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世界は夢でできている

 誰もが忘れている。彼女に出会った事。
 始まり、現在、終わり。それは一瞬であるけれど。
 誰もが忘れている。存在している以上あなたにはあるのだと。
 世界は幾つもあり、存在は幾つもあるが、基の場所も還る場所もその流れだけであると。



35.誕生



 悪魔は人の道を歩いていた。悪魔の為に均された訳ではないそこも、一時的に紛れば通れる。誰も不審な目は向けないし、そもそも悪魔達の存在など証明されていないのだからいないも同然なのだ。
 ――そう思っていた。
 羨ましい?妬ましい?そんな言葉で表し切れない達観したような気持ちになり、ただこの道さえも崩壊すれば良い。その悪魔は他の悪魔と同じように思っていた。
 あの時までは。

『残念ながら自分の世界やのうて、生まれた時の映像見ただけやわ』

 時折そんな事を言って起きる赤髪の少女を、悪魔はからかって見送ったり、或いは自分から地上へと去ってみたりする。
 彼女が生まれた時、悪魔は変わった。
 何故か本当の事を一つ、言わなかった。言えなかった。
 地下の赤く暗い世界に巣となる穴があり、勝手に悪魔が生まれてくるのは本当だ。この悪魔の巣に、彼女もまたそこを自分の巣として生まれた事も本当であった。
 だけどこうして彼女にはわからないように本当の笑顔が混ざってしまうのは特例である。……大抵の悪魔は、殺してしまうから。
 悪魔にとっては仲間なんてあってないようなものだ。絵を完成させる為にお互いにピースを埋める。だがその絵を虎視眈々と狙っていて、更に自分にはまだ勝てないような相手が立っているから何となく纏まっているだけ。
 そんな考えの悪魔が自分の巣を占拠しようとする者をどうするかなど、決まっている。

「……生まれた時、か」

 かしゅり、と齧った果実の甘酸っぱさが口の中に広がる。
 この悪魔もそうしようと思った。凶器を振り翳した。
 けれどその灰色の目には悪魔の姿がぼんやりと映されていて、“誰”かと問われた。
 悪魔へと向けられた言葉であった。存在、認識、意識……無いはずのモノを持ってしまった瞬間。言葉を交わさず、お互いが完璧に悪魔としてお互いを始末していれば起こらなかったであろう事。
 気付けば悪魔は彼女の手を取っていた。
 この悪魔は特別であると言わざるを得ない。悪魔達は自分を無であると思っているから。
 だから、彼女が生まれた時から悪魔は変わった。
 世界の崩壊は否定しない。悪魔である事は間違いないし、天仕を手に掛けたいとも思っている。ついでに仕事は勝手に押し付けられてくる。だが急いてもいなかった。
 ただ在るがままに、人から掠め取ろうと悪魔らしくなかろうと、行きている。

(けど、あいつが言っていた女の“持っている”……それじゃねェだろうな)

 この悪魔が在るのなら彼女もまた在る。だが未だに彼女本人がこの“在る事”に気付いている様子はない。況してや他人が知る由もないだろう。……まあ、悪魔の隙を突くモノだから有り得ないとまでは言わないが。
 彼女が知らない金髪女から、悪魔で何もないはずなのに“持っている”と言われ、憤慨していたのがつい先日。悪魔がそれを調べると返したのも同じ日だ。
 こちらの“在る事”を言う気はないし、他にも悪魔に何かが在るのであれば知りたいとは思う。
 悪魔は残った芯を通りすがりのゴミ箱にカツンと投げ捨てると、面倒臭そうに呟いた。

「気が進まねェが、やるっきゃねェか」

 そうしてまた一つ、セカイを知りたがるモノが生まれていく。
 近付くモノは何故か不幸になる事が多かったのに、或いは不幸である事が多かったのに。

 それでも彼もまた、時を行く者だから。
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