世界は夢でできている
26.再会
何処にでもあるような、ただちょっとだけ広めかもしれない喫茶店『キートン』で、一人の少女が座っていた。
この喫茶店には似合わない派手な服を着て、パーマをかけたようにうねった淡い赤髪。普通ならおかしいなと思うものの、最近はよく利用してくれる少女である為、今日は一人であっても待ち合わせか気に入って一人で来てくれたのだろうと老いた店主夫婦は思った。
三分後、テレビがどっと笑いだしてカウンター席のお爺ちゃんも笑いだした頃、カランカランとドアが開かれた。そこそこ顔が整った草食系にみえる、真っ直ぐの黒髪男だった。少女が初めて来た時に一緒だった男である。
少女がこっちと手をあげると、男は自分の方が遅かった事を謝って席に着いた。
「遅くなってすみません。待たせてしまいましたか?」
「全然。時間五分前に来て謝るなんて、どこぞの阿呆に真似させてみたいくらいやわぁ」
「はは……」
阿呆と預かり知らぬ所で罵倒された姿は、少女の頭の中と苦笑いしている男の頭の中で見事に合致している。獰猛な獣のような雰囲気があるのにへらへらと笑っている、少女にお似合いのシルバーアクセを幾つか着けた黒い服の男だった。
その後先に飲み物をとっていた少女を見て男も珈琲を注文する。少女のような特別これと言う飲み物はないのだが、珈琲は好きでここは喫茶店。からんと黒い海に揺れる氷のオブジェが届くのはほぼ決まりだった。
そう、男は暫く手をつける暇などなかったのだ。
カランカランと、再びドアベルが響いた。
例え自分に関係がなかろうとちらりと男の目が動く。しかし、入ってきたのは関係のある人物だった。約束どころか、自分が在る事すら知らないだろうに。
「ルカ、遅れてごめんね?」
緑の中でも一際美しい色、マラカイトグリーン。それをゆらゆらと波にした長髪は服装が平凡で地味なものであっても、ルカと呼ばれた少女よりも目を引かれる。
そして席に座る前に、向かいの男を確かめるように見つめて
「カイルさん……」
そう、呟いた。
男は死んだはずだった。そういう事になっていて、その通りにしか知らない、何なら他の事だって表面通りにしか知らない女。けれど彼女は確かに男を知っている。だからそう呟いたしこの席をルカに所望したのだ。
天仕である女と天仕であった男の、人間界での共通の友人。それがルカ・エスであった。
しっかりと見終えると女がルカの横で着席する。
「あはは、驚いた?なんやエラい偶然やけど、ルリエラとカイル、知り合いなんやって?ルリエラから連絡が付かんかったって聞いたから呼んでみたんやけど」
カイルは心底驚いた顔と声で答える。
「そう……ですね。ルカには毎度、驚かされます……本当に」
どっきり大成功!といったようにルカはその返事を聞いて嬉しそうに満面の笑みで数度頷くと注文した珈琲をちゅうっと吸う。残念ながらこの昔ながらの喫茶店ではリンゴジュースは置いていなかった。
ルリエラもそっと老婦に烏龍茶を頼むと、ぎこちない笑みをカイルに向けた。
「お久しぶりです?カイルさん」
「……お久しぶりです、ルリエラ」
「今まで何があったんですか?どうして……?」
「今まで、ですか……」
それを語るのは途方もなく大変だとでも言うようにカイルは困りながら微笑む。
天仕の少しは人間にとって百年単位の事。だからルリエラにとってはそれほどの長い時間ではなかったはずだ。心理的な話は兎も角として。
それでも語るには事象が多すぎる。
例えば、『僕はミューリに殺されました』だとか。
……カイルは首を軽く振って悪手を頭から振り払う。否、手だとかそう言うのを抜きにしても今はルリエラには言えなかった。
聞けないのだと察したルリエラもまた眉を八の字にして、二人して困った雰囲気を醸し出している。そんな間に烏龍茶は届いてしまった。いくら感動の再会を演出したルカもそんなにいっぺんにアイス珈琲を啜ってなんかいられない。
気まずくなったと判断して、ルカは二人の間、つまりはテーブルの真ん中でパチリと手を叩いた。無論、おじさん達が眺めるよくわからない芸能人の面白いらしい話の邪魔はしないように。
「あ、ご、ごめんね、ルカ?折角お願い聞いてくれたルカを放ったらかしにして……」
「それはええんよ。でも雰囲気が暗いのはあかんね。お互いこれ飲み終わったら遊びにいこうや」
ぽちゃっと振る珈琲はどう見てもカイルとルリエラのグラスよりも少ない。けれどその気遣いに二人は顔を見合わせて、そして今度は変な感情を加えず素直に笑った。
「でも、遊ぶってどこにしようか?」
「近くにはゲームセンターもカラオケも、一応はありますけど……」
「じゃあそこで。その後は――」
何処にでもあるような、ただちょっとだけ広めかもしれない喫茶店『キートン』で、一人の少女が座っていた。
この喫茶店には似合わない派手な服を着て、パーマをかけたようにうねった淡い赤髪。普通ならおかしいなと思うものの、最近はよく利用してくれる少女である為、今日は一人であっても待ち合わせか気に入って一人で来てくれたのだろうと老いた店主夫婦は思った。
三分後、テレビがどっと笑いだしてカウンター席のお爺ちゃんも笑いだした頃、カランカランとドアが開かれた。そこそこ顔が整った草食系にみえる、真っ直ぐの黒髪男だった。少女が初めて来た時に一緒だった男である。
少女がこっちと手をあげると、男は自分の方が遅かった事を謝って席に着いた。
「遅くなってすみません。待たせてしまいましたか?」
「全然。時間五分前に来て謝るなんて、どこぞの阿呆に真似させてみたいくらいやわぁ」
「はは……」
阿呆と預かり知らぬ所で罵倒された姿は、少女の頭の中と苦笑いしている男の頭の中で見事に合致している。獰猛な獣のような雰囲気があるのにへらへらと笑っている、少女にお似合いのシルバーアクセを幾つか着けた黒い服の男だった。
その後先に飲み物をとっていた少女を見て男も珈琲を注文する。少女のような特別これと言う飲み物はないのだが、珈琲は好きでここは喫茶店。からんと黒い海に揺れる氷のオブジェが届くのはほぼ決まりだった。
そう、男は暫く手をつける暇などなかったのだ。
カランカランと、再びドアベルが響いた。
例え自分に関係がなかろうとちらりと男の目が動く。しかし、入ってきたのは関係のある人物だった。約束どころか、自分が在る事すら知らないだろうに。
「ルカ、遅れてごめんね?」
緑の中でも一際美しい色、マラカイトグリーン。それをゆらゆらと波にした長髪は服装が平凡で地味なものであっても、ルカと呼ばれた少女よりも目を引かれる。
そして席に座る前に、向かいの男を確かめるように見つめて
「カイルさん……」
そう、呟いた。
男は死んだはずだった。そういう事になっていて、その通りにしか知らない、何なら他の事だって表面通りにしか知らない女。けれど彼女は確かに男を知っている。だからそう呟いたしこの席をルカに所望したのだ。
天仕である女と天仕であった男の、人間界での共通の友人。それがルカ・エスであった。
しっかりと見終えると女がルカの横で着席する。
「あはは、驚いた?なんやエラい偶然やけど、ルリエラとカイル、知り合いなんやって?ルリエラから連絡が付かんかったって聞いたから呼んでみたんやけど」
カイルは心底驚いた顔と声で答える。
「そう……ですね。ルカには毎度、驚かされます……本当に」
どっきり大成功!といったようにルカはその返事を聞いて嬉しそうに満面の笑みで数度頷くと注文した珈琲をちゅうっと吸う。残念ながらこの昔ながらの喫茶店ではリンゴジュースは置いていなかった。
ルリエラもそっと老婦に烏龍茶を頼むと、ぎこちない笑みをカイルに向けた。
「お久しぶりです?カイルさん」
「……お久しぶりです、ルリエラ」
「今まで何があったんですか?どうして……?」
「今まで、ですか……」
それを語るのは途方もなく大変だとでも言うようにカイルは困りながら微笑む。
天仕の少しは人間にとって百年単位の事。だからルリエラにとってはそれほどの長い時間ではなかったはずだ。心理的な話は兎も角として。
それでも語るには事象が多すぎる。
例えば、『僕はミューリに殺されました』だとか。
……カイルは首を軽く振って悪手を頭から振り払う。否、手だとかそう言うのを抜きにしても今はルリエラには言えなかった。
聞けないのだと察したルリエラもまた眉を八の字にして、二人して困った雰囲気を醸し出している。そんな間に烏龍茶は届いてしまった。いくら感動の再会を演出したルカもそんなにいっぺんにアイス珈琲を啜ってなんかいられない。
気まずくなったと判断して、ルカは二人の間、つまりはテーブルの真ん中でパチリと手を叩いた。無論、おじさん達が眺めるよくわからない芸能人の面白いらしい話の邪魔はしないように。
「あ、ご、ごめんね、ルカ?折角お願い聞いてくれたルカを放ったらかしにして……」
「それはええんよ。でも雰囲気が暗いのはあかんね。お互いこれ飲み終わったら遊びにいこうや」
ぽちゃっと振る珈琲はどう見てもカイルとルリエラのグラスよりも少ない。けれどその気遣いに二人は顔を見合わせて、そして今度は変な感情を加えず素直に笑った。
「でも、遊ぶってどこにしようか?」
「近くにはゲームセンターもカラオケも、一応はありますけど……」
「じゃあそこで。その後は――」