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世界は夢でできている

05.背徳



 影となった繁る木々、月が溶ける湖の畔。昼であれば明るい水色の空から小鳥達の声が聞こえ、夜の今でもキラキラと揺れる水面に輝きが散りばめられている美しい場所。
 そこに一組の男女がいた。
 男は銀の長髪を靡かせて、整った顔で穏やかに微笑んでいる。少女は波打つ赤い髪を男に触れられて、やはり愛らしい微笑みを浮かべた。

「綺麗ね……」

「……ああ」

 本当は少女の方が綺麗だと、男の目が語っている。しかしこの愛しい静寂を壊したくないのか、男は何の否定もしなかった。

「こんな時間が、ずっと続けば良いのに」

「そうだな。最近は試験勉強で忙しかったが、宮殿に受かればきっと、またこんな時間を過ごせるさ」

「本当に?」

「ああ」

 少女がその答えに嬉しそうに笑うと、男はそっとその体を抱き締めた。細く簡単に壊れてしまいそうな少女の体をそっと、優しく。
 目をゆっくりと閉じて、少女も受け入れるように手を伸ばし、男の背に回した。
 それは長い時間だったか短い時間だったか。
 ふと男がまた口を開く。

「……ルカは、ずっと一緒にいてくれるよな?」

「?どうしたの、急に」

「いや……。ただ、父さんと母さんみたいにルカが、急にいなくなるような気がして……」

 突然の事故や病は天界にもあるものだ。地上の人間は管理できても、天界の人間は本当の管理は出来ない。表面上の戸籍だとか何とかばかりで、行く末は宮殿の神すら知らない。

「嫌だ、私が離れてしまうと言うの?」

 折角の雰囲気が崩されてしまったように少女は怒る。けれどその怒り方もぷくりと拗ねる可愛らしいものだったから、男は残念がる様子もなく再び少女の髪を手ですいて笑った。

「悪かった。そうだよな。ルカがいなくなるなんて事はないよな」

「そうよ。私はいつだって兄さんの傍に――」

 きゅっと掴まれたシャツの胸元。男はその手に自分の手を重ねた。
 お互いの顔が近付いていくのは、地上の人間達が提唱する引力のように、ごく自然の力に思えた。

「ルースの傍にいるのだから」

 重なる唇の離れる時は、とても名残惜しそうにゆっくりと。見つめあう瞳は逸らせずに。
 そうして静かで愛に溢れた夜は過ぎていった。
 しかし悪魔はそんな夜にも存在する。それはとても強かに、計画的に。
 例えばずっと前から妹として寄り添っているとか。背徳的に絆そうとしているとか。

 それももう遠い過去の事。たった一人、遺影の前で立ち尽くす銀髪の男の、過去の事。
 地上とは違い白の額縁にいれられた写真には、誰かの腕にしがみついて笑う少女が写っている。
 あの日、少女はトマトジュースを引っ掛けたように真紅にまみれていたのだから。
 男の、目の前で、確かに。
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