番外編
武士の子である赤衛門と上にも顔が効くほどの地主の子、一郎。そして京古でも数える程の店の子である僕、木ノ上慎之介。
僕達三人は年が近く親の思惑もあって、よく一緒に遊んでいた。親の思惑と言ってもそれぞれが違う家の人間だから、お互い知らない事を知っていて、連るんでいるのは楽しかった。
「なあ、知ってるか二人とも」
ある日の事。
三人で空地の切り株やら地面やらに座り込んで話していた中、そう切り出したのは赤衛門だった。
「今、西地区の塀の一部が壊れて外に出られるんだぜ」
「ええっ、大丈夫なのかよ、それ……妖入って来ないのか?」
「それが小さい隙間でさ。子供の俺ですら通るのが漸くだ。大人やそれくらいの妖じゃまず通れねぇ。入ってきても猫や兎なモンだよ。そんなの直ぐに忍や剣士がやっつけちまうぜ!」
体型の太い赤衛門が漸くならば、僕達も通れるだろう。
「それにあんまり目立たない場所だから、大丈夫だろ」
「へえ……」
一郎は少し怖がっていたが、赤衛門の説明を聞いている内に興味津々と言った目をしていた。
僕も僕で外に興味があった。塀は直すべきだと思う。でもそれ以上に中々出られない外に遊びに行けると言うのは、子供には魅力的な話だ。
昼間にやって来る妖なんて滅多にいない。そもそも妖は森の奥で寝ていると聞く。
「今度の昼は外で遊ぼうぜ!」
「うん!」
「ああ」
数年後に森で鬼に会うなんて思いもせずに僕達は笑う。
「――あ!豊だ!」
機嫌よく同意して、少し。唐突に赤衛門が声を上げた。
一郎も知った様子でにやりと嫌な笑みをする。
何処の子かとふっと目を向けてみると……
「?」
粗末な着物、汚れた足。一目で貧しい家の子だとわかる。
しかしそれは、ぱさぱさの金色の髪が揺れ、可愛らしい笑みで歩む少女だった。
二人は豊と言っていたはずなのだが……。
「……豊?」
「そっか、慎之介知らないんだ。あいつ、女なのに豊って言うんだよ」
「男みたいな名前だろ!養育屋敷のヤツさ。いつもあんな服で町を彷徨いてるんだ」
養育屋敷とは妖に親を殺されたりして親を亡くした子供が暮らす場所。どうりで襤褸の服を着ている訳だ。
「豊、か……」
「おーい豊!」
「お、おい一郎っ」
早速豊へと走り出す一郎を呼ぶが止められなかった。
あまり近付きたくない。
裕福な僕達と貧しい豊では普通の付き合いが出来るわけがない。そして赤衛門と一郎の口振りに豊と言う名前。
僕が接するとすれば、その仕方は決まっていたのだから。
「!あ……」
「よぉ、豊!今日も可哀想な格好してるなぁ。よく町を歩けたもんだ」
ただ、この頃はまだ恋をしているからという理由でそう思ったのではない。確かに可愛らしいとは思ったが、単純にこう言った行為が嫌だっただけだ。
「俺達じゃ考えらんねぇな!なあ、そうだろ、慎之介?」
「――ああ」
それは当たり前となり、止められたのは暫くしてから。森で鬼と会い、なのに豊が無事に帰って来てからだった。
僕達の間では暗黙の了解となったように、豊を見ても声を掛けず、むしろ会わないようさえ努めた。
本当は反抗出来たのにしなかったのだと思ったからだ。今思えば浅ましい事だ。
やがて大きくなった僕は実質祖父から継いだ店の仕事で忙しくなり、二人もそれぞれの仕事で忙しくなった。
「……ふう。ようやく落ち着いた」
「若様は旦那様よりもよく働いておられますからね。少しお休みになっては如何です?」
親父が使い物にならない事を皮肉りながら女中が言った。
最近引き籠りっぱなしで気が滅入りそうだ。仕事は一段落したし、その気遣いにこくりと乗った。
「赤衛門も一郎も、まだ忙しいんだろうな」
ふらりと呟きながら路地を歩く。最近会ったのはいつだったか。
そう考えていた時。
ぽん、ぽん、ぽん……と鞠が転がって来た。
子供が遊んでいたのだろう、考えなしに拾い上げる。
「すいませーん」
「ああ、君の鞠かい」
走ってきた子供にその鞠を渡すと、少年は笑顔で礼を言った。
「はい!有難う、お兄さん!」
ぺこりと頭を下げて向こうの集団へと戻っていく。
「珍しいな、年も性別も違うなんて」
集団を見て呟いた。皆年も性別も違うような五人の輪。しかし、幼子が仲良く遊んでいる姿は微笑ましい。
そっと傍の建物に寄りかかかり、遠くから眺める。
失敗した子が責められ、次に笑う。皆が笑ったり悔しんだり怒ったり。
そうして眺めている内、ふっと幼い頃の記憶が蘇ってくる。
(僕もよく一郎を笑ったな。赤衛門と僕は運動が得意だったけれど、一郎は蹴鞠が下手だった)
やがて空が橙色に染まってきて、そろそろ背を離し帰ろうかと言うところだった。
「皆ー、夕ご飯だよ!」
遠く響く声に視線を向けて、思わず目を見開いた。
夕の陽に照らされた金糸はあの頃よりずっと柔らかく艶やかで、けれども同じように揺れる。可愛い笑顔はより美しく、愛らしくなっていた。
「――豊」
ぽかんと開いた口で、その時の僕は傍から見れば阿呆のように見えたかもしれない。
ぽつりと零れた言葉も遠くからでは気付かれず、鞠で遊んでいた少年少女は彼女に連れられその場を去っていった。
「……っ」
心臓がばくばくと響き、昔虐めたはずの彼女に恋をした事を報せる。
どれほど愚かな事でも、あの明るく美しい笑顔を諦めようとは思えなかった。
思えば罰なのかもしれない。
どれだけ想っても君の中には違う人……否、妖がいたのだから。
でもそれを知るのはもう少し先の話だ。
これが、僕が豊を想い始めた時の話。
僕達三人は年が近く親の思惑もあって、よく一緒に遊んでいた。親の思惑と言ってもそれぞれが違う家の人間だから、お互い知らない事を知っていて、連るんでいるのは楽しかった。
「なあ、知ってるか二人とも」
ある日の事。
三人で空地の切り株やら地面やらに座り込んで話していた中、そう切り出したのは赤衛門だった。
「今、西地区の塀の一部が壊れて外に出られるんだぜ」
「ええっ、大丈夫なのかよ、それ……妖入って来ないのか?」
「それが小さい隙間でさ。子供の俺ですら通るのが漸くだ。大人やそれくらいの妖じゃまず通れねぇ。入ってきても猫や兎なモンだよ。そんなの直ぐに忍や剣士がやっつけちまうぜ!」
体型の太い赤衛門が漸くならば、僕達も通れるだろう。
「それにあんまり目立たない場所だから、大丈夫だろ」
「へえ……」
一郎は少し怖がっていたが、赤衛門の説明を聞いている内に興味津々と言った目をしていた。
僕も僕で外に興味があった。塀は直すべきだと思う。でもそれ以上に中々出られない外に遊びに行けると言うのは、子供には魅力的な話だ。
昼間にやって来る妖なんて滅多にいない。そもそも妖は森の奥で寝ていると聞く。
「今度の昼は外で遊ぼうぜ!」
「うん!」
「ああ」
数年後に森で鬼に会うなんて思いもせずに僕達は笑う。
「――あ!豊だ!」
機嫌よく同意して、少し。唐突に赤衛門が声を上げた。
一郎も知った様子でにやりと嫌な笑みをする。
何処の子かとふっと目を向けてみると……
「?」
粗末な着物、汚れた足。一目で貧しい家の子だとわかる。
しかしそれは、ぱさぱさの金色の髪が揺れ、可愛らしい笑みで歩む少女だった。
二人は豊と言っていたはずなのだが……。
「……豊?」
「そっか、慎之介知らないんだ。あいつ、女なのに豊って言うんだよ」
「男みたいな名前だろ!養育屋敷のヤツさ。いつもあんな服で町を彷徨いてるんだ」
養育屋敷とは妖に親を殺されたりして親を亡くした子供が暮らす場所。どうりで襤褸の服を着ている訳だ。
「豊、か……」
「おーい豊!」
「お、おい一郎っ」
早速豊へと走り出す一郎を呼ぶが止められなかった。
あまり近付きたくない。
裕福な僕達と貧しい豊では普通の付き合いが出来るわけがない。そして赤衛門と一郎の口振りに豊と言う名前。
僕が接するとすれば、その仕方は決まっていたのだから。
「!あ……」
「よぉ、豊!今日も可哀想な格好してるなぁ。よく町を歩けたもんだ」
ただ、この頃はまだ恋をしているからという理由でそう思ったのではない。確かに可愛らしいとは思ったが、単純にこう言った行為が嫌だっただけだ。
「俺達じゃ考えらんねぇな!なあ、そうだろ、慎之介?」
「――ああ」
それは当たり前となり、止められたのは暫くしてから。森で鬼と会い、なのに豊が無事に帰って来てからだった。
僕達の間では暗黙の了解となったように、豊を見ても声を掛けず、むしろ会わないようさえ努めた。
本当は反抗出来たのにしなかったのだと思ったからだ。今思えば浅ましい事だ。
やがて大きくなった僕は実質祖父から継いだ店の仕事で忙しくなり、二人もそれぞれの仕事で忙しくなった。
「……ふう。ようやく落ち着いた」
「若様は旦那様よりもよく働いておられますからね。少しお休みになっては如何です?」
親父が使い物にならない事を皮肉りながら女中が言った。
最近引き籠りっぱなしで気が滅入りそうだ。仕事は一段落したし、その気遣いにこくりと乗った。
「赤衛門も一郎も、まだ忙しいんだろうな」
ふらりと呟きながら路地を歩く。最近会ったのはいつだったか。
そう考えていた時。
ぽん、ぽん、ぽん……と鞠が転がって来た。
子供が遊んでいたのだろう、考えなしに拾い上げる。
「すいませーん」
「ああ、君の鞠かい」
走ってきた子供にその鞠を渡すと、少年は笑顔で礼を言った。
「はい!有難う、お兄さん!」
ぺこりと頭を下げて向こうの集団へと戻っていく。
「珍しいな、年も性別も違うなんて」
集団を見て呟いた。皆年も性別も違うような五人の輪。しかし、幼子が仲良く遊んでいる姿は微笑ましい。
そっと傍の建物に寄りかかかり、遠くから眺める。
失敗した子が責められ、次に笑う。皆が笑ったり悔しんだり怒ったり。
そうして眺めている内、ふっと幼い頃の記憶が蘇ってくる。
(僕もよく一郎を笑ったな。赤衛門と僕は運動が得意だったけれど、一郎は蹴鞠が下手だった)
やがて空が橙色に染まってきて、そろそろ背を離し帰ろうかと言うところだった。
「皆ー、夕ご飯だよ!」
遠く響く声に視線を向けて、思わず目を見開いた。
夕の陽に照らされた金糸はあの頃よりずっと柔らかく艶やかで、けれども同じように揺れる。可愛い笑顔はより美しく、愛らしくなっていた。
「――豊」
ぽかんと開いた口で、その時の僕は傍から見れば阿呆のように見えたかもしれない。
ぽつりと零れた言葉も遠くからでは気付かれず、鞠で遊んでいた少年少女は彼女に連れられその場を去っていった。
「……っ」
心臓がばくばくと響き、昔虐めたはずの彼女に恋をした事を報せる。
どれほど愚かな事でも、あの明るく美しい笑顔を諦めようとは思えなかった。
思えば罰なのかもしれない。
どれだけ想っても君の中には違う人……否、妖がいたのだから。
でもそれを知るのはもう少し先の話だ。
これが、僕が豊を想い始めた時の話。
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