのままに魔力で作られた刃が腹部を貫く。
 刃が押し入った分、血が外へ吹き出すのは当然だ。おまけに内部から逆流して、口からも悪魔の悪意のように勝手に出てくるのだから、私は思わず二つの手でそれぞれを押さえる。
 けれど止まるはずもない。濁流は指を平然とすり抜けていく。
 指や体の表面は熱くなっていくのに、体の芯はどんどん冷えていった。
 やがて立つ事もままならない空っぽになって、あたしはどさりと倒れてしまう。

「……っ、」

 吐き出した流れの分何とか空洞が生まれ、息がひゅうっと通る。
 けれど、それだけ。
 手は、体は痛みで勝手に震え、ようやく意思が伝わってもぴくりとしか動かない。
 やがてはそれすらも儘ならなくなる。

「どう……しよう……?」

 上から、声が聞こえる。
 ぼんやりとした声だが、まだ聞き取れるルリエラの弱々しい声。
 体は動かなくとも、それとこれとは別個らしく、意識はまだ保っているようだ。

「あ……あ……嘘、だよね……?まだ、死んで、ないよね…… ?」

 ルリエラの困惑した声。それが霞んでくる。
 まだ死ぬもんか。
 そう言いたいけど、言えないほどにあたしは死体に近付いていた。
 こつん。
 靴が石で舗装された地面を叩く。

「あはは。ちょっと動揺しすぎて気が狂ってもうた?」

 目に映さずとも厚底の編み上げが浮かんだ。
 ルリエラに負けず劣らず不思議な口調の悪魔がやってきたのだ。
 ……あたしは彼女に唆されていた。
 わかっていたはずなのに。
 二人で会うだけだから。話し合うだけだから、ルカは来ないかもしれないとも思っていた。
 さっきの一瞬の違和感はおそらく、あの悪魔の介在によるものだろう。

「ルカ……な、なんで、ここに」

 ルリエラは何が起きているのかわかっていないように震えた声で問いかける。一方のルカは計画通りと安定した憎たらしさで語りかけてくる。

「ここまでゆっくり蝕んだ甲斐があったわあ。――ほんなら、さいなら。天仕のお一人サン」

 そう。
 平然とこうしなさいと言ってくるエデンにだって、へらっと笑いながらも口許が僅かに歪んで不安を隠せないルリエラだって、きっと緊張していたはずだ。
 いつ計画が悟られやしないかって。

「それは困りますね」

「……カイル・イレイザー!?」

 本来ならば有り得ない男の声。
 私は体を無理矢理動かして瞼をこじ開け、ルカが慌てて飛び退けた様子を見た。

「っ!それに、ミューリ・フレイヤ……何で目を開けてられるんや……!」

「生き返った、って言いたい所だけど……“時間を操る”なんて吃驚能力はないから、死なない程度に防御させて貰っただけよ……」

 ずっと纏っていた魔力。それを攻撃を受ける瞬間、更に一ヵ所に纏めて防いでいた。と言ってもルカも悪魔だ。あからさまな死の演技ではバレてしまうに違いない。
 だから、ルリエラには全力で攻撃して貰った。……本当に、いつもは大人しいのに、流石宮殿に勤めているだけはある。ギリギリ生きてはいられる程には防げたけれど、魔力の防御壁を簡単に貫通してくるのだから。
 お陰様で私はこうしてルカに嫌味を言うだけで精一杯。
 出てきた所を叩くのは、事前に話し合っていたカイルの役目だった。

「……あたしにお願いなんてされたくないとは思うけど……後は、頼んだわよ……」
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