世界は夢でできている
06.相手
僥幸とは突然訪れるものだ。少なくとも私はその時そう思ったしそれまでもそう思っていた。だからこう呼び掛けられて振り向いた時は、素晴らしい微笑みを向けられたと思う。
「ミューリ……?」
グラスの中の氷がからん、と揺れて私達の間に冷んやりと響いた。
珍しくお茶(と言うのは言葉の綾で実際に私達が飲んでいたのはリンゴジュースとトマトジュースである)を共にしていた向かいのブラッドも横に体を傾けて私と私を違う名で呼んだ男を見つめた。
肩先までしかない髪を一括りにしている。癖のない普通の黒髪。遮るもののない彼の顔はやってしまったと気付いたからか、何処か情けない印象があった。
「……どちらさん?」
「あ……すいません知っている人と似ていたものですから」
「あはは。ナンパやったら悪いけどお断りやで。連れがおるから」
「はは……違います、違います。本当にすみませんでした」
くっと冗談混じりに親指でブラッドを指すと、男は乾いた笑い声で誤魔化してから丁寧に謝る。そして向かうべきレジへと歩いていった。
店員のありがとうございましたー。と言う声にからんからんとドアのベルが続く。
私達は行儀悪くも各々の飲み物をストローでちうっと吸いながらその後ろ姿を見送った。見送ってから、お互いに顔を見合わせた。
「面白くなりそうやなぁ?」
「あっ。俺が言おうと思った台詞が」
「言ったもん勝ちやで」
どや、と嫌らしい笑みをブラッドに見せつける。まあそれも冗談の範疇で、私達は直ぐ様お互いの頭の中を確め合った。勿論悪魔だからと言って頭をかぱりと開けてはいどうぞとはいかない。そんな事が出来てしまえば嘘を吐くことも日常の悪魔の商売上がったりだ。
「……今の。天仕に殺されたはずの、カイル・イレイザーだよなァ?」
あの鉄骨の下にいた宮殿の裏切り者で、私が兄と称していた男、ルース・シャーレ。
カイル・イレイザーとはそれを処分をした仕事の出来た天仕の名前で。
「ご丁寧にあちらさんから話し掛けてくれよったもんね。ミューリ、て」
それは彼を誤って殺したはずの天仕の名前。それは彼の幼い時から一緒にいた女の名前。
ああ、何故それを呼んだか私は知っている。
妹の私が“死んで”から、裏切り者で蝙蝠さんのルース・シャーレがミューリを気にしていた事を知っているから。
私の方は赤い髪をしているけれど、それは茶色の彼女も日に当たれば似たようなもの。いつもしている三つ編みを解けばそのうねりと同じ事。二歳の差など少女と女の境目の私達には大差のないもの。
「ミューリ・フレイアは知らないはずだぜェ?何せお前が死んでからも続けた俺の調査に引っ掛からなかったんだからなァ」
「全く。下手に宮殿には入れんっちゅーのに毎回どうやって調べとるんや」
「それはお前の話だろォ?」
「そんだけ見付からずに潜入出来るんやったらそれこそ一人で宮殿突撃したらええやん」
前に言われた事、きちんと覚えてるんやからね……?
そう念を込めてじとっと視線を送る。
「隠れるだけじゃいつまで経っても天仕も神様も殺せやしないぜェ?」
けれどブラッドはこうだ。いつものように飄々と肩を竦めてからげらげらと笑う。
まあ良い。それもまた冗談としてすぐに流してしまおうではないか。私もブラッドも気分は良いのだから。
だって決まったのだ。
「……カイル・イレイザー、か」
私達が次に仕掛ける相手が。
僥幸とは突然訪れるものだ。少なくとも私はその時そう思ったしそれまでもそう思っていた。だからこう呼び掛けられて振り向いた時は、素晴らしい微笑みを向けられたと思う。
「ミューリ……?」
グラスの中の氷がからん、と揺れて私達の間に冷んやりと響いた。
珍しくお茶(と言うのは言葉の綾で実際に私達が飲んでいたのはリンゴジュースとトマトジュースである)を共にしていた向かいのブラッドも横に体を傾けて私と私を違う名で呼んだ男を見つめた。
肩先までしかない髪を一括りにしている。癖のない普通の黒髪。遮るもののない彼の顔はやってしまったと気付いたからか、何処か情けない印象があった。
「……どちらさん?」
「あ……すいません知っている人と似ていたものですから」
「あはは。ナンパやったら悪いけどお断りやで。連れがおるから」
「はは……違います、違います。本当にすみませんでした」
くっと冗談混じりに親指でブラッドを指すと、男は乾いた笑い声で誤魔化してから丁寧に謝る。そして向かうべきレジへと歩いていった。
店員のありがとうございましたー。と言う声にからんからんとドアのベルが続く。
私達は行儀悪くも各々の飲み物をストローでちうっと吸いながらその後ろ姿を見送った。見送ってから、お互いに顔を見合わせた。
「面白くなりそうやなぁ?」
「あっ。俺が言おうと思った台詞が」
「言ったもん勝ちやで」
どや、と嫌らしい笑みをブラッドに見せつける。まあそれも冗談の範疇で、私達は直ぐ様お互いの頭の中を確め合った。勿論悪魔だからと言って頭をかぱりと開けてはいどうぞとはいかない。そんな事が出来てしまえば嘘を吐くことも日常の悪魔の商売上がったりだ。
「……今の。天仕に殺されたはずの、カイル・イレイザーだよなァ?」
あの鉄骨の下にいた宮殿の裏切り者で、私が兄と称していた男、ルース・シャーレ。
カイル・イレイザーとはそれを処分をした仕事の出来た天仕の名前で。
「ご丁寧にあちらさんから話し掛けてくれよったもんね。ミューリ、て」
それは彼を誤って殺したはずの天仕の名前。それは彼の幼い時から一緒にいた女の名前。
ああ、何故それを呼んだか私は知っている。
妹の私が“死んで”から、裏切り者で蝙蝠さんのルース・シャーレがミューリを気にしていた事を知っているから。
私の方は赤い髪をしているけれど、それは茶色の彼女も日に当たれば似たようなもの。いつもしている三つ編みを解けばそのうねりと同じ事。二歳の差など少女と女の境目の私達には大差のないもの。
「ミューリ・フレイアは知らないはずだぜェ?何せお前が死んでからも続けた俺の調査に引っ掛からなかったんだからなァ」
「全く。下手に宮殿には入れんっちゅーのに毎回どうやって調べとるんや」
「それはお前の話だろォ?」
「そんだけ見付からずに潜入出来るんやったらそれこそ一人で宮殿突撃したらええやん」
前に言われた事、きちんと覚えてるんやからね……?
そう念を込めてじとっと視線を送る。
「隠れるだけじゃいつまで経っても天仕も神様も殺せやしないぜェ?」
けれどブラッドはこうだ。いつものように飄々と肩を竦めてからげらげらと笑う。
まあ良い。それもまた冗談としてすぐに流してしまおうではないか。私もブラッドも気分は良いのだから。
だって決まったのだ。
「……カイル・イレイザー、か」
私達が次に仕掛ける相手が。