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本編

「ほれほれ、どうした!人間共よ!」

 大蛇の口から尚も降ってくる毒の雨。
 隙をつこうとやってくる小物達を切り、そこから逃れるだけで精一杯だ。
 豊達は息も切れ切れになってきて、隙間のあった陣も本当に詰め寄られるように近付いてきた時。ついにまた、毒の滴に当てられるものが出た。

「うわあああ!」

 動いていた所為でまたじわりと血の滲んできた包帯に紫が付着して、その痛みに剣士の男は膝をつく。

「くそ!東治っ!」

 再び同僚の名前を呼ぶ生き残りの剣士。
 東治と呼ばれた男はまだ生きている。今度こそ妖に殺らせはしない。
 ざり、と左足の跡が付くほど踏み締めて進行を止めると、ぐりっと軸を回して東治と言う剣士へと向く。

 ――だが、間に合わない。

 瞳に映った光景からはそれだけで判断できる距離。どうすれば詰められるかなど深く考えている間にそれは零になってしまう。

「ギャアアアア!!」

 今の京古町ではもう何度も聞いた叫び。濁り、耳障りで、命の事切れる音のようにその後はきっと体が倒れていく。
 それが、後方から聞こえた。

「――え」

 そう発したのは豊だったろうか。驚きに妖の手が引っ込んで助かった男だろうか。はたまた、妖に囲まれていた全員であったろうか。
 驚いている間にも風の音、焦げた臭い、妖の悲鳴は陣の外から続いている。

「な、何だ!どうしたと言うのだ!」

 しゅーっ!と威嚇するように息を吐きながら、蛇は数歩後退りする。やがて豊達を囲んでいた一陣が逃げ惑いながら倒されていく。
 決壊した場所から何人もの忍者や剣士が雪崩込んできた。

「他も終わったみたい!もう報告はいらないだろうから、応援連れて帰ってきたよ!」

「残るはこの場所だけとの報告を受けて来ました。加勢します!」

「うむ……!信濃に瑞江か!助かる」

 とんとん、と素早く横にやってきた二人の忍者は男と同じ上級忍者らしく、後ろについた忍者や剣士は彼女らが従えて来たものらしい。中には豊や燐の見知った顔も多くいて、少しだけ胸を落ち着かせた。

「この人数でこの相手……よくやれたわね」

「……死者も重傷者も、出てしまったがな……」

「安心して下さい。どこも準備が出来次第向かってきます。もう、京古町は取り戻せます」

 そういって女の忍者は人数が倍以上に膨らんだ集団に合図すると、彼らが切りの無いと思われた妖の群れに向かっていく。一気に士気を上げられた燐と豊はお互いの目を確認し、頷いた。

「私達も行こう!」

「ああ!」

 二人もまた群れへ向かって走り出す。
 それを見送った上級忍者達は武器を構えたままに大蛇を見据える。視線を受けた大蛇は赤い目をこれでもかと憎しみを込めてぎろりと睨んだ。

「過去奉られていた大蛇とは言え、もう神様ではない。人間の力を見せてくれよう!」

「昔は神と崇められた者を……随分と舐められたものだ!」

 如何な強い大蛇であろうと、それが神様と名付けられ、ただ有り難がられただけである。今の人間から見れば、朽ち果てた社と人間に牙を向けて立ち向かうただの妖だ。
 神様が本当存在するのかはわからないが。
 彼はまた、死ぬ運命を逃れられる存在ではないのだ。

 交わる刃。血。悲鳴。喧騒。
 それが段々と増えていく。人間が後から後から、彼らがやっていたように妖に向かっていくのだ。
 そして再び音達が小さくなっていく頃には、集まった人間達に追い詰められ、蛇の巨体が恨み言を溢しながら倒れていった。

 忍者屋敷で身を縮こまらせる町人達は、これで終わりだと屋敷の忍者に聞いた方角を窓から見詰めた。
 そこからは煙が幾つも立ち上っていて、他より大きな争いがあった事しかわからなかった。

「ねえ、篠子おかぁさん。もうこれで、妖を怖いと思うことは無くなるの?」

「そうねぇ。世の中何があるかは分からないけど、千代子が妖を怖がることは、もう暫くはないと思うわ」

「そっかあ。良かった。じゃあちよ、豊お姉ちゃん目指すのやめて、可愛いお嫁さんになる!」

「あらあら。それならゆたちゃんを目指したままで大丈夫よ。きっとね」

「?」

「……」

 養育屋敷の子供達の周りでも外を眺める人間は絶えずおり、ただ忍者の報せを待った。
 その日、京古では妖との争いが本当に終わらせたと、全ての町人に伝えられた。
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