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世界は夢でできている

 全てのものが生まれる時。始まりの少女に祝福される。
 全てのものが終わる時。終わりの女が迎え入れる。
 しかし、その間には、行き続ける少女に見つめ続けられる。



30.祝福



 何かがいる気がした。
 振り返ってみると誰もいないのに。
 時は月が笑い、とっぷりと闇に落ちた深夜。人間の話では幽霊だの妖怪だのが現れる時間である。
 だが、まさか、そんなもの。
 いないとは言えない。自分だって同じ様に彼らが架空と話す存在なのだから。でも、だからこそ。

「はは……悪魔がおらん存在にびびってたら商売上がったりやで」

 悪魔が突然の邂逅に驚くのは天仕だけだ。それもこちらが脅かす側でなくてはならない訳で、下手をすればそんな時は自分の最期である。
 それで気を張らせてはいるのだが、何かがいるようでいない。悪魔であるルカの警戒を以てしても察知できないのだ。もはや“そう言った”類いであると考えてしまうのも仕方がなかった。

「調子でも狂っとるんかな。最近は上手くいき過ぎな気もするし」

「その通りじゃないかなァ?アハハ」

「――っ!?」

 耳元に調子どころか気が狂ったような唐突な笑い声が聞こえて、ルカはばっと何者からか距離を取る。
 それで顔を見て、見覚えの無い少女に身構え続けた。
 片目が伸びた前髪で隠されており、見える方の瞳の色は金。同じ色の髪が肩甲骨辺りまで三つ編みにされてぶらりと揺れている。声と同じく可笑しな調子でけらけら笑った、どこからどう見ても奇妙な少女だった。
 天仕と考えるには、夜中に徘徊している可笑しな部類の人間の一人と考えた方が良いだろう。

「……何やの、あんた」

 そうだ。そう考えて消えれば良かったのに。

「別に、ただの通りすがりの女の子だよっ?お姉さんと同じおんなじ、ネっ!」

「ただの、言う割りにはええ動きしとったやん」

「そりゃそうだよぉ」

 ケラケラ、と。そこで笑い声は止まって、おかしな笑みも終わった。すっと人格でも変わったように真面目な顔付きで、喋り方や声のトーンさえこの静けさによく似合うものに変えて。

「貴方もまた時の流れにいる一つでしょう。点在する現在を繋げば、追えるはずがないわ。――悪魔だって」

 ブゥン!
 赤い残光が軌跡を示す黒の鎌が即座に振るわれたのに、既にそこには不可解な少女は居なかった。代わりに、背後の少し離れたドラム缶の上に立っていた。
 いや、それはおかしい。
 少女は避ける素振りもなく、刃が届くほんの僅か前まで悪魔の目が捉えていたのだから。
 だがしかし、その次の瞬間はそうでは無かった。時が切り取られたかのように、正しく瞬間。実際はしていないのに瞬きをしてしまったかと悪魔が錯覚した短い時間で彼女の場所が移っていた。それも予備動作無しでだ。

「ほんまに、何者や……あんた」

「リーン」

「天仕?敵?人間?どれや」

 こんな力を持った者で自分に対峙するもの。考えつくまま可能性全てを取り合えずで述べてみるが、少女は先程のケタケタと言う笑いではなく、慈愛の小さな笑みで言った。

「どれでも無く。貴方に祝福の言葉を伝えに来たのよ。始まりと同じ様にね」

「祝福……?」

「貴方は生まれた時に見たでしょう。始まりの光を。忘れてしまうものばかりの光を」

 そんな夢は見る。自分の世界では無い、下らない始まりの夢。

「そう、忘れていたり気付かないだけで、貴方達もまた“持っている”のよ。何も無い訳じゃない」

 悪魔、ルカの灰色の目が大きく開かれた時。またあの少女は忽然と消えた。今度は何処に現れることも無かったけれど。

「な、何やったんや、あれ……」

 けれど。その胸は何故かどくどくと不思議な感覚を湛えている。
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