本編
そうしてお昼のどたばたが過ぎ、子供達の興味がご飯から鬼壱に移る。
前に来た時はあまり多くを語らず、けれども豊の想い人である鬼壱にはあっちこっちから高く大きな声での質問が飛び交った。あまりの元気のに圧されつつも、鬼壱は返せる答えを少しずつ返し、難しいものは豊も手伝って曖昧に流していく。
「ねーねー、キイチお兄ちゃん、遊んで遊んでー!」
「それより男同士剣士ごっこでもしよーぜ」
やがてそれなりに満足した子供から袖を引っ張られたり乗っかられたり、目の前に遊び道具を突き付けられたりと遊びに誘われるようになった。
けれどそこで篠子が止めにかかる。
「はい。皆、キイチ君との時間は終了!キイチ君は大事なお話に来たのだし、何よりゆたちゃんの物ですからね」
ぱんぱん、と手を打ち鳴らして子供達の注目を集めながら叫ぶ篠子。最後の言葉は冗談なのか本気なのか。
しかしそのおかげで「えーっ」と騒ぎ立てた子供も、すぐに仕方ないと言うように呟いて其々いつも通りの遊びに散っていった。
「……なんて、勝手な予想だったのだけれど迷惑だったかしら?」
「あ、いえ……助かりました」
視線を子供達から鬼壱に向けて、篠子は言う。
どうやって切り出そうか、子供達と離れようか迷っていたので鬼壱にとっては有り難い。しかし、改めて言われると少し緊張してしまった。
それから豊と鬼壱、篠子は別室に移ると、二人と一人と言う形で対面して座った。手土産の菓子は何とか出会い頭に渡せている。だからすぐに本題を切り出さねばならなかった。
大袈裟ではないものの、鬼壱の目が泳ぐ。膝の上の拳にはぎりりと無駄に力が入る。それを豊はどきどきと見つめていた。
「……あー……え、と。その篠子さん」
お義母さん、はまだ早い。と言うか言い難いと言うべきか。それに豊が篠母様と名前を付けて呼んでいる所為か、それが鬼壱には適切な呼び掛けと思えた。
「……」
「……む、娘さんを……豊を、俺にください。ただ俺は」
「勿論!篠子さんなんて他人行儀でやだわ、キイチ君。お義母さんでいいのよ。ああ、ゆたちゃんをちゃんと大切にしてあげてね。それだけは絶対よ。今までは何処で愛を深めていたのかしら。遠慮してたならどんどん家に遊びに来ても良いのよ」
ばっ!と鬼壱の緊張した手を取り両手でぎゅっと握る篠子。それは豊を託すようであったが、あまりの勢いに鬼壱は少し仰け反るように顔を離す。
そして鬼壱はその勢いに掻き消された大事な言葉の為に、大きくはっきりと声をあげる。
「あ!あの、ちょっと待ってください!」
「あらやだ、私ったらつい……。それで、何かしら」
「ただ俺は……その、妖、なんです」
「知ってるわよ」
篠子は、笑顔を浮かべて言った。その事実を受け入れるように。否、受け入れていた。
鬼壱は面食らって説明するはずだった先の言葉を失ってしまう。その様子を見た豊が後を引き継いだ。
「やっぱり篠母様、太一から聞いていたんだね……」
やっぱり、と言った豊に鬼壱の視線がそちらへと向く。今の太一ならば兎も角、森で突っ掛かってきたあの太一ならば一目散に母親である篠子へ相談する姿が、鬼壱にも安易に想像できた。
「そうね。もしかしたら、その前からそうなんじゃないかなって少しは思っていたのだけど」
「え?!」
「少しだけよ。本当にそうだってわかった時には驚いたものだし」
「そ、そっか……。あのね、篠母様!それでも鬼壱の事は私、本当に好きだし、鬼壱も人間を好き好んで殺すような妖じゃないの」
「そうね。見ていればそんな気がするわ」
「だからね。結婚する事を認めてほしいの」
豊の懇願する姿に、既に笑顔は浮かべていたけれど、篠子の口から更にふふっと笑いが溢れる。
だって先程から篠子は認めていると言うのに。
「さっき勿論って言ったでしょう。キイチ君が妖でも何でも、豊が好きで豊を好きならお母さんは止めません。むしろお祝いしちゃうわ。養育屋敷には妖に対して色々とあったけれど、少なくとも私は豊の幸せが一番よ」
「し、篠母様……」
優しい声に、豊の目が赤くなってじわりと涙が滲んでいく。
「有難うございます……」
鬼壱もこれが初めてなくらいに深々と頭を下げた。勿論その深さに見合った気持ちを込めて。
「やだわ、頭を上げて!」とまたあの明るく軽い(ある意味重い)調子の声が掛けられて鬼壱は頭を上げた。
これで結婚は認められたものの、まだ言わねばならない事が二人にはある。ゆたちゃん幸せ家族計画なるふざけた、でも大事な話だ。
豊が長年住み続けたこの家は勿論、国を離れる事になる。簡単にはもう会えなくなる。もしかしたら、もう二度と。
「それでね、篠母様。私達結婚したら、国を出ようと思うんだ」
その言葉には、篠子も一瞬目を見開く。けれど一瞬だけだった。ゆっくりと瞼は落とされて、表情に少しの翳りが混じる。
「……そう……そうね。少なくとも京古周辺は妖にはもう、住み辛い場所になるものね」
それでも篠子は納得していた。
だから、鬼壱と豊には何処か寂しそうに見えるけれど、篠子は優しい笑顔のままでいた。
「いってらっしゃい。二人とも。二人の決めたことだもの。後は悔やまなければ、それでいいわ」
「篠母様……」
「キイチ君。言い出したの、豊でしょう。……こんな破天荒な娘だけど、大事な娘なの。二人でどうか、幸せにね」
「……はい」
前に来た時はあまり多くを語らず、けれども豊の想い人である鬼壱にはあっちこっちから高く大きな声での質問が飛び交った。あまりの元気のに圧されつつも、鬼壱は返せる答えを少しずつ返し、難しいものは豊も手伝って曖昧に流していく。
「ねーねー、キイチお兄ちゃん、遊んで遊んでー!」
「それより男同士剣士ごっこでもしよーぜ」
やがてそれなりに満足した子供から袖を引っ張られたり乗っかられたり、目の前に遊び道具を突き付けられたりと遊びに誘われるようになった。
けれどそこで篠子が止めにかかる。
「はい。皆、キイチ君との時間は終了!キイチ君は大事なお話に来たのだし、何よりゆたちゃんの物ですからね」
ぱんぱん、と手を打ち鳴らして子供達の注目を集めながら叫ぶ篠子。最後の言葉は冗談なのか本気なのか。
しかしそのおかげで「えーっ」と騒ぎ立てた子供も、すぐに仕方ないと言うように呟いて其々いつも通りの遊びに散っていった。
「……なんて、勝手な予想だったのだけれど迷惑だったかしら?」
「あ、いえ……助かりました」
視線を子供達から鬼壱に向けて、篠子は言う。
どうやって切り出そうか、子供達と離れようか迷っていたので鬼壱にとっては有り難い。しかし、改めて言われると少し緊張してしまった。
それから豊と鬼壱、篠子は別室に移ると、二人と一人と言う形で対面して座った。手土産の菓子は何とか出会い頭に渡せている。だからすぐに本題を切り出さねばならなかった。
大袈裟ではないものの、鬼壱の目が泳ぐ。膝の上の拳にはぎりりと無駄に力が入る。それを豊はどきどきと見つめていた。
「……あー……え、と。その篠子さん」
お義母さん、はまだ早い。と言うか言い難いと言うべきか。それに豊が篠母様と名前を付けて呼んでいる所為か、それが鬼壱には適切な呼び掛けと思えた。
「……」
「……む、娘さんを……豊を、俺にください。ただ俺は」
「勿論!篠子さんなんて他人行儀でやだわ、キイチ君。お義母さんでいいのよ。ああ、ゆたちゃんをちゃんと大切にしてあげてね。それだけは絶対よ。今までは何処で愛を深めていたのかしら。遠慮してたならどんどん家に遊びに来ても良いのよ」
ばっ!と鬼壱の緊張した手を取り両手でぎゅっと握る篠子。それは豊を託すようであったが、あまりの勢いに鬼壱は少し仰け反るように顔を離す。
そして鬼壱はその勢いに掻き消された大事な言葉の為に、大きくはっきりと声をあげる。
「あ!あの、ちょっと待ってください!」
「あらやだ、私ったらつい……。それで、何かしら」
「ただ俺は……その、妖、なんです」
「知ってるわよ」
篠子は、笑顔を浮かべて言った。その事実を受け入れるように。否、受け入れていた。
鬼壱は面食らって説明するはずだった先の言葉を失ってしまう。その様子を見た豊が後を引き継いだ。
「やっぱり篠母様、太一から聞いていたんだね……」
やっぱり、と言った豊に鬼壱の視線がそちらへと向く。今の太一ならば兎も角、森で突っ掛かってきたあの太一ならば一目散に母親である篠子へ相談する姿が、鬼壱にも安易に想像できた。
「そうね。もしかしたら、その前からそうなんじゃないかなって少しは思っていたのだけど」
「え?!」
「少しだけよ。本当にそうだってわかった時には驚いたものだし」
「そ、そっか……。あのね、篠母様!それでも鬼壱の事は私、本当に好きだし、鬼壱も人間を好き好んで殺すような妖じゃないの」
「そうね。見ていればそんな気がするわ」
「だからね。結婚する事を認めてほしいの」
豊の懇願する姿に、既に笑顔は浮かべていたけれど、篠子の口から更にふふっと笑いが溢れる。
だって先程から篠子は認めていると言うのに。
「さっき勿論って言ったでしょう。キイチ君が妖でも何でも、豊が好きで豊を好きならお母さんは止めません。むしろお祝いしちゃうわ。養育屋敷には妖に対して色々とあったけれど、少なくとも私は豊の幸せが一番よ」
「し、篠母様……」
優しい声に、豊の目が赤くなってじわりと涙が滲んでいく。
「有難うございます……」
鬼壱もこれが初めてなくらいに深々と頭を下げた。勿論その深さに見合った気持ちを込めて。
「やだわ、頭を上げて!」とまたあの明るく軽い(ある意味重い)調子の声が掛けられて鬼壱は頭を上げた。
これで結婚は認められたものの、まだ言わねばならない事が二人にはある。ゆたちゃん幸せ家族計画なるふざけた、でも大事な話だ。
豊が長年住み続けたこの家は勿論、国を離れる事になる。簡単にはもう会えなくなる。もしかしたら、もう二度と。
「それでね、篠母様。私達結婚したら、国を出ようと思うんだ」
その言葉には、篠子も一瞬目を見開く。けれど一瞬だけだった。ゆっくりと瞼は落とされて、表情に少しの翳りが混じる。
「……そう……そうね。少なくとも京古周辺は妖にはもう、住み辛い場所になるものね」
それでも篠子は納得していた。
だから、鬼壱と豊には何処か寂しそうに見えるけれど、篠子は優しい笑顔のままでいた。
「いってらっしゃい。二人とも。二人の決めたことだもの。後は悔やまなければ、それでいいわ」
「篠母様……」
「キイチ君。言い出したの、豊でしょう。……こんな破天荒な娘だけど、大事な娘なの。二人でどうか、幸せにね」
「……はい」