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世界は夢でできている

 雄弁は銀なり、沈黙は金なり。
 僕が悠長にくっちゃべっていたから、後ろにも横にも退けないで体を取られちゃったわけだ。
 次に表に晒される時は、やつらの盤の上だろう。



27.沈黙



 真夜中に見掛けた天仕。目元の隈などその猛々しい表情に目がいって気にならない。それが紫の閃光のように駆けていく。
 もしも人間達の思い描く神聖で心優しい天使であったなら、全くそぐわない姿だ。けれど空の上に住んでいる事と服が白い事しか合致しない天仕ならば納得だ。
 だって僕は悪魔。
 やつらが**なのは知っている。

「何をしようとしているんだ……?否、それよりも仕留めるべきか」

 本能のようなものが疼く。僕達にとって神の部下である天仕は障害物で抹殺対象だ。それがこんな人目の無い時間に居る。
 僕達は彼らほど人目を気にする必要もないけれど、僕達の存在を知らない天仕の目は気にしなければならない為、やっぱりある程度は考えてしまう。
 ここにあるめぼしい場所なんて、僕が今潜んでいる廃ビル一棟しかない。住宅街でマンションや民家はあるけど、ここらで悪魔信仰をしている人間はいなかったはずだし、何の指令も来ていない。変わったことなんて無かった。

 僕以外は。

 考えて、瞬間跳んだ。
 それと同時に背後から魔力のナイフが僕の居た位置まで投げられていた。
 振り返る。
 そこに居たのは、やはり先程下で駆けていた紫髪の女の天仕だった。次の武器は既に手元に補充されている。

「へえ。気付いてしまったんだ」

 とんでもない事態だ。天仕に悪魔の存在を気付かれたなんて言われてなかったのに。後で報告しなければ。
 しかし、ヘマをやらかしたのは誰だ?もしかしてあの半端者と適当野郎だろうか。

「あら。それだけ真っ黒な羽を生やしておいて、見付からないとでも思ったんですか」

「……。なるほど。ヘマをしたのは僕ってわけか。つまり、君以外はまだ悪魔の存在を知らないと」

 それは好都合。どうせ天仕を消す時には姿を現さなくてはならない。そして今回も、彼女は僕の目的では無かったが、消せば手柄でヘマも帳消し。
 音をたてずに鎌を形成する。
 だがその途中で投げられる紫掛かった銀。急な方向転換について来られなかった数枚の羽を犠牲に避ける僕。
 そんなもの大した事ではない。僕は直ぐ様武器を使い切った彼女に向かって飛ぶ。

「君を殺せば手柄になる」

「あら。じゃあ殺せなかったらどうかしら」

 刃の振るう線と僕の体の隙間を上手く縫って、常人では有り得ない動きで避ける天仕。……そう、彼女は常人では無く天仕なのだから。それでも普通の天仕よりずば抜けて能力がありそうだが。

「やるね。でも殺せないなんて有り得ない」

 今度はお互いの刃音が何度もぶつかり合う。

「何故?」

「ここは僕の縄張りで、僕は君を倒さないとこっ酷く叱られるからさ」

 それが盛り立てる雑音になって、僕の口からもつらつらと言葉が出た。そうさ、僕のよく知ったここで初めて来た彼女が勝てる訳がない。

「あら。では、あなたは逃げるつもりも無い、と」

「逃げていられないって事さ」

 本当は飛びながら攻撃を避けているから、地面に溶けられないだけなんたけど。

「なるほど」

 そんな考えはお見通しのように、女はルージュの引かれた唇を弧にして笑った。




 悪魔の証明をする為に、悪魔がよく張り付いていそうな場所を調べた。無論彼女が構造を調べないはずもなく、過信した悪魔に負けるはずも無かった。そもそも単純に力量が違う。彼は悪魔がどうやって潜み、逃げるかを黙って実演して情報提供していれば良かったのだ。
 落ちた天井に潰された男にはもう過ぎた話だけれど。

「そうですね。殺せないなんて有り得ません。ここは時の管理者がいないのですから」

 女はそう言って近付き、事切れた男の背から一翼剥ぎ取ると、その翼を紫の光で包んだ。そしてもう一対の翼が徐々に消え、男の体が灰と化し、風に浚われていくのを見送った。
 ここは翌日には人間界のニュースとなって老朽化による事故か何らかの事件があっただけとされるだろう。
 夜風に吹かれた紫の髪を押さえながら、女はそっと続きを呟いた。

「全ての生物に終わりが来る、はずだったんですけどね」
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