本編
豊は宣言通り、暫くの間訪れなかった。夏が終わり、秋がやって来て、冬を越えた。
森ではまた新たな緑が芽吹き、暗い中にひっそりと色を添えていた。
川で顔を洗い、魚を捕って腹を膨らせた鬼壱は、何となく陽に当たろうと森の入口へやって来ていた。ぐうっと伸びをする。気分の良くなった鬼壱は、今日も森の奥で一人妖術を磨こうと決めて、町の方へと背を向ける。
だから見えなかった。だだだだだ……と駆けてくる音に、舞い上がる砂埃なんて。今までも彼女が来る勢いはそんな感じだったが、一年の間に何をしたのやら。その舞い上がり様はどこかの絵巻に描かれているのではというくらい、ぼこぼこと綺麗に、大きく少女の後ろに着いていた。
「キーちゃんキーちゃん!」
その豊の声に、鬼壱は背を向けたばかりの方向へ、振り向
「何……げうっ!?」
くより先に、いつも通りの体当たりにやられてしまう。相も変わらず潰れたような声に豊はにこにこと笑った。声とともに瞑ってしまった目を開き、鬼壱はそれを確認する。
忍者の正装をして笑う、豊を。
既に給金を貰ったのか、あまりのみすぼらしさに支度金を貰ったのか、服だけでなく髪や肌の汚れも落ち、前に会った時よりも随分と目を惹く姿になっていた。
鬼壱がああ、やっぱりな。と少し寂しそうな顔を浮かべていると、当の豊は訳のわからない事を言ったのである。
「キーちゃん!私、キーちゃんの事が大好き!」
「……。いや、言ってる事とやってる事が違うぞ」
「嘘だと思ってるの!」
そういう問題ではないのだが、がーんと衝撃を受けた後、ぴっと真剣な顔をして真剣な声色で、彼女は言った。鬼を目の前にした忍者は、倒しに来たのではなく、こう言いに来たのだ。
「私は、鬼壱の事が、男として大好きです!」
その時鬼壱は不覚にも、豊の事を綺麗だと、そして可愛いと思ってしまった。
草木のざわめきが響き、風が彼女の柔らかな髪を揺らす。
「いや待て。豊、お前忍者になったんだよな?」
「きゃっ!キーちゃんやっぱり私の事見てくれてるんだね」
豊は嬉しそうにはしゃぐが、この服装。誰が見たとしてもわかる事である。
「違う、じゃなくて、忍者は妖と戦う人間だぞ。好きどころか俺と戦う事になるんだぞ」
「キーちゃんとは戦わない、それで大丈夫!」
「そんな訳に行くか!お前は阿呆か!」
怒鳴るような声色になってしまったが、事実だ。しかし豊はきょとんとしている。
「そんな訳に行くよ。だって私は皆を襲う妖は困るし、でも鬼壱は好きだもん。だからキーちゃんは絶対に殺さない」
「俺の知り合いを殺して俺がお前の事憎んで、お前は親を殺されて憎み合うかもしれない」
「そんなヘマ、もうしないもん。あと憎まれるの嫌だから、殺されたくない妖言っといて」
「……」
一部の種類の妖には親がおらず、鬼壱もそれだった。それにいつも単独行動で、同種族であるとしても、正直言えば、殺されて憎むほどの仲の知り合いはいなかった。
情けない事にその問いには中々答えられず、別の切り口から何度も説得を試みるが、豊は全く聞かず。変な関係になってしまった忍者と鬼は、更にこのまま時を重ねていくのである。
そう。それが、三年前の事。
森ではまた新たな緑が芽吹き、暗い中にひっそりと色を添えていた。
川で顔を洗い、魚を捕って腹を膨らせた鬼壱は、何となく陽に当たろうと森の入口へやって来ていた。ぐうっと伸びをする。気分の良くなった鬼壱は、今日も森の奥で一人妖術を磨こうと決めて、町の方へと背を向ける。
だから見えなかった。だだだだだ……と駆けてくる音に、舞い上がる砂埃なんて。今までも彼女が来る勢いはそんな感じだったが、一年の間に何をしたのやら。その舞い上がり様はどこかの絵巻に描かれているのではというくらい、ぼこぼこと綺麗に、大きく少女の後ろに着いていた。
「キーちゃんキーちゃん!」
その豊の声に、鬼壱は背を向けたばかりの方向へ、振り向
「何……げうっ!?」
くより先に、いつも通りの体当たりにやられてしまう。相も変わらず潰れたような声に豊はにこにこと笑った。声とともに瞑ってしまった目を開き、鬼壱はそれを確認する。
忍者の正装をして笑う、豊を。
既に給金を貰ったのか、あまりのみすぼらしさに支度金を貰ったのか、服だけでなく髪や肌の汚れも落ち、前に会った時よりも随分と目を惹く姿になっていた。
鬼壱がああ、やっぱりな。と少し寂しそうな顔を浮かべていると、当の豊は訳のわからない事を言ったのである。
「キーちゃん!私、キーちゃんの事が大好き!」
「……。いや、言ってる事とやってる事が違うぞ」
「嘘だと思ってるの!」
そういう問題ではないのだが、がーんと衝撃を受けた後、ぴっと真剣な顔をして真剣な声色で、彼女は言った。鬼を目の前にした忍者は、倒しに来たのではなく、こう言いに来たのだ。
「私は、鬼壱の事が、男として大好きです!」
その時鬼壱は不覚にも、豊の事を綺麗だと、そして可愛いと思ってしまった。
草木のざわめきが響き、風が彼女の柔らかな髪を揺らす。
「いや待て。豊、お前忍者になったんだよな?」
「きゃっ!キーちゃんやっぱり私の事見てくれてるんだね」
豊は嬉しそうにはしゃぐが、この服装。誰が見たとしてもわかる事である。
「違う、じゃなくて、忍者は妖と戦う人間だぞ。好きどころか俺と戦う事になるんだぞ」
「キーちゃんとは戦わない、それで大丈夫!」
「そんな訳に行くか!お前は阿呆か!」
怒鳴るような声色になってしまったが、事実だ。しかし豊はきょとんとしている。
「そんな訳に行くよ。だって私は皆を襲う妖は困るし、でも鬼壱は好きだもん。だからキーちゃんは絶対に殺さない」
「俺の知り合いを殺して俺がお前の事憎んで、お前は親を殺されて憎み合うかもしれない」
「そんなヘマ、もうしないもん。あと憎まれるの嫌だから、殺されたくない妖言っといて」
「……」
一部の種類の妖には親がおらず、鬼壱もそれだった。それにいつも単独行動で、同種族であるとしても、正直言えば、殺されて憎むほどの仲の知り合いはいなかった。
情けない事にその問いには中々答えられず、別の切り口から何度も説得を試みるが、豊は全く聞かず。変な関係になってしまった忍者と鬼は、更にこのまま時を重ねていくのである。
そう。それが、三年前の事。