本編
結婚式、なんて言う程の大きなものではなかった。
日の暮れた頃に鬼壱が養育屋敷にやって来る。そこで行われる小さなお祝いだ。本来連れていくべき家もなく、鬼壱の家は遠いからとか親類も殆どいないからとか色んな話を作って鬼壱も養育屋敷で支度を整える。
既に卓に並んだ御馳走は鬼壱が挨拶に来た時よりもう少し豪華になっただけで、それも何処かの料理人に頼んだわけではなく篠子のお手製。
賓客は鬼壱の事があり、豊の仕事仲間である他の忍者は呼べない。燐だけであれば豊も呼びたいと思うがそうもいかない訳で、内々にやるからと結婚の報告と挨拶だけを残して忍者屋敷を去った。
しかし親戚と言っても鬼壱は勿論、豊も養育屋敷にいる人間で全て。他に呼んだ者は慎之介だけだった。
それでも二人は十分に幸せだ。二人で一緒にいられるだけでも幸せだろうに、こうして祝ってもらえるのだから。
居るのが恋敵だった慎之介だけ、というのは何だかおかしなものだが、本当にただの祝い事だったものが少しはそれらしくなったのは彼のおかけだった。
「本当にすまねェな……」
「折角の豊の結婚式に白無垢も見られないのでは、勿体無いからね。それに親父の事もある。僕の欲と罪滅ぼしと思ってくれ」
「すまないついでにもう一つ、手を出してくれねェか」
「?ああ」
慎之介が手を差し出すと、鬼壱はそこに一つの宝玉を置いた。種類は違うが豊にやったものと同じだ。何かの拍子にどこぞの妖に貰ったもの。
流石の慎之介はその価値を瞬時に判断して、首を振りながらも宝玉の乗った手を鬼壱に突きつけた。
「こ、これは受け取れない!こんな物を持っているなら豊にやってくれ」
「豊にはとっくの間に一つやってる。ただ、一人にあんまり多くを渡してやれないんだ。俺が持っている意味はわかるだろ」
「まさか……いや、すまない。そうじゃないな。キイチがそんな事をするはずがない。とすると、他の妖から貰い受けたか拾ったか」
一瞬でも鬼壱が妖である事を考えたのだろう。大きな外れではないが、それに鬼壱は軽く笑って肩を揺らした。
「ああ。だからどんな経路で手にいれたのかはわかんねェ。豊だったら妖を狩っている時に、お前なら色んな商人と伝手(つて)があるだろうから、一つくらいなら捌けるだろ」
「手を汚して手に入れた物ではない事はわかった。だとしてもだ。これは受け取れない」
「受け取ってくれ。そして俺の頼みを聞いてくれ」
「……頼み?」
「……。豊がいなくなったら、養育屋敷は大変だろ。豊は自分の給金や俺のやった石を売った金を置いていくと言っていたが、それでも餓鬼どもが大きくなるまで持つかわかんねェ。周りにいて、俺が任せられるのはお前だけだからな……慎之介」
真面目に語った後、柄じゃないと自分でも思ったのか鬼壱は照れ臭そうに目を反らす。けれど数秒待っても慎之介からの返事は来ず、鬼壱はそっと視線を戻した。
すると慎之介はなんと、笑っていた。先程の軽い鬼壱の笑いなんて比にならないほど肩を揺らしていた。こんな事を頼む柄ではないと思っていた鬼壱も、今の慎之介の方がよっぽどおかしくなっていると思う。
「て、手前ェ……なっ、なんだよ!俺がこういう事頼むのが、そんなにおかしいのか!」
「ははは……いや、すまない。君達は変な所で似た者夫婦だと思ってね」
「はァ?」
「豊にも頼まれたのさ。勝手な事だと思うけれど、子供達を見てやってくれってね」
まだ笑っている慎之介に、丁度良く襖の奥から声が掛かった。明るく浮き足だった篠子の声だ。
「慎ちゃん、キイチ君。こっちは準備が整ったわよ」
わいわいがやがやと子供達は騒ぎ続けている。今日起きてからはずっとだ。
中には豊や鬼壱の姿を一足先に見ようと忍び込もうとしたり、御馳走に手を付けようとする子もいて、年長者や咲が活躍した。咲より一つ上のはずの太一は、つまみ食い班に混じっていた。
「はい、皆お待たせ。ゆたちゃんとキイチ君の準備が整ったから、今から結婚式を始めまーす!」
ぺちん!と太一がまた手を叩かれた後に篠子が茶の間にやって来て始まりを告げた。
子供達は今までの大騒ぎを隠すようにさっと正座したり大人しくして、篠子がもう一度戸を開くのを待つ。
そして全体が静かになったところで待ち望まれた二人はやって来た。赤い顔をしてぴっしりとした服装で決めた鬼壱は豊の手の支えとなり、豊は白で表情が見えないもののそれと同じように白い肌と赤い紅の塗られた弧状の唇が覗ける。
「わあ……きれー……」
小さな女の子の一人、千代子は声をあげた。そこからぽつりぽつりと感嘆の声が漏れて、またがやかやとした騒がしさにまで集う。
「豊お姉ちゃんこっち、こっち!」
「おい豊を引っ張んなよ!それは男の役目だろ。なー、キイチの兄ちゃん」
「ごちそう、ごちそう」
「ばかその前に色々と話があんだよ。でも一個くらい……あ痛っ」
鬼壱も豊もいつもと変わらない子供達の姿を見て小さな笑いを溢す。けれども決められた場所に座ったもののまるで篠子の進行が聞こえないのを見て、豊が立ち上がった。
「皆!」
白無垢で化粧もしっかりとして、入ってくる時は大人しそうに控えていた豊が格好に似合わないいつものばっ!という動きで立ち上がるのを見て、子供達の口も手もぴたりと止まる。
それで顔が丸見えになると、白粉も紅も関係なくいつもの豊の表情だった。にっと笑って仁王立ち。
「私達は結婚します!ってことで、はい!頂きます」
鬼壱と慎之介と数人の子供はぽかんとした。しかし篠子もそれ以外の子供も笑顔になって元気な声で「いただきます!」と復唱する。
次第にぽかんとしていた者も笑顔になって、御馳走にありつき騒ぎに混じった。
お腹の膨れた子は二人の新米夫婦に構ってもらったりその様子で盛り上がったり、全然関係ない遊びに走ってみたり、慎之介にまで突っ掛かってみたり。
夜は更けてきたけれど、今日ばかりは篠子も子供達が寝ないのを止めはしなかった。
日の暮れた頃に鬼壱が養育屋敷にやって来る。そこで行われる小さなお祝いだ。本来連れていくべき家もなく、鬼壱の家は遠いからとか親類も殆どいないからとか色んな話を作って鬼壱も養育屋敷で支度を整える。
既に卓に並んだ御馳走は鬼壱が挨拶に来た時よりもう少し豪華になっただけで、それも何処かの料理人に頼んだわけではなく篠子のお手製。
賓客は鬼壱の事があり、豊の仕事仲間である他の忍者は呼べない。燐だけであれば豊も呼びたいと思うがそうもいかない訳で、内々にやるからと結婚の報告と挨拶だけを残して忍者屋敷を去った。
しかし親戚と言っても鬼壱は勿論、豊も養育屋敷にいる人間で全て。他に呼んだ者は慎之介だけだった。
それでも二人は十分に幸せだ。二人で一緒にいられるだけでも幸せだろうに、こうして祝ってもらえるのだから。
居るのが恋敵だった慎之介だけ、というのは何だかおかしなものだが、本当にただの祝い事だったものが少しはそれらしくなったのは彼のおかけだった。
「本当にすまねェな……」
「折角の豊の結婚式に白無垢も見られないのでは、勿体無いからね。それに親父の事もある。僕の欲と罪滅ぼしと思ってくれ」
「すまないついでにもう一つ、手を出してくれねェか」
「?ああ」
慎之介が手を差し出すと、鬼壱はそこに一つの宝玉を置いた。種類は違うが豊にやったものと同じだ。何かの拍子にどこぞの妖に貰ったもの。
流石の慎之介はその価値を瞬時に判断して、首を振りながらも宝玉の乗った手を鬼壱に突きつけた。
「こ、これは受け取れない!こんな物を持っているなら豊にやってくれ」
「豊にはとっくの間に一つやってる。ただ、一人にあんまり多くを渡してやれないんだ。俺が持っている意味はわかるだろ」
「まさか……いや、すまない。そうじゃないな。キイチがそんな事をするはずがない。とすると、他の妖から貰い受けたか拾ったか」
一瞬でも鬼壱が妖である事を考えたのだろう。大きな外れではないが、それに鬼壱は軽く笑って肩を揺らした。
「ああ。だからどんな経路で手にいれたのかはわかんねェ。豊だったら妖を狩っている時に、お前なら色んな商人と伝手(つて)があるだろうから、一つくらいなら捌けるだろ」
「手を汚して手に入れた物ではない事はわかった。だとしてもだ。これは受け取れない」
「受け取ってくれ。そして俺の頼みを聞いてくれ」
「……頼み?」
「……。豊がいなくなったら、養育屋敷は大変だろ。豊は自分の給金や俺のやった石を売った金を置いていくと言っていたが、それでも餓鬼どもが大きくなるまで持つかわかんねェ。周りにいて、俺が任せられるのはお前だけだからな……慎之介」
真面目に語った後、柄じゃないと自分でも思ったのか鬼壱は照れ臭そうに目を反らす。けれど数秒待っても慎之介からの返事は来ず、鬼壱はそっと視線を戻した。
すると慎之介はなんと、笑っていた。先程の軽い鬼壱の笑いなんて比にならないほど肩を揺らしていた。こんな事を頼む柄ではないと思っていた鬼壱も、今の慎之介の方がよっぽどおかしくなっていると思う。
「て、手前ェ……なっ、なんだよ!俺がこういう事頼むのが、そんなにおかしいのか!」
「ははは……いや、すまない。君達は変な所で似た者夫婦だと思ってね」
「はァ?」
「豊にも頼まれたのさ。勝手な事だと思うけれど、子供達を見てやってくれってね」
まだ笑っている慎之介に、丁度良く襖の奥から声が掛かった。明るく浮き足だった篠子の声だ。
「慎ちゃん、キイチ君。こっちは準備が整ったわよ」
わいわいがやがやと子供達は騒ぎ続けている。今日起きてからはずっとだ。
中には豊や鬼壱の姿を一足先に見ようと忍び込もうとしたり、御馳走に手を付けようとする子もいて、年長者や咲が活躍した。咲より一つ上のはずの太一は、つまみ食い班に混じっていた。
「はい、皆お待たせ。ゆたちゃんとキイチ君の準備が整ったから、今から結婚式を始めまーす!」
ぺちん!と太一がまた手を叩かれた後に篠子が茶の間にやって来て始まりを告げた。
子供達は今までの大騒ぎを隠すようにさっと正座したり大人しくして、篠子がもう一度戸を開くのを待つ。
そして全体が静かになったところで待ち望まれた二人はやって来た。赤い顔をしてぴっしりとした服装で決めた鬼壱は豊の手の支えとなり、豊は白で表情が見えないもののそれと同じように白い肌と赤い紅の塗られた弧状の唇が覗ける。
「わあ……きれー……」
小さな女の子の一人、千代子は声をあげた。そこからぽつりぽつりと感嘆の声が漏れて、またがやかやとした騒がしさにまで集う。
「豊お姉ちゃんこっち、こっち!」
「おい豊を引っ張んなよ!それは男の役目だろ。なー、キイチの兄ちゃん」
「ごちそう、ごちそう」
「ばかその前に色々と話があんだよ。でも一個くらい……あ痛っ」
鬼壱も豊もいつもと変わらない子供達の姿を見て小さな笑いを溢す。けれども決められた場所に座ったもののまるで篠子の進行が聞こえないのを見て、豊が立ち上がった。
「皆!」
白無垢で化粧もしっかりとして、入ってくる時は大人しそうに控えていた豊が格好に似合わないいつものばっ!という動きで立ち上がるのを見て、子供達の口も手もぴたりと止まる。
それで顔が丸見えになると、白粉も紅も関係なくいつもの豊の表情だった。にっと笑って仁王立ち。
「私達は結婚します!ってことで、はい!頂きます」
鬼壱と慎之介と数人の子供はぽかんとした。しかし篠子もそれ以外の子供も笑顔になって元気な声で「いただきます!」と復唱する。
次第にぽかんとしていた者も笑顔になって、御馳走にありつき騒ぎに混じった。
お腹の膨れた子は二人の新米夫婦に構ってもらったりその様子で盛り上がったり、全然関係ない遊びに走ってみたり、慎之介にまで突っ掛かってみたり。
夜は更けてきたけれど、今日ばかりは篠子も子供達が寝ないのを止めはしなかった。