番外編
「明けましておめでとー!キーちゃん」
「何が目出度いのか知らんが、人間の言う新年が明けたな」
相変わらずだだだだっと砂埃をあげて森へとやって来るのは忍者の娘、豊。妖の鬼壱は仕方なしに樹から降りて彼女を迎える。
金糸のような髪を一纏めにして上げ、いつもと違う華やかな着物の姿に、彼が少しだけどきりとしたのは内緒だ。……しかしその着物、走った為か裾が汚れている。勿体無さに溜め息が漏れる。
「って、だから森にくるんじゃねぇ!」
「いいじゃん。新年早々ゆたちゃんに会えるんだよっ?」
キャッと可愛らしい声を上げて金の髪を揺らす豊。確かにそれは可愛いのだが、鬼壱は呆れ顔だった。
この世は妖と人間がいがみあう中だ。それなのに彼女は鬼壱に惚れ、暇がある度に鬼壱の隠れ住む森を訪れる。
「……第一、養育屋敷の奴らはいいのかよ。人間は新年を祝って家族で旨いもん食うんだろ」
「食べてきたよー。でもキーちゃんと一緒にいたいし、食べたらすぐに来ちゃった」
てへっと笑う豊。
鬼壱は嬉しくない……わけではない。いつの間にか自覚してしまった想いがある。
ただ、自分のせいで豊が大切なものから離れなければならなくなるのは相変わらず嫌だった。
「俺にとっては季節の変わり目以外意味のない事だ。無理しないで家族といろ」
「やだ。鬼壱といられない事だって、辛いんだよ?」
きゅっと握られる手。その温かさと滑らかな感触に息を飲む鬼壱。
「……。でもな、」
「妖とか人間だとかで大切な人を失うのはやだよ。でも今は違うもん。鬼壱とお正月に一緒にいる。ただそれだけ」
鬼壱の言葉を進ませぬよう塞き止めるように、しゃん、とした姿で目を見つめて言う豊。
その姿に鬼壱の胸はどきりと鳴る。
そして豊は静かにもう一度、
「それだけ」
と。
言い終えた後の余韻も消えた頃、忍者として鍛えられた脚で跳躍し、木の幹を蹴り、太い枝にとすっと上手く乗る。
そして鬼壱を誘うように笑顔で見下ろした。
その誘いに乗った鬼壱が隣に行く。
「難しい事は考えなくていいんだもん」
「……まあ、今日くらいは付き合ってやるか」
纏まった一房の髪から漏れた金糸が靡く先に、鬼壱も目を向ける。
森に住む鬼壱がよく見る景色。
だが、豊がいる所為か、新年で賑やかな所為か、その景色は何かが違うように思えた。
「ほら、町から祭囃子が聞こえる」
静かな森に届く微かな響きを、二人はただただ聞いていた。そっと手を握りながら。
終.
2011年お正月フリー小説。
フリー期間は既に終了しています。
「何が目出度いのか知らんが、人間の言う新年が明けたな」
相変わらずだだだだっと砂埃をあげて森へとやって来るのは忍者の娘、豊。妖の鬼壱は仕方なしに樹から降りて彼女を迎える。
金糸のような髪を一纏めにして上げ、いつもと違う華やかな着物の姿に、彼が少しだけどきりとしたのは内緒だ。……しかしその着物、走った為か裾が汚れている。勿体無さに溜め息が漏れる。
「って、だから森にくるんじゃねぇ!」
「いいじゃん。新年早々ゆたちゃんに会えるんだよっ?」
キャッと可愛らしい声を上げて金の髪を揺らす豊。確かにそれは可愛いのだが、鬼壱は呆れ顔だった。
この世は妖と人間がいがみあう中だ。それなのに彼女は鬼壱に惚れ、暇がある度に鬼壱の隠れ住む森を訪れる。
「……第一、養育屋敷の奴らはいいのかよ。人間は新年を祝って家族で旨いもん食うんだろ」
「食べてきたよー。でもキーちゃんと一緒にいたいし、食べたらすぐに来ちゃった」
てへっと笑う豊。
鬼壱は嬉しくない……わけではない。いつの間にか自覚してしまった想いがある。
ただ、自分のせいで豊が大切なものから離れなければならなくなるのは相変わらず嫌だった。
「俺にとっては季節の変わり目以外意味のない事だ。無理しないで家族といろ」
「やだ。鬼壱といられない事だって、辛いんだよ?」
きゅっと握られる手。その温かさと滑らかな感触に息を飲む鬼壱。
「……。でもな、」
「妖とか人間だとかで大切な人を失うのはやだよ。でも今は違うもん。鬼壱とお正月に一緒にいる。ただそれだけ」
鬼壱の言葉を進ませぬよう塞き止めるように、しゃん、とした姿で目を見つめて言う豊。
その姿に鬼壱の胸はどきりと鳴る。
そして豊は静かにもう一度、
「それだけ」
と。
言い終えた後の余韻も消えた頃、忍者として鍛えられた脚で跳躍し、木の幹を蹴り、太い枝にとすっと上手く乗る。
そして鬼壱を誘うように笑顔で見下ろした。
その誘いに乗った鬼壱が隣に行く。
「難しい事は考えなくていいんだもん」
「……まあ、今日くらいは付き合ってやるか」
纏まった一房の髪から漏れた金糸が靡く先に、鬼壱も目を向ける。
森に住む鬼壱がよく見る景色。
だが、豊がいる所為か、新年で賑やかな所為か、その景色は何かが違うように思えた。
「ほら、町から祭囃子が聞こえる」
静かな森に届く微かな響きを、二人はただただ聞いていた。そっと手を握りながら。
終.
2011年お正月フリー小説。
フリー期間は既に終了しています。