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世界は夢でできている

 一人がマスクをしていたって、不健康になれば風邪は引くものだし、看病をして仕方無しにうつされてしまう事もある。
 だから本当は、誰だって気を付けなければいけないのだ。
 けれど誰しもが人生を行く事に精一杯で気を配れない。気が付けばもう手遅れなのである。



20.発病



「どう……しよう……?」

 響いたか細い声は誰かに伺いたてている訳ではない。
 そう疑問符を付けたような言い方は、彼女の癖なのだ。
 ゆったりと波打つマラカイトグリーンの髪がふわりと浮かび、ばさりと落ちる。彼女が崩れ落ちるように、そこに座り込んだから。
 ――真っ赤な死体の前に。
 けれど血がじわじわと足元に浸食してくると、彼女はずずっと素早く後ろに下がった。
 何て薄情な。自分が殺した死体の血なのに。

「あ……あ……嘘、だよね……?まだ、死んで、ないよね……?」

 自分はまだ真っ白であると信じていたい。心が、疑う事すら拒否している。
 だってルリエラ・ピアニッシモはまだ地上の“処理”を行った事はない。彼女は事務専門だ。勿論そういう仕事があるのもわかっているし、その補佐もした事はある。けれども彼女は直接手を下さなくとも良かったし、下したいとも思わなかった。
 いい子だよね。優しいね、ルリエラは。
 と、目の前で死んでいるミューリは言っていた。
 そう、間違いなく、目の前のものはミューリ・フレイヤ。これだけは間違いない。誰かを騙そうとかルリエラの都合に沿うように事実を変えてはいけない。
 変えるなら、ほら。未来を。
 カイル・イレイザーのように、生き返って貰わなきゃ。
 そうだ、前例がある。
 彼にもよくはわからないと言うし、ルリエラにもよくはわからなかったし詳しくは聞いていないが、カイルは間違いなく一度死んだらしい。

「カイル、に、生き返す方法を、聞こう……み、ミューリを生き返さなきゃ……?」

 女の子らしい高く可愛い声が、無理矢理歌わされた音痴な歌みたいに震えて出ていく。仲良しだったミューリならばそれも笑顔で受け入れてくれるだろうに、第三者の悪魔が聞くには堪える音だ。
 震えを止めるようにぎゅっと握り締めた手に、影が射した。
 こつん。
 あまりに動揺して周囲の音が聞けなかったのか、それとも悪魔だからか。その足音がようやくルリエラの耳に届く。

「あはは。ちょっと動揺しすぎて気が狂ってもうた?」

「え……」

「二週間ぶり、くらいやね?ルリエラ」

「ルカ……な、なんで、ここに」

「なんでやろー。私が存在する理由なんか、あったかなぁ」

 ルリエラのあれが音痴な歌ならば、このルカの歌はご機嫌で大分上手かった。
 にこにこいつもの楽しそうな笑みに胡散臭い……珍しい言葉遣い。それで普通に話し始めている。すぐそこが血の海になっているのに、酷く場違いな様子だ。
 もう一つ。ルリエラの、髪と同じ色の瞳がそれを捉えた。
 それは場違いでも何ともない。だって死を運ぶだろう悪魔らしい真っ黒な翼が、小さいけれど背中から広がっていた。

「生き返す方法なんて、あるわけないやん。ご苦労サマやで」

「ルカ……まさか……?」

「まさかも何も、悪魔や。ほんまは逆の結果になると思っとったけど、まあええわ」

 何度も言葉を交わしたのに。
 何度も笑いあったのに。
 悪魔はそんなルリエラが死ぬ予定だったと、そう言った。
 自分がやった事だ。ルリエラは批判してはいけない気がすれども、心を真っ黒な棒でぐりぐりと抉られたようだった。

「ここまでゆっくり蝕んだ甲斐があったわあ。

 ――ほんなら、さいなら。天仕のお一人サン」

 魔力によって真っ黒な鎌が造り上げられる。
 座り込んだままのルリエラにそれが降り下ろされて、かっ開いた視界さえ浸食していった。
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