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本編

 細かい路地を何度か曲がり、大通りに出て暫く。今日も行き交う多くの人の間を縫っていけば、木ノ上の看板が掲げられた大きな建物に辿り着く。
 そっと覗くように中に入れば、客を迎え入れる声が掛けられた。しかしその店者ははっと豊だと気付いて、もう一声掛けるとすぐに奥へと慎之介を呼びに行った。
 本来ならば豊など養育屋敷の人間が縁の持てる場所ではないが、今は店主である慎之介自身が何度も連れてきたり、豊の名を口にして出掛ける事もある為に、すっかり面識を持たれてしまったのだ。

 そう、今の木ノ上商店の主は慎之介である。

 欲に目が眩んで大変な事を仕出かした慎太郎だったが、作戦は一人で執行出来たものではないし、結果の予想が甘かっただけで確かに役目である物資補給はした。それに尻拭いは息子である慎之介がしたと言う事で、数年牢に監禁と言う軽い罰で済んでいる。
 まさか罰を受けている者を店主にも出来ないので、元々実質の旦那だった慎之介がすんなりと座に就いたのだった。

「やあ、豊。待たせて済まないね」

「ううん。此方こそ突然でごめんなさい」

「それは構わないよ。僕は豊に会えて嬉しいし、どうせ今は休憩していたんだ。どうぞ、上がっていってくれないか」

「えっ?!い、いいよ、今日はこの間のお礼にお団子のお裾分けを持ってきただけだから……」

 慌ててぱたぱたと手を振る豊だが慎之介は中々折れず、人の入りも多い店の中でそうしているのが恥ずかしくなって、結局は豊が折れる形になった。
 一つの座敷でお茶を貰い、慎之介と豊の間に開けた包みが置かれている。
 慎之介へのお礼だと言うのに、二人で食べた方が美味しいからとこの席の茶菓子になってしまったのだ。

「――そっか、お父様は元気なんだ」

「ああ。牢と言っても軽い罪だから扱いは悪くないみたいだったよ。これで少しは頭を冷やしてくれれば良いんだが……」

「あはは。まあ、兎に角良かったね」

「御上も今回の事は世間には違う罪だとしてくれているし、店にも問題はないからね」

 とん、と手前に湯飲みを置く慎之介。
 それが空気の変わる合図だった。
 豊も慎之介も雑談混じりの現状報告を終えて、残り二人でする話と言えば決まっていた。

「……キイチはあれから、来たのかい」

「ううん……。慎之介さんの所には?」

「此方も見ていないよ」

 お互いに重たい空気の中でゆっくり首を横に振るう。
 まだ森は詳しく調査されていない。だから多分、鬼壱は前の通りに森の奥で眠っているのだろう。今は本当に、静かな森で。
 だが何時までもそうしてはいられないはずだ。
 豊には本気になった鬼壱の気配を察知出来なくとも、優れた特級忍者の調査で見つかってしまうかもしれない。そうでなくとも最早森にいる妖など鬼壱一人で、大勢の忍者や剣士が向かえばおそらくその数で見つかってしまうだろう。
 そうなった時。二人には鬼壱の行く宛も行く末もわからないのだ。

「行かなきゃ、駄目だろう?」

「……え」

「正直鬼壱が諦めて、豊が僕のところに来るなら嬉しいところだよ。豊の事は今だって勿論好きだからね」

 悲しげな笑みでさらりと言われた言葉に、豊の胸に少しだけ痛みが刺さるが、慎之介はそんな事をしたい為に言ったのではない。言葉はすぐに続けられた。

「でも、それじゃあ豊は幸せになれないし、僕は卑怯者になる」

「慎之介さん……」

「キイチは豊を危険から守ってくれた。けれど僕は豊を危険に晒した」

「それは慎之介さんが悪かったわけじゃないよ!例えそう思えなくったって、もう気にしないで」

 本当は豊だけの問題ではないし慎之介が悪くないとしても、もし町人が知れば罪を糾弾してくるかもしれない。何より慎之介は真相を知った時、自分自身が許せなかった。だから慎之介は胸から欠片も残さず罪悪感を消すことは出来ない。
 しかし、優しく微笑んで贈られた一番大切にしたい人からの許しの言葉は、幾分か気を楽にしてくれた。

「有難う、豊。けれど、その上でまだ鬼だからと、僕が単に人間だからと二人を引き裂くのはやはり卑怯だと思うんだ。正々堂々と君の心を振り向かせたい。それで駄目だったら仕方ないし、それでも僕は君に幸せになって貰いたい」

「え、えっと……有難う。と、ごめんなさい……」

「ははは。謝らせて此方こそすまないね」

 慎之介は軽く笑うと、そこから真剣な表情に戻して豊の目を真っ直ぐ見つめた。

「――だから豊。会いに行かなきゃ駄目だ。キイチに」

「……慎之介さん。……うん!有難うっ」

 豊の心からの笑顔が見られて、慎之介の心もほんわりと暖かいものが広がる。それをどうにも逃がしたくなくて温かいお茶を啜った。

「あ。ちょっと長居しすぎちゃったかな。折角の休憩時間を潰して」

「ごめんはいらないよ、豊。僕は豊と話せる時間が何より嬉しいのだから」

「えっと、じゃあ、お茶を御馳走様でした!お邪魔しました」

「うん。外まで送っていくよ」

 女中を呼んで湯飲みを片付けさせると、慎之介は豊と一緒に軒先まで出てきた。遠慮していた豊だったが結局また押し切られて、背が小さくなるまで見送ってもらう。
 それを終えて、暫くぼうっと余韻に浸る慎之介。
 鬼壱を真っ直ぐに想う豊には胸が痛むが、しかしどこかすっきりとした気分もある。痛みの方はその爽やかさでいつか消えてくれそうなくらいだ。
 そして仕事に戻ろうとふっと体の向きを変えると、向かいには見覚えのある少年が立っていた。

「太一……?」

 太一は、睨み付けるように慎之介を見ていた。
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