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世界は夢でできている

02.内側



 それはほんの少し前の事。……ああ、地上の人間で言えば、百年ほど前になるだろうか。
 天界にある宮殿ではちょっとした騒動があった。
 厳重に管理しているらしい宮殿内の神様に関する情報の盗難騒動だ。
 天界には天仕がいて神様がいる。地上の人間が夢物語で描く構図とは大体同じで天界のトップである神様が部下である天仕を使って地上を管理しているのだ。
 ――まあ、夢物語には出来ない世代交代であったり地上の管理の仕方もあるわけだけど。
 兎も角、一世界のトップの情報がしこたま盗まれてそれも自分の縄張りでだって言うんだからそりゃあ静かで大きな騒ぎにもなるわけで。



「あーあ。殺られちまったみてェだな?」

 べしゃりと血溜まりを踏みしめると飛沫が黒の裾にくっついて溶ける。
 淡い茶色の髪を地上の人間の言うワックスでわしゃわしゃと跳ねさせたような男は、その柔そうな髪型とは違い歯を剥き出しにして威嚇するように笑う。
 目の前には一本の長い鉄骨。広がる血溜まり。はみ出ている物からして下敷きになっているものは死体だろう。それに男は殺されたとわかっている。
 そんな場には、全く似合わない笑顔に軽い口調だった。
 ……とぷり。と男の後で地面が黒く蠢いて何かが浮き出てくる。それは人の形をした、赤い女……服飾だけは黒とシルバーで揃えた男とは正反対で、けれども同じ悪魔だった。
 フリルたっぷりのデザインは甘い、それなのに刺激的にいきたいのか髪と揃えたのか、赤に溢れて髑髏やらキラキラした宝石なんかをくっ付けている。

「うわぁ、ほんまや。ってブラッド、愉しそうに言わんでや。これでまた私らの計画は頓挫するんやで!」

 女の声色は男とは少し違うが、しかし死体を見掛けたばかりに相応しい様子ではなかった。

「愉しそうになんか言ってねぇよォ」

「嘘吐け。……けど、天仕も上手いこと処理しよったな」

「始末をつけたのが廃墟。すぐ傍に工事現場。そのまま鉄骨をどっすんで潰れたことにしときャそりゃ楽チンだよな」

 二人は悪魔。平然と死体の様子を眺めているのも、彼の心配をしないのも全く“らし”かった。
 しかし彼を殺したのは二人ではない。二人はただ計画しただけだ。
 彼が宮殿に損害を与えるよう。あわよくば神を殺せるよう。ただ、誘導しただけなのだ。
 殺したのは天仕で殺されたのも天仕。ただの内々の揉め事である。……その規模が揉め事で済むかどうかはおいておいて。

「あーあ。こんな事なら天界の戸籍、消すんやなかったわぁ」

「それはそれで面倒な事になったんじゃねーの?」

「……ブラッドは今回そんなに働かんかったからそう言えるんや」

「裏で色々やってたじゃねェか」

 と言う割りに男は冗談ですとばかりにげらげら笑っていた。
 まあ、こんな事は女にとってはいつもの事で、むっと軽く拗ねるだけで大体は収まるのだ。

「……あかん、そろそろ退散せな」

「ほいほい」

 二人はそう言うと、また地面に沈み込んでいく。ずぶずぶと、そしてとぷりと。
 夜道を歩いていたただの地上の人間がその現場を発見するのは、そのすぐ後だった。
 悪魔とは中からそっと侵食していく。そして蝕んでいくものだ。
 今はまだ、そっと沈んで。
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