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世界は光でできている

「――以上を持って“神位”着任のご挨拶とさせて頂きます」
 こうして前の神の座にいた者の記録は消されていく。確実に消えはしなくても、修正されて正確な物は見つからなくなっていく。
『安心なさい。貴女とカイルの事は、私が処理しておきます』
 それでも、あたしがやってしまったことは消えないんだ。




       消しゴム
      ―Eraser―




 部屋に閉じ籠って、ベットにただぺったりと体を乗せているだけ。
『事故だった。そう思いなさい。貴女は彼に協力した訳でもなく、ただ犯人を殺そうとしただけです』
 そんな事思えるはずもない。
 でも、あたしは結局何を言われることもなく、ただ休暇を貰った。
 別にあたしから取った訳じゃないんだけど。
『休暇は取っておきましたから、ゆっくり休みなさい』
 ずっと年上の頼れる上司のような、そんな声が頭を巡る。それがあたしの心を更に鉛筆で適当に塗ったようにぐしゃぐしゃにした。
 手を目の上に乗せる。視界は黒に包まれる。
『貴女が悪くないとは言いませんが、悪かったとも言えません。罪を感じるのも良いでしょう。ただ、このまま動かなくなるのは、貴女にとっても彼にとっても良くない事。それだけは言える』
 ――黒。
 鉛筆。黒髪。海苔。
(ああ、あれは演技だったのかな。――違う、やめて。あいつを連想させる事をやめて)
 かと言って目を開き、ただの白い天井を見たって虚しいだけ。
 結局、あいつが浮かぶ。




「ミューリの宮殿入りももうすぐですね」
「うん」
 さわっと柔らかな風が吹く。
 久しぶりに会ったこいつのごもごもした黒い髪は、全然風に靡かない。塊が揺れ、また塊が揺れるだけ。
 それとは反対のあたしの茶髪は少しだけ視界に邪魔で、すーっと指先で耳へと寄せた。
「見てなよ、あんたにすぐ追い付いてやるから!三年なんてあっと言う間よ!」
 目の前の黒髪男、あたしの幼なじみのカイル・イレイザー。
 こいつはあたしと同い年なのに(誕生日の関係で今は一つ上だけど)あたしよりも先に宮殿入りした。
 宮殿とは勿論、神様がいるここでは一番大きく重要な建物。
 そこで神様に仕える人間、つまり天仕は割りと良い給料の職。勿論危険も伴うけど、それなりに競争率が高い。
 そして、あたしももうすぐ宮殿入り。
 しっかり準備してきた、やる気も満々。すぐにこいつなんか抜かしてやるわ!
「あははは……」
 ばしっと言うと、カイルは情けなく乾いた笑いを洩らした。
 先に入って出世したからって、あたしの事を軽く見てるわね。
「み、ミューリなんだか怒ってますよね……?」
「何で確定的に聞くのよ」
「す、すいません」
 こんなのが上司になるのか……追い越すと意気込んだ物の、それがちょっと抜ける。
「今はあんた、何してんの?」
「あー……えっと、少しだけ大切な仕事?を珍しく?」
 何故か端々に疑問符の付く言葉。
「あっ!そうだ、先日地上に行きましたよ」
「へぇー」
「今はその。何て言うか。ちょっと大きな事の片付けと言うか処理と言うかをしてるんですが」
 何だか遠回しではっきりしない説明だけど、とりあえず頷いておく。
「その先日行った国では、消しゴムの事をイレイサーと言うそうです」
 カイルは眼鏡を外しながら言った。
「僕の名前と濁点違いで、今とちょっと重なって、面白いなって思いました」
 その奥の目は細く、眼鏡を取ったところで、あいつの雰囲気など変わるわけもなかった。
「……それだけ?」
「えっと、はい」
 多分あたしが聞くから何かを話そうとしてくれたんだろうけど、ふーんとしか返せない。
 冷たい反応……と嘆いているか思ったが、拭き終わった眼鏡を掛けて、あっと何かを思い出した顔をした。
「な、何?」
「宮殿入りおめでとうございます。楽しみにしてますね」
「……あ、ありがと」




 ――色。香り。思い出。
 かと言って、あいつの事を根っこから忘れたい訳じゃないの。
 ただ、過去が消せるなら、あの時の事を消したいだけ。
 今ならわかる、その仕事の話。
 始めの答えに、修正したいだけなの。



「ミューリ。ミューリ・フレイア。……寝ちゃったのかしら」
 ノックする手を止めた女性は、柔らかく慈愛を持って微笑む。それは、悲しみも含み。
「大切なものを失う傷みは私にもわかるわ。でも、人生を行きているものは、それでも進まなくてはならないのよ」
 靴音は、やがて遠くに。
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