本編
小さく柔らかい手が鬼壱の大きな手と繋がっている。それは以前と変わらないが、今の鬼壱は逃げようともせず自分の意思で豊の横に並んでいた。その姿を見つめた豊はえへへと笑った。
町の門は相変わらず開いていて、二人は他愛ない話でもしながら通る。
まずはふらふらと散策。豊の情報であったり歩いていて見つけた店に適当に入る。
そして良い頃合いになったら決めていた店に、今度は鬼壱が豊の手を引いて歩いた。少しだか間違う事もあったけれどその遠回りがまた楽しい。
そんな京古の町は豊の話通り殆どが元通りの姿に戻っていて、どの店も争いなんて過去の事と言うように元気に商売をしていた。
「お婆ちゃん、こんにちはー!」
「おやおや。こんにちは。すっかり二人とも、仲良しさんだねぇ」
「えへへ」
最後に寄った菓子屋もそうだった。無事に生き残れた店主のお婆さんは、変わらぬにこにことした笑顔を浮かべる。豊もそれににこにこと返して、早速二人はお土産を買った。
これから養育屋敷へ行くのだ。お金を出したのはやっぱり豊で鬼壱は申し訳なく思ったが、挨拶に行くのに手ぶらと言う訳にもいかないので仕方がない。
「……豊ちゃんが幸せそうで、お婆ちゃんは嬉しいよ」
「うんっ!今はすっごく幸せだよ!有難うね、お婆ちゃん」
箱に包まれたお菓子を受け取り、豊はそう答える。
二人の会話を聞いてか前に来た時は何も言えなかった鬼壱だったが、豊の手からお菓子を取り上げて持ってやると、ぽんと金色の頭に大きな手を乗せた。
「?」
「その……礼はこれからも、返すから……」
「ふふふ、お願いしますねぇ」
店主の方もあの言葉を覚えていたらしく、小さくなっていく声にも柔らかく笑う。
まだまだ豊への想いを素直に伝えるのは照れ臭いのか、他人にそれを教えるのがもっと恥ずかしい事だからか、鬼壱は頬を赤く染めていた。
「い、行くぞ!豊!」
「あ!待ってよキーちゃん!そこまで急がなくてもまだ約束の時間には間に合うよー?」
そしてずんずんと菓子屋を離れて養育屋敷へ向かう鬼壱の足。豊はその大きな距離を詰めようと、慌てて追いかけ出す。
晴れ晴れとした天気の良い昼。明るい陽は二人の未来を照らしているようだった。
――が。
「改めましていらっしゃいキイチ君!待っていたのよ、何せあれから愛を育む時間はたっぷりあったんだもの、それから挨拶に来たって言う事は」
「し、篠母様。皆ご飯を待ってるんだから。早く食べようよ?」
明るい未来は少々捻曲がっていたようで案の定、篠子が少し壊れていた。
辿り着いた養育屋敷。玄関で待ち構えていた彼女と子供達に奥へ案内されるも、昼食を前に話始める篠子は何処か興奮している。
おかげで折角の(養育屋敷にしては珍しい)豪華な食事を目の前にしている子供達も、食事ではなくおあずけを食らっていた。
「そ、そうね。じゃあ先にご飯を頂きましょうか。はい皆、頂きます」
「「いただきまーす」」
その言葉を皮切りに奪い合いが始まる。慣れっこの豊は鬼壱を前にしても遠慮なくその争いに混じるが、鬼壱はうっと一歩引いて、空の皿を前にするばかりだった。
そこにすっと取り分けられた料理を置かれる。
「……あ、有難う」
「どういたしまして」
まだ小さいのに礼儀正しく言葉を返す少女、咲。
彼女に貰った料理を口にして、そっとうまいと鬼壱は溢した。
「キイチさん」
「……ん?」
咲は再び鬼壱に目を向ける。
がやがやと昼食戦争は目の前で繰り広げられていて、他の子供達は皆それに夢中だ。
「太一の事、有難うございました」
「えっ?」
太一の事、と言えば傷だらけで帰した事だろう。太一自身には色々と気持ちをぶつけられたし、篠子も大人だから何かを悟ったのかもしれない。けれどただ帰ってきた姿を見たはずの子供が、恨みもせずにお礼を言っている。
(そもそも俺を相手にやられたって言ったのか、あいつは……)
よくそれで歓待されたものだと、後悔やら安堵やらが少しだけ鬼壱の中を駆けた。
「他の子達は寂しがるかもしれません。でも、私も太一も、応援していますから」
「お前……」
「咲、です。キイチさん」
「おっ、咲。それいらねーなら俺が……あ痛っ!」
「駄目。私の分」
多分先ほどの言葉は結婚に対しての言葉だ。豊が他の家に嫁いでしまう。あるいは鬼壱に完全に豊を取られてしまった事に。
けれど何故だか鬼壱は、豊の幸せ家族計画まで見透かされて背中を押されているような気になった。
町の門は相変わらず開いていて、二人は他愛ない話でもしながら通る。
まずはふらふらと散策。豊の情報であったり歩いていて見つけた店に適当に入る。
そして良い頃合いになったら決めていた店に、今度は鬼壱が豊の手を引いて歩いた。少しだか間違う事もあったけれどその遠回りがまた楽しい。
そんな京古の町は豊の話通り殆どが元通りの姿に戻っていて、どの店も争いなんて過去の事と言うように元気に商売をしていた。
「お婆ちゃん、こんにちはー!」
「おやおや。こんにちは。すっかり二人とも、仲良しさんだねぇ」
「えへへ」
最後に寄った菓子屋もそうだった。無事に生き残れた店主のお婆さんは、変わらぬにこにことした笑顔を浮かべる。豊もそれににこにこと返して、早速二人はお土産を買った。
これから養育屋敷へ行くのだ。お金を出したのはやっぱり豊で鬼壱は申し訳なく思ったが、挨拶に行くのに手ぶらと言う訳にもいかないので仕方がない。
「……豊ちゃんが幸せそうで、お婆ちゃんは嬉しいよ」
「うんっ!今はすっごく幸せだよ!有難うね、お婆ちゃん」
箱に包まれたお菓子を受け取り、豊はそう答える。
二人の会話を聞いてか前に来た時は何も言えなかった鬼壱だったが、豊の手からお菓子を取り上げて持ってやると、ぽんと金色の頭に大きな手を乗せた。
「?」
「その……礼はこれからも、返すから……」
「ふふふ、お願いしますねぇ」
店主の方もあの言葉を覚えていたらしく、小さくなっていく声にも柔らかく笑う。
まだまだ豊への想いを素直に伝えるのは照れ臭いのか、他人にそれを教えるのがもっと恥ずかしい事だからか、鬼壱は頬を赤く染めていた。
「い、行くぞ!豊!」
「あ!待ってよキーちゃん!そこまで急がなくてもまだ約束の時間には間に合うよー?」
そしてずんずんと菓子屋を離れて養育屋敷へ向かう鬼壱の足。豊はその大きな距離を詰めようと、慌てて追いかけ出す。
晴れ晴れとした天気の良い昼。明るい陽は二人の未来を照らしているようだった。
――が。
「改めましていらっしゃいキイチ君!待っていたのよ、何せあれから愛を育む時間はたっぷりあったんだもの、それから挨拶に来たって言う事は」
「し、篠母様。皆ご飯を待ってるんだから。早く食べようよ?」
明るい未来は少々捻曲がっていたようで案の定、篠子が少し壊れていた。
辿り着いた養育屋敷。玄関で待ち構えていた彼女と子供達に奥へ案内されるも、昼食を前に話始める篠子は何処か興奮している。
おかげで折角の(養育屋敷にしては珍しい)豪華な食事を目の前にしている子供達も、食事ではなくおあずけを食らっていた。
「そ、そうね。じゃあ先にご飯を頂きましょうか。はい皆、頂きます」
「「いただきまーす」」
その言葉を皮切りに奪い合いが始まる。慣れっこの豊は鬼壱を前にしても遠慮なくその争いに混じるが、鬼壱はうっと一歩引いて、空の皿を前にするばかりだった。
そこにすっと取り分けられた料理を置かれる。
「……あ、有難う」
「どういたしまして」
まだ小さいのに礼儀正しく言葉を返す少女、咲。
彼女に貰った料理を口にして、そっとうまいと鬼壱は溢した。
「キイチさん」
「……ん?」
咲は再び鬼壱に目を向ける。
がやがやと昼食戦争は目の前で繰り広げられていて、他の子供達は皆それに夢中だ。
「太一の事、有難うございました」
「えっ?」
太一の事、と言えば傷だらけで帰した事だろう。太一自身には色々と気持ちをぶつけられたし、篠子も大人だから何かを悟ったのかもしれない。けれどただ帰ってきた姿を見たはずの子供が、恨みもせずにお礼を言っている。
(そもそも俺を相手にやられたって言ったのか、あいつは……)
よくそれで歓待されたものだと、後悔やら安堵やらが少しだけ鬼壱の中を駆けた。
「他の子達は寂しがるかもしれません。でも、私も太一も、応援していますから」
「お前……」
「咲、です。キイチさん」
「おっ、咲。それいらねーなら俺が……あ痛っ!」
「駄目。私の分」
多分先ほどの言葉は結婚に対しての言葉だ。豊が他の家に嫁いでしまう。あるいは鬼壱に完全に豊を取られてしまった事に。
けれど何故だか鬼壱は、豊の幸せ家族計画まで見透かされて背中を押されているような気になった。