世界は夢でできている
17.楽園
私達は無。人間とも天仕とも違う。
だから楽園と言えば夢だ。私達の世界となり得る夢。私はいつまでも見られないでいるけれど。
では、人間の楽園とは何だろう。
唯一無二の世界だ。私達と同じ夢である人間もいるかもしれない。けれどその熱は私達とは比べ物にならない弱さだし、人間は他にも楽園を持っている。私は人間ではないから実際にはわからないが、本や当人が言うには空想的な天国であったり、大枚はたいて周囲にありったけのおもてなしをしてもらえるリゾートだったり、はたまた今の家庭であったり。
自分を認め、誰かに認められ、幸福と感じられるのならそこが楽園。
さっきの三つなら当てはまる。
けど。それなら。
何にも存在を認められず、幸福であると感じる機会もなく、これから夢に憧れるしかない彼女は、人間ではなく悪魔だったのだろうか。
「お前さァ、あんま、感傷的になるなよォ。だから半端者って言われるんだぜェ」
多分気付いてる癖に。そう言ってきた奴はもういないって。
相変わらずへらへらしているけれど、それは彼女の惨事を見てのことじゃない。私を見てそんな腹の立つ顔をしているのだ。
けれど今みたいな時は、こいつのちょっとしたあ……否、信頼表現なのかと思う。
「天界っていっても、所詮人は人。天仕でもなけりゃ千差万別、か」
「……」
握りしめた拳はやり場のない力で震えている。
小さな小さな亡骸。私と同じ名前の子供。私と同じ、存在すら認められなかった子供。
いや、紙切れは存在を認めたか。息をしたかどうかもわからないのに。
人間界と違って産まれてからではなく、その前から届けを出す。家で産む天界人も多く、魔法があるからそれほど死産も多くないからだ。
そんな天界なのに彼女が死んだのは、彼らにとって女の子が不要だっただけ。だからすぐに、いなかった事にした。
「でもお前だってきっとどこかで殺してるぜェ。村を潰したりしてんだからなァ」
「わかっとるわ!……けど」
「けど、何だよ」
「……」
悪魔が言い訳なんて馬鹿らしい。それに言い訳する必要もなく事実なのだから、私は何も続けられなかった。
村や親となる人間を潰したのなら、その子供もまた同じ運命を辿る。だからこの子だけ慈しまれる謂れはない。
でも存在すら認められない子では、まだ「あ」も「う」も頭に描くことが出来ないままに世界を失い、楽園が夢にしか抱けない彼女とは違うのだ!
……なんて。相棒の悪魔が言う通り、私が半人前であっただけでこれはただの癇癪だった。
でもこいつは私の肩に、まるで映画でも見に行くかって誘うように、ぽんと手を乗せた。
「悪魔はもっと狡猾に、嫌らしくやってやるもんだぜェ」
「……ブラッド、」
「まずは奴らに何としてでも死産届けは出させねェ。ま、その辺は俺が何とかするさ」
そうだ。気軽な誘い。これは悪魔としての誘い。
私の脳内をじわじわと黒い蔦が覆っていく。元々真っ黒だったけども。口元には自然に笑みが溢れていた。
「……数年後に、殺したはずの娘がやってきたら、どないに思うんやろうね?」
私は魔法で全ての痕跡を消す。綺麗に、何もいなかったように。
もともと存在を消されていたのだから、それは簡単な事だ。彼女の姿と血を消せばいい。それまでの経路は何と言っても彼らが消している。
「良い夢見てや」
そして、彼女に別れを告げた。
今は……もしくはこれから夢を見ている彼女に。
あなたが辿り着いた楽園に。きっと私も行くから。
私達は無。人間とも天仕とも違う。
だから楽園と言えば夢だ。私達の世界となり得る夢。私はいつまでも見られないでいるけれど。
では、人間の楽園とは何だろう。
唯一無二の世界だ。私達と同じ夢である人間もいるかもしれない。けれどその熱は私達とは比べ物にならない弱さだし、人間は他にも楽園を持っている。私は人間ではないから実際にはわからないが、本や当人が言うには空想的な天国であったり、大枚はたいて周囲にありったけのおもてなしをしてもらえるリゾートだったり、はたまた今の家庭であったり。
自分を認め、誰かに認められ、幸福と感じられるのならそこが楽園。
さっきの三つなら当てはまる。
けど。それなら。
何にも存在を認められず、幸福であると感じる機会もなく、これから夢に憧れるしかない彼女は、人間ではなく悪魔だったのだろうか。
「お前さァ、あんま、感傷的になるなよォ。だから半端者って言われるんだぜェ」
多分気付いてる癖に。そう言ってきた奴はもういないって。
相変わらずへらへらしているけれど、それは彼女の惨事を見てのことじゃない。私を見てそんな腹の立つ顔をしているのだ。
けれど今みたいな時は、こいつのちょっとしたあ……否、信頼表現なのかと思う。
「天界っていっても、所詮人は人。天仕でもなけりゃ千差万別、か」
「……」
握りしめた拳はやり場のない力で震えている。
小さな小さな亡骸。私と同じ名前の子供。私と同じ、存在すら認められなかった子供。
いや、紙切れは存在を認めたか。息をしたかどうかもわからないのに。
人間界と違って産まれてからではなく、その前から届けを出す。家で産む天界人も多く、魔法があるからそれほど死産も多くないからだ。
そんな天界なのに彼女が死んだのは、彼らにとって女の子が不要だっただけ。だからすぐに、いなかった事にした。
「でもお前だってきっとどこかで殺してるぜェ。村を潰したりしてんだからなァ」
「わかっとるわ!……けど」
「けど、何だよ」
「……」
悪魔が言い訳なんて馬鹿らしい。それに言い訳する必要もなく事実なのだから、私は何も続けられなかった。
村や親となる人間を潰したのなら、その子供もまた同じ運命を辿る。だからこの子だけ慈しまれる謂れはない。
でも存在すら認められない子では、まだ「あ」も「う」も頭に描くことが出来ないままに世界を失い、楽園が夢にしか抱けない彼女とは違うのだ!
……なんて。相棒の悪魔が言う通り、私が半人前であっただけでこれはただの癇癪だった。
でもこいつは私の肩に、まるで映画でも見に行くかって誘うように、ぽんと手を乗せた。
「悪魔はもっと狡猾に、嫌らしくやってやるもんだぜェ」
「……ブラッド、」
「まずは奴らに何としてでも死産届けは出させねェ。ま、その辺は俺が何とかするさ」
そうだ。気軽な誘い。これは悪魔としての誘い。
私の脳内をじわじわと黒い蔦が覆っていく。元々真っ黒だったけども。口元には自然に笑みが溢れていた。
「……数年後に、殺したはずの娘がやってきたら、どないに思うんやろうね?」
私は魔法で全ての痕跡を消す。綺麗に、何もいなかったように。
もともと存在を消されていたのだから、それは簡単な事だ。彼女の姿と血を消せばいい。それまでの経路は何と言っても彼らが消している。
「良い夢見てや」
そして、彼女に別れを告げた。
今は……もしくはこれから夢を見ている彼女に。
あなたが辿り着いた楽園に。きっと私も行くから。