世界は夢でできている
それは甘い、甘い夢です。
私は温かい両親のもとで生まれ、大きくなると宮殿採用試験にもすんなりと合格して、特に困ったこともなく今までやって来ました。
だから突然、時々お話しするような知り合いが亡くなって驚いたのです。そして彼は、友人ミューリ・フレイヤの幼馴染みだったのだと。
それは、甘い甘い夢です。
勿論天仕のお仕事は大変です。そう言うことがあるのはよく知っていました。しかし私は事務専門で、怪我や殉職は書類から知り、そこには見たこともないようなお名前があるだけでした。私はいつもそこに判子や必要事項を記入して纏め、データをそのように書き換えると、次の方へと回していました。
心はすっかり忘れていたのです。
それは、甘い甘い夢です。
ミューリは塞ぎ込んで、私も哀しみで胸が一杯になっていて、それでも世界が動いていくので付いていくしかなかったのです。
だからルカに出会い、それを聞いて、私はその苦しみから解放されるのだと喜びました。
それは私の理想の世界、甘い甘い夢でした。
22.砂糖
暑い夏の日。
書類を届けに人間界に降りた後、すぐそばにあった公園が目に入りました。
自然な遊び場はありますが、天界にはこんな場所はありません。と言いますか、人間界は近いようで全然違って、どれもこれもが目新しく見えるのです。時間の経過が早いからでしょうか、私が他の天仕よりも人間界に立ち寄る機会が少ないからでしょうか。
短い間隔で建てられているコンビニは、それでもここから五分以上はかかります。木陰を求める意味でも、私はふらりと足を進め、土に刺されたUの字を越えました。
ひゅん。私の頬を掠めたかと思った缶は綺麗にゴミ箱に入りました。
驚いて投げられた方を見やれば、なんとそこには友人がいました。
「……ミューリ?」
それも、物凄く派手な服装です。こんなフリフリで激しく主張するような色をふんだんに着込む人ではなかったと思うのですが。
……そうでした。ミューリはそういったものを着込む人ではありませんでした。
よく見ると髪はミューリよりもしっかりと赤く、すたすたと歩いてくる動作もちょっぴりがさつです。
「なぁ」
は、と気付けば、彼女の目が目の前にずずいと広がっていました。驚くほど近距離に彼女が来て、ようやく私は彼女の顔をじっと見つめたままだと気付いたのです。
「ご、ご、ごめんなさい……?わたし、失礼を……」
「ああ、そんなに怯えんといて。取って食おうとか怒ろうって訳やないんやし。それよりも私の顔、何かついとる?」
「いえ、そう言うわけでは……ただ、知り合いの顔に似ていたので?」
「面白い喋り方するんやね、自分」
「はあ……」
別に質問をする訳でもないのに語尾が不安になってしまうのは、物心ついたときからの癖なのです。
それはそれとして、面白い喋り方と言うなら彼女もそうだと思いました。
けれどもそんな話をする前に、彼女はこう言ったのです。
「それって、ミューリって子と違う?」
「っ!」
そうして私はたっぷりと砂糖を注がれました。
実は前にも同じ名前で呼ばれて。
その人と連絡を取っているのだけど。
勿論その時点では誰だろう、同じ天仕の誰かだろうと興味本意で聞き続けました。
まあ、人間は天仕という存在の真実を知らないので、深く知られていては困るかも、という事もありましたが。
けれど見せられた携帯のアドレス、その登録名は。
「カイル、さん……ですか?」
この時の言葉は本当に嘘か真実かを訊ねているものでした。けれど彼女は私の癖だと判断して話を進めます。
「やっぱり知っとるんやね。なぁ、そちらさんはこの後少し時間ある?」
「は、はい……大丈夫です?」
やるべき仕事は終わりました。
私は既に甘い夢に踊らされ、期待に心がふわふわと浮いています。
カイルさんがどうして生きているのかはわかりません。ですが、それでも良いのです。
ミューリは喜ぶでしょうし、私自身もカイルさんは知り合いとして好きです。
彼が生きている。あの悲しい事は何かの間違いで、また平坦だけど幸せな日が始まるのだと思いました。
「せやったらどこか喫茶店でも入ってお話しようや!」
「お願いします……?」
「あ。そんな敬語無し無し!同じくらいの年やろ。って、私の方が年下やったらごめんやけど」
「あ、ううん……?」
そうして明るい声に押されてまたUの字を超えようとした時、彼女はふと後ろを振り返りました。
そこには彼女の座っていただろうベンチがあるだけです。
忘れ物をしたのかと思ったのですが、彼女は何事も無かったように私の手を喫茶店まで引いていきました。
「いつの間に消えよったんや、ブラッド」
私は温かい両親のもとで生まれ、大きくなると宮殿採用試験にもすんなりと合格して、特に困ったこともなく今までやって来ました。
だから突然、時々お話しするような知り合いが亡くなって驚いたのです。そして彼は、友人ミューリ・フレイヤの幼馴染みだったのだと。
それは、甘い甘い夢です。
勿論天仕のお仕事は大変です。そう言うことがあるのはよく知っていました。しかし私は事務専門で、怪我や殉職は書類から知り、そこには見たこともないようなお名前があるだけでした。私はいつもそこに判子や必要事項を記入して纏め、データをそのように書き換えると、次の方へと回していました。
心はすっかり忘れていたのです。
それは、甘い甘い夢です。
ミューリは塞ぎ込んで、私も哀しみで胸が一杯になっていて、それでも世界が動いていくので付いていくしかなかったのです。
だからルカに出会い、それを聞いて、私はその苦しみから解放されるのだと喜びました。
それは私の理想の世界、甘い甘い夢でした。
22.砂糖
暑い夏の日。
書類を届けに人間界に降りた後、すぐそばにあった公園が目に入りました。
自然な遊び場はありますが、天界にはこんな場所はありません。と言いますか、人間界は近いようで全然違って、どれもこれもが目新しく見えるのです。時間の経過が早いからでしょうか、私が他の天仕よりも人間界に立ち寄る機会が少ないからでしょうか。
短い間隔で建てられているコンビニは、それでもここから五分以上はかかります。木陰を求める意味でも、私はふらりと足を進め、土に刺されたUの字を越えました。
ひゅん。私の頬を掠めたかと思った缶は綺麗にゴミ箱に入りました。
驚いて投げられた方を見やれば、なんとそこには友人がいました。
「……ミューリ?」
それも、物凄く派手な服装です。こんなフリフリで激しく主張するような色をふんだんに着込む人ではなかったと思うのですが。
……そうでした。ミューリはそういったものを着込む人ではありませんでした。
よく見ると髪はミューリよりもしっかりと赤く、すたすたと歩いてくる動作もちょっぴりがさつです。
「なぁ」
は、と気付けば、彼女の目が目の前にずずいと広がっていました。驚くほど近距離に彼女が来て、ようやく私は彼女の顔をじっと見つめたままだと気付いたのです。
「ご、ご、ごめんなさい……?わたし、失礼を……」
「ああ、そんなに怯えんといて。取って食おうとか怒ろうって訳やないんやし。それよりも私の顔、何かついとる?」
「いえ、そう言うわけでは……ただ、知り合いの顔に似ていたので?」
「面白い喋り方するんやね、自分」
「はあ……」
別に質問をする訳でもないのに語尾が不安になってしまうのは、物心ついたときからの癖なのです。
それはそれとして、面白い喋り方と言うなら彼女もそうだと思いました。
けれどもそんな話をする前に、彼女はこう言ったのです。
「それって、ミューリって子と違う?」
「っ!」
そうして私はたっぷりと砂糖を注がれました。
実は前にも同じ名前で呼ばれて。
その人と連絡を取っているのだけど。
勿論その時点では誰だろう、同じ天仕の誰かだろうと興味本意で聞き続けました。
まあ、人間は天仕という存在の真実を知らないので、深く知られていては困るかも、という事もありましたが。
けれど見せられた携帯のアドレス、その登録名は。
「カイル、さん……ですか?」
この時の言葉は本当に嘘か真実かを訊ねているものでした。けれど彼女は私の癖だと判断して話を進めます。
「やっぱり知っとるんやね。なぁ、そちらさんはこの後少し時間ある?」
「は、はい……大丈夫です?」
やるべき仕事は終わりました。
私は既に甘い夢に踊らされ、期待に心がふわふわと浮いています。
カイルさんがどうして生きているのかはわかりません。ですが、それでも良いのです。
ミューリは喜ぶでしょうし、私自身もカイルさんは知り合いとして好きです。
彼が生きている。あの悲しい事は何かの間違いで、また平坦だけど幸せな日が始まるのだと思いました。
「せやったらどこか喫茶店でも入ってお話しようや!」
「お願いします……?」
「あ。そんな敬語無し無し!同じくらいの年やろ。って、私の方が年下やったらごめんやけど」
「あ、ううん……?」
そうして明るい声に押されてまたUの字を超えようとした時、彼女はふと後ろを振り返りました。
そこには彼女の座っていただろうベンチがあるだけです。
忘れ物をしたのかと思ったのですが、彼女は何事も無かったように私の手を喫茶店まで引いていきました。
「いつの間に消えよったんや、ブラッド」