世界は夢でできている
疑ってはいけない。憎んではいけない。恨んではいけない。
わかってはいるのに、つもり積もったものはとうとう表面に出てきてしまった。
33.容疑
携帯が数週間前に変えたばかりのメールの着信音を鳴らす。丁度割り当てられた処理も終わって、喫茶店でお茶を啜りながら書類をまとめているところだったから、あたしはそのまま携帯を手に取った。
カチカチと操作すればピカピカと少し煩いくらいだった光は消える。けれど、新たに表示された画面に映し出された差出人は。
「ルリエラ、か……」
あたしは、迷っている。悪いとは思っても、自然と避けてしまったり上手く話せなかったりするのはやっぱり直せなかった。
面と向かえば一応話すし、メールとかは最終的に返すし、何より仕事関係には支障がないようにはしているけれど……。
「『今大丈夫?お話があります』って、絶対仕事の話じゃないよね……」
仕事なら喜んで聞こう。でもそれならば、件名には用件がもっと事務的に書かれているはずだ。
それに、あたしは昼過ぎにはエデンに呼ばれている。急を要するなら電話だろうし、ただの伝達事項なら宮殿で直接言ってくれれば良い。
だとすれば、とうとう来たか。
携帯を握り締めて、あたしは溜め息を吐いた。
今まで通り仕事で見られなかったと嘘をついて返事を遅らせる事も出来るし、そもそもここで閉じてしまっても良い。
それでもあたしはふうっと、今度ははっきりと気持ちを切り替えるように息を吐き出し、取り合えず開いてみる事にした。
『ミューリ、おはよう。朝からごめんね。この時間ならメールしても見られるかもって思ったから……』
流石ルリエラ、大正解だ。
気を重くしながら、私はその下の文に目を落とす。
『あのね、二人きりでちゃんと話したいの。出来れば直接会って。後で**の△×公園に来られる?』
やっぱり、あたしも大正解だ。
あたしが親友だったはずのルリエラを疑って。
あたしが誤って殺したはずの、幼馴染みのカイル・イレイザーと会って。
ずっと内緒で仲を深めるものだから、あたしが嫉妬して。
それで、どうして最近冷たいのって、その優しい顔と語尾の上がった言葉で言うのでしょう。
たった数文字の文に何分も掛けてあたしはメールを完成させる。
『わかった。何時?』
『有難う!忙しい中に本当にごめんね。時間は十時で良いかな?』
必要事項さえ分かれば返信はせずに携帯を閉じる。
わかってるってば。本当はあたしが嫉妬したり、憎んだりする権利がないって。でも、どうしても正しくなんて生きられないの。神に仕える天仕だって、気持ちには抗えない。まあ、あのエデンみたいな人なら別だけど。そうなろうとしたけど、結局あたしは駄目みたいだ。
ざりざりと書類を埋める手を早め、ついでに店員さんを読んで食事も注文する。
ルリエラの話っていうのがもしも、あたしの疑いを晴らしてくれる事なら、良かったのにね。
多分、そうじゃないから。そうじゃないって、疑ってしまうあたしは。
また、手を汚すしかないんだ。
ごめんね。ルリエラ。
お昼は取れないかもしれない。そう思って満たしたお腹と作成した書類。それになにより魔力を流して、あたしは約束の公園にいた。
元々地上にいたあたしは早めに辿り着いて、それから数分遅れで一人の女が来た。ぱっと視界に入った瞬間にもう誰かわかる。マラカイトグリーンのうねった髪はそれだけ特徴的だった。
「ミューリ? 遅くなってごめんね」
ルリエラは可愛らしい高い声で謝るが、何も遅れちゃいない。あたしがそれより早かっただけで、ルリエラもまた約束の時間より前に来た。……あの時とは違って。
「ううん。まだ十時じゃないもん。謝る必要はないわ」
ほっとした顔をするルリエラに、その口が開く前に続ける。
「この事はね」
「っ」
潤いのある綺麗な緑の目が、大きく見開かれる。はっと息を吸い込む音が聞こえる。
「あのっ、ミューリ……?わたし……わたし、何かした!?」
「カイル・イレイザーと会ってたじゃん。死んだはずのカイル・イレイザーと。死んだって処理されたのに生きてたら、宮殿に報告義務があるよね?」
「あ……!そっ、それは……。……天界には黙っていてほしいって、言われたから……?」
あたしの言葉にルリエラが青ざめる。生死の処理を書類でしたのは、多分ルリエラの部署だ。
それに一時はナーバスだった天界の宮殿。その時期に死んだはずの天仕が、地上で生きていたとしたら、何かしら企みがあったと疑われても仕方がない。そして、わざとそれを秘密にしていたルリエラも。
「へー。内緒事に、内緒事を重ねるほど仲が良いんだ」
でもあたしに重要な疑いは、そこじゃない。そこじゃないの。
「み、ミューリ……?わ、わたし達は別に、そんな仲じゃ……」
「そんな仲?どんな仲よ」
「え、えっと、その、」
「ねぇ、ルリエラ」
じり、じりと。ルリエラは後退りして、あたしがその分の体との距離を詰める。あたし達は地上の人間じゃない。最初から身体中に魔力をまとっていたのが、見えていたはずだ。
「カイル・イレイザーが死んだの、あたしの所為なの。あたしが殺したのよ」
わかってはいるのに、つもり積もったものはとうとう表面に出てきてしまった。
33.容疑
携帯が数週間前に変えたばかりのメールの着信音を鳴らす。丁度割り当てられた処理も終わって、喫茶店でお茶を啜りながら書類をまとめているところだったから、あたしはそのまま携帯を手に取った。
カチカチと操作すればピカピカと少し煩いくらいだった光は消える。けれど、新たに表示された画面に映し出された差出人は。
「ルリエラ、か……」
あたしは、迷っている。悪いとは思っても、自然と避けてしまったり上手く話せなかったりするのはやっぱり直せなかった。
面と向かえば一応話すし、メールとかは最終的に返すし、何より仕事関係には支障がないようにはしているけれど……。
「『今大丈夫?お話があります』って、絶対仕事の話じゃないよね……」
仕事なら喜んで聞こう。でもそれならば、件名には用件がもっと事務的に書かれているはずだ。
それに、あたしは昼過ぎにはエデンに呼ばれている。急を要するなら電話だろうし、ただの伝達事項なら宮殿で直接言ってくれれば良い。
だとすれば、とうとう来たか。
携帯を握り締めて、あたしは溜め息を吐いた。
今まで通り仕事で見られなかったと嘘をついて返事を遅らせる事も出来るし、そもそもここで閉じてしまっても良い。
それでもあたしはふうっと、今度ははっきりと気持ちを切り替えるように息を吐き出し、取り合えず開いてみる事にした。
『ミューリ、おはよう。朝からごめんね。この時間ならメールしても見られるかもって思ったから……』
流石ルリエラ、大正解だ。
気を重くしながら、私はその下の文に目を落とす。
『あのね、二人きりでちゃんと話したいの。出来れば直接会って。後で**の△×公園に来られる?』
やっぱり、あたしも大正解だ。
あたしが親友だったはずのルリエラを疑って。
あたしが誤って殺したはずの、幼馴染みのカイル・イレイザーと会って。
ずっと内緒で仲を深めるものだから、あたしが嫉妬して。
それで、どうして最近冷たいのって、その優しい顔と語尾の上がった言葉で言うのでしょう。
たった数文字の文に何分も掛けてあたしはメールを完成させる。
『わかった。何時?』
『有難う!忙しい中に本当にごめんね。時間は十時で良いかな?』
必要事項さえ分かれば返信はせずに携帯を閉じる。
わかってるってば。本当はあたしが嫉妬したり、憎んだりする権利がないって。でも、どうしても正しくなんて生きられないの。神に仕える天仕だって、気持ちには抗えない。まあ、あのエデンみたいな人なら別だけど。そうなろうとしたけど、結局あたしは駄目みたいだ。
ざりざりと書類を埋める手を早め、ついでに店員さんを読んで食事も注文する。
ルリエラの話っていうのがもしも、あたしの疑いを晴らしてくれる事なら、良かったのにね。
多分、そうじゃないから。そうじゃないって、疑ってしまうあたしは。
また、手を汚すしかないんだ。
ごめんね。ルリエラ。
お昼は取れないかもしれない。そう思って満たしたお腹と作成した書類。それになにより魔力を流して、あたしは約束の公園にいた。
元々地上にいたあたしは早めに辿り着いて、それから数分遅れで一人の女が来た。ぱっと視界に入った瞬間にもう誰かわかる。マラカイトグリーンのうねった髪はそれだけ特徴的だった。
「ミューリ? 遅くなってごめんね」
ルリエラは可愛らしい高い声で謝るが、何も遅れちゃいない。あたしがそれより早かっただけで、ルリエラもまた約束の時間より前に来た。……あの時とは違って。
「ううん。まだ十時じゃないもん。謝る必要はないわ」
ほっとした顔をするルリエラに、その口が開く前に続ける。
「この事はね」
「っ」
潤いのある綺麗な緑の目が、大きく見開かれる。はっと息を吸い込む音が聞こえる。
「あのっ、ミューリ……?わたし……わたし、何かした!?」
「カイル・イレイザーと会ってたじゃん。死んだはずのカイル・イレイザーと。死んだって処理されたのに生きてたら、宮殿に報告義務があるよね?」
「あ……!そっ、それは……。……天界には黙っていてほしいって、言われたから……?」
あたしの言葉にルリエラが青ざめる。生死の処理を書類でしたのは、多分ルリエラの部署だ。
それに一時はナーバスだった天界の宮殿。その時期に死んだはずの天仕が、地上で生きていたとしたら、何かしら企みがあったと疑われても仕方がない。そして、わざとそれを秘密にしていたルリエラも。
「へー。内緒事に、内緒事を重ねるほど仲が良いんだ」
でもあたしに重要な疑いは、そこじゃない。そこじゃないの。
「み、ミューリ……?わ、わたし達は別に、そんな仲じゃ……」
「そんな仲?どんな仲よ」
「え、えっと、その、」
「ねぇ、ルリエラ」
じり、じりと。ルリエラは後退りして、あたしがその分の体との距離を詰める。あたし達は地上の人間じゃない。最初から身体中に魔力をまとっていたのが、見えていたはずだ。
「カイル・イレイザーが死んだの、あたしの所為なの。あたしが殺したのよ」