本編
暑い日差しの下、汗を垂らした大人の男が数人掛かりで木材を運んでいる。そこから少しばかり歩いた場所では近所の子供達がとんかんとんかんと叩かれる金槌を見に集まっていた。
未だ建物の修繕や怪我人の治療に追われているものの、京古町は平和になった。真っ暗になる為に勿論夜更けまで出歩く人は少ないけれど、夕暮れでもまだ外に出る人は増えたし、今はまだ町の事で手一杯でもいずれは森まで人の手が伸びるだろう。
この辺りにはすっかり妖が出なくなったので、忍者も剣士も大概暇をもて余しており、大工に混じって修繕を手伝っている。
それには町人の男よりも力の強い忍者の女も含まれていたが、「俺達だけでも大丈夫だ」と言うどうにも格好付けたい男や今までは隠していた好意を示す者もいて、治療やその他の手伝いにも多くの女手が回っていた。
「篠母様、終わったよー!」
豊もその一人だ。養育屋敷はそれほど損傷を受けておらず、外壁を少し直しただけで、それも最初の二日で終わった。材料などはお詫びも込めてと慎之介が用意してくれたので、今はすっかり篠子の手伝いとして養育屋敷の仕事をしている。
「有難うゆたちゃん。もうお昼の事は一通り終わったし、ちょっと休んでらっしゃい」
「ええ?いいよ。まだまだ体力あるもん!」
そう言って豊は前掛けで拭った手をぐっと握る。
お昼御飯を皆で食べ、洗い物も終わり、豊の仕事は殆ど終わってしまった。掃除は朝の内にやってしまったし、子供達は遊びに出ていたりぐっすり眠っている。
勿論忍者への召集なんて掛からない。
「お洗濯手伝うよ」
「大丈夫よ、ほら。あと少しだから」
そう言って篠子は、横に並んできた豊に洗い終えた着物の入った籠を見せる。地味だが色々な配色の布がこんもりと山になっていた。
「それにね。何も仕事しないのも、この年になると退屈なのよ?特に私、養育屋敷の事が好きだから」
この年、と言うほどに老いてはおらずまだまだ世の中を楽しめそうな篠子だが、そう語る笑顔は自然で、豊にも養育屋敷が好きで仕事が楽しいと言う事はわかる。
「うー……わかった。じゃあ、これ物干しの前に運んでいく!そしたら休憩するね」
「ふふ。有難う、豊」
やがて最後の一枚を擦り終えて、桶と板の汚れは井戸の水で綺麗に洗い流される。その間に豊は、水を吸って重くなった高い布の山を大きな籠ごと持ち上げて、庭へと向かっていった。
運ぶだけとは言ったが、篠子がやってくるまでに少しだけぱん、と洗濯物の皺を伸ばして竿に垂らしていく。
「あらあら、ゆたちゃんったら。いいって言ったのに」
「えへへ。ほんの数枚だよ。……あれ?篠母様、それなぁに?」
やって来た篠子の手には何かが入った布包みが収まっていた。しかし、物を干すのに必要なものなんてないし、篠子が何処かへ出掛けると言う風でもない。勿論出掛けたいと言えば、豊は喜んで篠子の仕事を代わるのだろうが。
「あのね、休憩ついでに少しお願い事があるの。いいかしら、豊」
「うん!お届け物?」
「そう。ほら、この間外を修理するのに慎ちゃんから色々貰ったでしょう。金銭的なお返しは出来ないけれど、皆のおやつにお団子を作ったからお裾分けしようと思って」
「わあ、お団子!篠母様のお料理は美味しいから、きっと慎之介さんも喜ぶよ。それじゃ、出掛ける支度してくるねー!」
豊はそう言って団子の入った包みを受け取ると、家の中へと入っていった。
そして篠子が物干しを始め、二枚目の着物を手に取った頃。豊が庭から姿を消してからは数十秒。戻ってくる気配がないのを悟った一人が木陰からそっと篠子の前に現れる。
ぼさぼさの茶色い髪、健康的な日に焼けた肌色、小さな影。太一だった。
「……どうしたの、太一」
篠子は優しい声で問い掛ける。
篠子も、今はいない豊も太一がそこにいるのは気付いていた。それでも子供達が隠れんぼをして遊んでいるのは決しておかしい事ではないし、あの事があってから太一は何だか豊に懐かなくなった。何より自分から姿を現さない太一を問い詰めるのは憚られたのだ。
「豊。慎之介の所に行くんだろ」
「そうよ。太一も聞いていたんでしょう。お団子を届けに行くのよ」
「……」
篠子は太一の母だ。血の繋がっていない関係でも、屋敷の子供達に対しては例外なく、胸を張って言える。
それでも言ってもらわないとわからない事はある。
篠子は太一の言葉を待ったが、太一はその後何も言わずに少し後退りをすると、くるりと背を向けて走り去っていった。
未だ建物の修繕や怪我人の治療に追われているものの、京古町は平和になった。真っ暗になる為に勿論夜更けまで出歩く人は少ないけれど、夕暮れでもまだ外に出る人は増えたし、今はまだ町の事で手一杯でもいずれは森まで人の手が伸びるだろう。
この辺りにはすっかり妖が出なくなったので、忍者も剣士も大概暇をもて余しており、大工に混じって修繕を手伝っている。
それには町人の男よりも力の強い忍者の女も含まれていたが、「俺達だけでも大丈夫だ」と言うどうにも格好付けたい男や今までは隠していた好意を示す者もいて、治療やその他の手伝いにも多くの女手が回っていた。
「篠母様、終わったよー!」
豊もその一人だ。養育屋敷はそれほど損傷を受けておらず、外壁を少し直しただけで、それも最初の二日で終わった。材料などはお詫びも込めてと慎之介が用意してくれたので、今はすっかり篠子の手伝いとして養育屋敷の仕事をしている。
「有難うゆたちゃん。もうお昼の事は一通り終わったし、ちょっと休んでらっしゃい」
「ええ?いいよ。まだまだ体力あるもん!」
そう言って豊は前掛けで拭った手をぐっと握る。
お昼御飯を皆で食べ、洗い物も終わり、豊の仕事は殆ど終わってしまった。掃除は朝の内にやってしまったし、子供達は遊びに出ていたりぐっすり眠っている。
勿論忍者への召集なんて掛からない。
「お洗濯手伝うよ」
「大丈夫よ、ほら。あと少しだから」
そう言って篠子は、横に並んできた豊に洗い終えた着物の入った籠を見せる。地味だが色々な配色の布がこんもりと山になっていた。
「それにね。何も仕事しないのも、この年になると退屈なのよ?特に私、養育屋敷の事が好きだから」
この年、と言うほどに老いてはおらずまだまだ世の中を楽しめそうな篠子だが、そう語る笑顔は自然で、豊にも養育屋敷が好きで仕事が楽しいと言う事はわかる。
「うー……わかった。じゃあ、これ物干しの前に運んでいく!そしたら休憩するね」
「ふふ。有難う、豊」
やがて最後の一枚を擦り終えて、桶と板の汚れは井戸の水で綺麗に洗い流される。その間に豊は、水を吸って重くなった高い布の山を大きな籠ごと持ち上げて、庭へと向かっていった。
運ぶだけとは言ったが、篠子がやってくるまでに少しだけぱん、と洗濯物の皺を伸ばして竿に垂らしていく。
「あらあら、ゆたちゃんったら。いいって言ったのに」
「えへへ。ほんの数枚だよ。……あれ?篠母様、それなぁに?」
やって来た篠子の手には何かが入った布包みが収まっていた。しかし、物を干すのに必要なものなんてないし、篠子が何処かへ出掛けると言う風でもない。勿論出掛けたいと言えば、豊は喜んで篠子の仕事を代わるのだろうが。
「あのね、休憩ついでに少しお願い事があるの。いいかしら、豊」
「うん!お届け物?」
「そう。ほら、この間外を修理するのに慎ちゃんから色々貰ったでしょう。金銭的なお返しは出来ないけれど、皆のおやつにお団子を作ったからお裾分けしようと思って」
「わあ、お団子!篠母様のお料理は美味しいから、きっと慎之介さんも喜ぶよ。それじゃ、出掛ける支度してくるねー!」
豊はそう言って団子の入った包みを受け取ると、家の中へと入っていった。
そして篠子が物干しを始め、二枚目の着物を手に取った頃。豊が庭から姿を消してからは数十秒。戻ってくる気配がないのを悟った一人が木陰からそっと篠子の前に現れる。
ぼさぼさの茶色い髪、健康的な日に焼けた肌色、小さな影。太一だった。
「……どうしたの、太一」
篠子は優しい声で問い掛ける。
篠子も、今はいない豊も太一がそこにいるのは気付いていた。それでも子供達が隠れんぼをして遊んでいるのは決しておかしい事ではないし、あの事があってから太一は何だか豊に懐かなくなった。何より自分から姿を現さない太一を問い詰めるのは憚られたのだ。
「豊。慎之介の所に行くんだろ」
「そうよ。太一も聞いていたんでしょう。お団子を届けに行くのよ」
「……」
篠子は太一の母だ。血の繋がっていない関係でも、屋敷の子供達に対しては例外なく、胸を張って言える。
それでも言ってもらわないとわからない事はある。
篠子は太一の言葉を待ったが、太一はその後何も言わずに少し後退りをすると、くるりと背を向けて走り去っていった。