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世界は夢でできている

28.新雪



 それは雪のようだった。
 薄黒いものもあれば、大半はコンクリートの粉末で白いようにも見える。
 郊外に建った一軒のビル。ここからは数十メートル先と言う程で窓からその光景が眺められる。ビリビリと目の前の硝子が揺れるものだから、僕はいっそベランダに出た。
 どぅん、どぅん!
 解体工事に爆弾でも使われているように鳴り響く音で、向こうのビルがかじったリンゴのように小さい穴開きになっていく。
 爆風で吹き飛んだものは、ふわふわと僕のところにも舞い落ちてきた。

「……ああ、あれは」

 ――天仕の仕事。
 懐かしい、数十年前の記憶だ。
 勿論地上の人間であれば二十そこらの外見である僕に、そんなものがあるはずはない。そもそも人間界では天仕の存在を明らかにもさせていない。隠蔽、隠匿。真っ白な翼を頭の中まで生やした架空の天使とは少し違う。まあ天仕と出会った全ての人間が処理される程非道で一つの手段しか選ばないような融通の利かない機関でもないが。
 兎も角、僕の場合はそういうのでは無くて、単に元天仕だったと言うだけだ。
 だから天界人で寿命も違うし何十年と生きている。
 辞めるのは簡単で、殉職すれば良かった。

「あ。終わったかな」

 幸いこちらの硝子は割れる事無く済んだようだ。下手な事に巻き込まれる前に僕はまた部屋に戻って小さな灯りを点け、テレビの電源を入れるとお隣に怒られないよう音量を絞り、最後にパーコレータを火に掛けた。
 恐らくはさっきの衝撃で他の住民の幾らかは起きてきて、少しするとパトカーや災害救助車両のサイレン音が聞こえてくる。
 それで大分掻き消されてはいたが、コンロの方からの沸騰音に気付き、丁度良い珈琲の濃さになった所でかちりと止めた。
 とぽぽぽ……とカップに流し込む間に心地好い香りと湯気がふんわり鼻に入り込む。

「うん、良い感じだ」

 温かさも、味も。テレビから聞こえてくる速報の誤魔化しも。
 天仕が仕事で処理をすると、今回のように派手になってしまう事もある。そうすると色々と手を回して事故だとか事件と言うことで、地上の人間に納得してもらうのだ。今回は事故って事らしい。
 ふと死ぬ少し前にやった仕事を思い出す。事故内容は違うけど、ビルであったのも事故って事も同じで。

「エデンさん、上手くやってるかな……」

 あの頃の実質的上司で、今でもたまに必要なやりとりをする紫髪の女性。常に先を考えていて、僕の特異な状態にもあまり困らずに対処してくれた恩人。
 あの人が上手くやらないなんて事、想像も出来ないけれど。
 地上に降りた今でも考えてしまうのは、エデンさんとリーンさん、そしてミューリくらいなものだから。

「確か悪魔について追っている、とか言ってたけど。本当に存在するものなら、僕も見てみたいな」

 ずずっとカップに残ったものを飲み干して、ふうと温かな息を落とす。

「その時はタイジしなきゃいけないんだろうけど」



 天界で死んだ事になっているカイル・イレイザー。
 僕がここに移り住んでから数年目の初冬。
 気付けば外には本物の新雪が降り始めていた。
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