世界は夢でできている
「おはよう、ミューリ。あのね、明日――」
「おはようルリエラ。ごめん、ちょっと今行かなきゃだから」
「あ、うん。ごめんねミューリ」
「。……じゃ、また」
そのごめんはこっちのごめんだ。あたしこそ言わなければいけないのに。
なのに心臓がびくりと反応して。廊下を早足で駆けた。
その前に、友人であるはずのルリエラを避けるように口早に適当なこと言っている時点で。これじゃあ。
……駄目だ。
あたし、悪魔(あいつ)の術中に嵌まってる。
18.自覚
いつも通りに目の前の無機質な扉を上品そうに叩いて名前を名乗る。
無機質と言っても特別壁がコンクリ剥き出しだとか、木製のドアに彫りも一切ないという訳でもなく、造りは他の部屋と同じはずなんだけど。そう感じてしまうのは、辺りに掲示物がないからか、あたしの席がある部署から距離がある所為か、中にいる天仕の所為か。
「どうぞ」
でも今は最良の逃げ場所だと思った。
ルリエラもエデンの下に就いたとは言え、エデンの席は彼女の執務室にしかないし、彼女が部下全員を呼ぶことも滅多にない。つまりは鉢合わせることもない。
「……エデン。以前、悪魔はいるかって聞いてきた事があったわよね……?」
「開口一番それですか。貴女の若者ぶりは口調だけだと思っていましたが」
「悪かったわね。でも重要そうだから」
ちなみに上司相手に敬語無しなのは本人が言い出したことだ。秘密を共有しているからか、親しいと言うと複雑だけど、二人きりになればまあそう言う所がある。
……別に尊敬はしてるし。
だからそういう事じゃないんだろう。そしてエデン曰く若者ぶりが表れる口調はタメ口にならなきゃ出ないし、直す気もない。
「……遭ったのですね」
やっぱり。
元々笑っている訳でもなかったエデンは更に真面目な顔つきをして言う。あたしはそれに頷きで答えた。
あの得体の知れないもの。けれどあたしはそれに、確実に影響されている。あの囁きで……否、二人が一緒にいたのもあいつの所為かもしれない。それでルリエラに対する心がぐらぐらと揺れていた。
「やっぱり……実在していると、知っていたの……?」
「疑ってはいましたよ。ルース・シャーレには宮殿にダメージを与えても得は無さそうですし。その前からも少々気になる事件や事故はありましたから。……ただ、悪魔を証明するには悪魔の首でも持ってこなければいけませんからね」
そう。この間の事だってあたしが言ったところで、誰にも信じちゃ貰えない。あいつはそれでニヤニヤ笑っていたっけ。
けれど、一人だけ例外がいる。このエデンだけは色々と規格外なのだから。……ほんと、色々と。
「けれどこんなに早く接触してくるとは思っていませんでした」
悪魔はバレない事で信じて貰えない存在になっているのだ。ほいほいと顔を出していれば、やがて戯言が本当かもしれないと言う疑惑に変わる。些細なことで疑い始めたエデンのように。
「どうする?ルース・シャーレの写真見せてくれたり、あんな話してきたんだし、悪魔(これ)が狙いだったんでしょ」
「ふふっ。狙いですか。まあ、間違いではありませんが」
あるいは、この人にとっては、進路上にいたただの障害物なのかもしれない。
「とりあえず泳がせる予定でいます。けれど、ミューリ・フレイヤ。貴女が立ち向かえないと言うのなら降りても良いのですよ。いつまでも、その先の真実とは向き合えなくなりますけどね」
「……」
それってどういう意味。
ルリエラとカイルが一緒にいた。でもカイルの生死についてはよくわからない。
生きていたならどうして。死んでいたのならあれは何。
……真実って、そういう意味?
口に出すのは野暮だと思った。エデンまでも疑って誰も信じられなくなる行為だと思ったし、彼女はきっと何十手も先を見ている。そもそも聞く資格すら、あたしにはないんだから。
「――ううん、やるわ」
「そう言ってもらえると信じていましたよ」
「信じる、なんて似合わない言葉ね」
あ。しまった。つい、口から本音が。
「……ミューリ・フレイヤ?」
「し、失礼しまーす」
「おはようルリエラ。ごめん、ちょっと今行かなきゃだから」
「あ、うん。ごめんねミューリ」
「。……じゃ、また」
そのごめんはこっちのごめんだ。あたしこそ言わなければいけないのに。
なのに心臓がびくりと反応して。廊下を早足で駆けた。
その前に、友人であるはずのルリエラを避けるように口早に適当なこと言っている時点で。これじゃあ。
……駄目だ。
あたし、悪魔(あいつ)の術中に嵌まってる。
18.自覚
いつも通りに目の前の無機質な扉を上品そうに叩いて名前を名乗る。
無機質と言っても特別壁がコンクリ剥き出しだとか、木製のドアに彫りも一切ないという訳でもなく、造りは他の部屋と同じはずなんだけど。そう感じてしまうのは、辺りに掲示物がないからか、あたしの席がある部署から距離がある所為か、中にいる天仕の所為か。
「どうぞ」
でも今は最良の逃げ場所だと思った。
ルリエラもエデンの下に就いたとは言え、エデンの席は彼女の執務室にしかないし、彼女が部下全員を呼ぶことも滅多にない。つまりは鉢合わせることもない。
「……エデン。以前、悪魔はいるかって聞いてきた事があったわよね……?」
「開口一番それですか。貴女の若者ぶりは口調だけだと思っていましたが」
「悪かったわね。でも重要そうだから」
ちなみに上司相手に敬語無しなのは本人が言い出したことだ。秘密を共有しているからか、親しいと言うと複雑だけど、二人きりになればまあそう言う所がある。
……別に尊敬はしてるし。
だからそういう事じゃないんだろう。そしてエデン曰く若者ぶりが表れる口調はタメ口にならなきゃ出ないし、直す気もない。
「……遭ったのですね」
やっぱり。
元々笑っている訳でもなかったエデンは更に真面目な顔つきをして言う。あたしはそれに頷きで答えた。
あの得体の知れないもの。けれどあたしはそれに、確実に影響されている。あの囁きで……否、二人が一緒にいたのもあいつの所為かもしれない。それでルリエラに対する心がぐらぐらと揺れていた。
「やっぱり……実在していると、知っていたの……?」
「疑ってはいましたよ。ルース・シャーレには宮殿にダメージを与えても得は無さそうですし。その前からも少々気になる事件や事故はありましたから。……ただ、悪魔を証明するには悪魔の首でも持ってこなければいけませんからね」
そう。この間の事だってあたしが言ったところで、誰にも信じちゃ貰えない。あいつはそれでニヤニヤ笑っていたっけ。
けれど、一人だけ例外がいる。このエデンだけは色々と規格外なのだから。……ほんと、色々と。
「けれどこんなに早く接触してくるとは思っていませんでした」
悪魔はバレない事で信じて貰えない存在になっているのだ。ほいほいと顔を出していれば、やがて戯言が本当かもしれないと言う疑惑に変わる。些細なことで疑い始めたエデンのように。
「どうする?ルース・シャーレの写真見せてくれたり、あんな話してきたんだし、悪魔(これ)が狙いだったんでしょ」
「ふふっ。狙いですか。まあ、間違いではありませんが」
あるいは、この人にとっては、進路上にいたただの障害物なのかもしれない。
「とりあえず泳がせる予定でいます。けれど、ミューリ・フレイヤ。貴女が立ち向かえないと言うのなら降りても良いのですよ。いつまでも、その先の真実とは向き合えなくなりますけどね」
「……」
それってどういう意味。
ルリエラとカイルが一緒にいた。でもカイルの生死についてはよくわからない。
生きていたならどうして。死んでいたのならあれは何。
……真実って、そういう意味?
口に出すのは野暮だと思った。エデンまでも疑って誰も信じられなくなる行為だと思ったし、彼女はきっと何十手も先を見ている。そもそも聞く資格すら、あたしにはないんだから。
「――ううん、やるわ」
「そう言ってもらえると信じていましたよ」
「信じる、なんて似合わない言葉ね」
あ。しまった。つい、口から本音が。
「……ミューリ・フレイヤ?」
「し、失礼しまーす」