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世界は夢でできている

32.空腹



 生きているものはどんな時でもお腹が減るものである。例え人通りが多い場所を知人二人と共に歩いていたとしても、残念ながら天界人もその法則には逆らえず、周りの人間に聞こえたのではないかと心配するほどくうっと音が響いた。

「す、すみません……」

 否、彼はもしかしたら、もう地上人と言っても良いのかもしれないけれど。
 恥ずかしそうに、そしてその黒い目のように情けなく謝る男を見て、私も隣にいた青み掛かった緑髪の女ルリエラも顔を見合わせると、ふっと明るく笑った。

「ええってええって。もうお昼過ぎやもんな。つれ回した私が悪かったわ」

 お互いの都合もあるし、連絡を取り合える仲と言っても前回会った時から少し間が空いている。オススメの場所だって楽しませる計画だって増えていき、思ったよりも時間が掛かってしまった。

「ちょっとわたし達楽しみ過ぎたかな?良い時間ですし何処かに入りましょう、カイル?」

 まあ、私達女子は楽しさで多少の腹は満たされてそう急ぐほどでもなかったけれど、カイルはそこらを不祥事をやらかしたサラリーマンみたいに謝罪の言葉を重ねる。

「すみません……」

 彼の丁寧な所は横柄な相棒に見習わせたいと思うが、気の弱そうなところは少し面倒臭くもある。
 まあそれでも苦になる程なら他のやりようもある訳で、今もこうして笑っているのは、何だかんだ言ってまだ友達付き合いをしようって気があると言う事だ。
 さくっと次に進むため、私はにかっとカイルに笑いかけて言った。

「そんな腹ペコカイルさんに選ばせてあげるわ。どっちが良い?」

 自然と歩いて目の前にあった二つの店。ファミリーレストランとハンバーガーショップ。気遣いするカイルは勿論私達をちらりと見て、ファミリーレストランを選んだ。
 運が良かったのかすぐテーブル席に案内されて、私達はそれぞれに料理を注文する。カイルはハンバーグを、ルリエラはサラダとドリアを、私はパスタを。……三者三様、自分達の事を表すようにバラバラだった。
 カイルは未だにどういう仕組みなのかわからないが、天界にいた元天仕であり今は地上に住んでいる男。ルリエラはその地上では奇抜でしかない髪色を持つ通り、天界に住む天仕。

 そして私は、地下に棲む悪魔だ。

「意外とボリューミィなのも食べられるんやね、カイルって」

「えっ。それってどういう意味ですか」

「食が細そうに見えますもんね?カイルは」

 やがてそう待たずに届けられた料理を食みながら、交わされる言葉に私の口許は悪魔らしく歪んでいく。けれど、企みだけは忍ばせて。

「あっれぇ?いつの間にお二人さん、仲良くなったん?」

「え?何の事ですか、ルカ?」

 本気でわかっていないのか、こてんとおしとやかに首を傾けるルリエラ。一方で怒ったりスルーせずに苦笑して説明するカイルはやはりカイルだ。

「ルリエラが僕を呼び捨てにしていたからですか。それは僕がそうしてほしいと言ったんですよ」

「ほー。カイルって意外と手が早いんやね」

 にやにやとした笑いを止めずに言ってやると、丁度コーヒーを口に含んだカイルも流石にげほげほっと噎せた。

「る、ルカ!?違うの、そんなのじゃないからね?カイルにはちゃんとミューリって言う人が――」

「ルリエラ」

 こん。
 小さな音だけど、その言葉と共に置かれたコップには騒がしい私達を止める力があった。

「呼び捨てにさせる事で手が早いって言うなら、ルカはもっと手が軽いよ」

「……あはは!カイルは本当に、いざという時は言うもんやな。よーし、じゃあ今度デートでもしてみよか?」

 空間を笑い声で包み込みながら、素直なルリエラを確認してみればやっぱり気まずそうな顔をしていた。
 ああ、今、お腹が満たされていくように。
 悪魔の私もこの計画で、満たされたら良いのに。

 そんな事は、きっとないけれど。
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