世界は夢でできている
化粧水と乳液で整えた肌に下地とファンデーションを塗り、眉毛を好みの濃さと形に描く。瞼の縁に黒いラインをしっかりと引いて、銀色で睫毛を挟み込んで上向きの癖をつける。それを黒色の液で加工しつつ留める。唇にリップを滑らせて薄い赤に染める。
別にここまでした所で、彼女は然程変わらない。元々肌も整っているし、眉も睫毛もそのままでも十分見られる形と長さをしている。可愛らしい顔が華美になっただけだ。
それでも彼女は化粧をして、クローゼットからお気に入りのフリルたっぷりの服を取り出して袖を通す。
真っ赤で真っ暗なこの空間でよくもそこまで出来たものだと、感心する者はいなかった。
そんな格好をしてやって来たるは センター街。そうなると彼女のような格好も稀有な存在ではなくて、まあ当たり前でもなく多少の目は引くが、田舎道を歩いた時の不審者を見るような視線は少なかった。
「……人間って贅沢やなぁ」
「そう言ってるお前もその恩恵に与ってんだろォ?」
いつもはゲラゲラと楽しそうに嫌らしそうに笑う彼も、口調はそのままに、けれど今日ばかりはうんざりした顔で言った。
どっさりと詰まれた色とりどりな、けれどどれにも美しいロゴの刻まれた箱は彼の手に抱えられていた。
大抵のからかいはそれで済むリンゴジュースも今回ばかりは効果がなく、うっかり買い物に付き合うだなんて言ってしまったのが運の尽き。普段は彼女の方が彼に腹を立て、或いは悔しく思い、或いは嫌な予感に背をぞわぞわさせるはずが、今回はいつもの逆だった。
彼が提言した瞬間の、彼女の口角の上がり具合と言ったら。
「あら。何もない悪魔が、少しぐらいその恩恵とやらを味わって、どれだけの足しになるんやろね?」
「……さぁなァ。俺はこんなひらひらギラギラした服なんざ嬉しくも何ともねェからわかりゃしねーよ」
問い掛けは適当に捌かれる彼にとっての問題はそんな真面目を飾った冗談よりも、視界を邪魔するその箱の山なのだ。
それでもふらふらとしているように見えて確かに道のりを進む足取りと、一つの箱も落とさないバランスは流石である。だから彼の荷物持ちは最高なのだ、彼女にとって。
「……相変わらずつれない奴やなぁ」
「こんだけ荷物持たされて、つれないもクソもねーだろォ」
「ふふ、そうやね。でも、私はほんまに人間が贅沢に見えるわ」
今の周りから見れば、彼女の方が贅沢に見えるだろう。
……けれどこんな服を考え得るのも。売り買いできる世界も。そうでなく、全く別の生き甲斐を見付けるのも。その程度も。楽しさの共有も。
全ては本来、人間のもの。
彼女達悪魔のものではないのだ。
彼女はそれが××しくて借りている、或いは掠め取っているに過ぎない。こんなに素晴らしい格好をしたところで他の悪魔は馬鹿にしてくるか無関心か。「可愛いわね何処で買ったの?」だなんて言葉、間違っても交わしやしないだろう。
こんな事に付き合ってくれる悪魔など、偶々一緒の空間に生まれた彼以外にはいない。否、彼だってきっと嫌々付き合っているに過ぎないのだが。その嫌々も、他の悪魔達とは少し違うのではないかと、彼女は少しだけ期待と信用をしているのは秘密だ。
「人間は許されている。人間は存る。これ以上を望むなんて、何て贅沢なんやろ……」
もう一度、彼女は同じ事を呟く。
仮初めを纏ったままに。
彼は茶々を入れる事も同調する事もなく、ただちらりと彼女の横顔を見てから、あとは荷物持ちに専念した。
あと少しで大通りから外れる。そこから自分達の住み家に、目的地にたどり着けるのだから。
13.贅沢
「……何て、贅沢なんでしょう」
「どうしたのよ、エデン」
相変わらず二人きりのエデンの執務室。突然彼女が呟くもんだから、あたしはそう聞いていた。
「旧神派の残党ですよ。多少の目溢しは豚の餌としてあるべきものですが」
ぴらり!と本来積まれるべき紙束の列から弾かれた一枚は、何とも言い難い経費の資料。
……まあ、確かに仕方なく残さなきゃいけない奴等に大人しくして貰うには、手っ取り早い方法その二だ。その一は世代交代と大体同じ手法なので省略。
それにしても、豚の餌って……。
「ちょっとこの中の一人、絞めてきましょう」
「はいはい。ターゲットは――」
別にここまでした所で、彼女は然程変わらない。元々肌も整っているし、眉も睫毛もそのままでも十分見られる形と長さをしている。可愛らしい顔が華美になっただけだ。
それでも彼女は化粧をして、クローゼットからお気に入りのフリルたっぷりの服を取り出して袖を通す。
真っ赤で真っ暗なこの空間でよくもそこまで出来たものだと、感心する者はいなかった。
そんな格好をしてやって来たるは センター街。そうなると彼女のような格好も稀有な存在ではなくて、まあ当たり前でもなく多少の目は引くが、田舎道を歩いた時の不審者を見るような視線は少なかった。
「……人間って贅沢やなぁ」
「そう言ってるお前もその恩恵に与ってんだろォ?」
いつもはゲラゲラと楽しそうに嫌らしそうに笑う彼も、口調はそのままに、けれど今日ばかりはうんざりした顔で言った。
どっさりと詰まれた色とりどりな、けれどどれにも美しいロゴの刻まれた箱は彼の手に抱えられていた。
大抵のからかいはそれで済むリンゴジュースも今回ばかりは効果がなく、うっかり買い物に付き合うだなんて言ってしまったのが運の尽き。普段は彼女の方が彼に腹を立て、或いは悔しく思い、或いは嫌な予感に背をぞわぞわさせるはずが、今回はいつもの逆だった。
彼が提言した瞬間の、彼女の口角の上がり具合と言ったら。
「あら。何もない悪魔が、少しぐらいその恩恵とやらを味わって、どれだけの足しになるんやろね?」
「……さぁなァ。俺はこんなひらひらギラギラした服なんざ嬉しくも何ともねェからわかりゃしねーよ」
問い掛けは適当に捌かれる彼にとっての問題はそんな真面目を飾った冗談よりも、視界を邪魔するその箱の山なのだ。
それでもふらふらとしているように見えて確かに道のりを進む足取りと、一つの箱も落とさないバランスは流石である。だから彼の荷物持ちは最高なのだ、彼女にとって。
「……相変わらずつれない奴やなぁ」
「こんだけ荷物持たされて、つれないもクソもねーだろォ」
「ふふ、そうやね。でも、私はほんまに人間が贅沢に見えるわ」
今の周りから見れば、彼女の方が贅沢に見えるだろう。
……けれどこんな服を考え得るのも。売り買いできる世界も。そうでなく、全く別の生き甲斐を見付けるのも。その程度も。楽しさの共有も。
全ては本来、人間のもの。
彼女達悪魔のものではないのだ。
彼女はそれが××しくて借りている、或いは掠め取っているに過ぎない。こんなに素晴らしい格好をしたところで他の悪魔は馬鹿にしてくるか無関心か。「可愛いわね何処で買ったの?」だなんて言葉、間違っても交わしやしないだろう。
こんな事に付き合ってくれる悪魔など、偶々一緒の空間に生まれた彼以外にはいない。否、彼だってきっと嫌々付き合っているに過ぎないのだが。その嫌々も、他の悪魔達とは少し違うのではないかと、彼女は少しだけ期待と信用をしているのは秘密だ。
「人間は許されている。人間は存る。これ以上を望むなんて、何て贅沢なんやろ……」
もう一度、彼女は同じ事を呟く。
仮初めを纏ったままに。
彼は茶々を入れる事も同調する事もなく、ただちらりと彼女の横顔を見てから、あとは荷物持ちに専念した。
あと少しで大通りから外れる。そこから自分達の住み家に、目的地にたどり着けるのだから。
13.贅沢
「……何て、贅沢なんでしょう」
「どうしたのよ、エデン」
相変わらず二人きりのエデンの執務室。突然彼女が呟くもんだから、あたしはそう聞いていた。
「旧神派の残党ですよ。多少の目溢しは豚の餌としてあるべきものですが」
ぴらり!と本来積まれるべき紙束の列から弾かれた一枚は、何とも言い難い経費の資料。
……まあ、確かに仕方なく残さなきゃいけない奴等に大人しくして貰うには、手っ取り早い方法その二だ。その一は世代交代と大体同じ手法なので省略。
それにしても、豚の餌って……。
「ちょっとこの中の一人、絞めてきましょう」
「はいはい。ターゲットは――」