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本編

 それから半刻以上経った今。いまだにどちらも諦めてはいない。
 妖の爪と刀が擦れ合う音が響く。吹き飛ばされたのが人間でも妖でも叩き付けられた場所から舞い上がった粉塵が漂っている。それを上級忍者は術で三匹の妖もろとも吹き飛ばした。
 燐もとうに剣士の手当てを終えていて、目の前の人に似て全く違うモノに刃を突き立てると、一気に上まで切り上げた。
 また消える一匹。それでも控えていた奥の塊がようやく出番と飛び込んでくる。勢いにやられた燐と包帯を巻いた剣士が吹き飛び、それでも倒れる前にぐるりと反転して地に着いた。

「……はあっ、はあ……。これは、始めの場所よりキツいかも」

「泣き言は終わってからだ!……風遁の術!」

 再びぶわりと翠の風が妖へと向かっていった。対抗して妖術を放った化け猫は押し負けて結局そこに呑まれていく。
 その様子を見ていた豊が狙われた。他に比べると大きな体に厳つい顔、緑色の鬼だ。鬼壱と同じ種族であってもそれは敵。降り下ろされた腕か豊の瞳に映ると――数本の金色を落として消えた。直ぐ様後ろから刺されるクナイに鬼の目玉がぎろりと動いて、その体は赤くない血を吹き出して倒れる。そして体は少しずつ灰と化す。

「しかし、おかしいぞ。ずっと斬っておるのに、まだまだ涌いてくるではないか」

「……もしかして、ここに残った妖達が集まっているのでは」

 会話が飛び交う合間にも側にいた男がぶん!と刀を振るって弱い妖を蹴散らし、そこから逃げた二匹も鬼を倒したばかりの豊が火遁の術で更に焼き上げる。

「……そうだ。いくら妖の数が激減したって、残り全てが命懸けで襲ってきたのに、あたし達だけで直ぐに退治し終えるなんて。あそこの妖の配置が薄すぎたんだ」

「確かに、そうかも……」

「だとしたら、我々だけでは……正直この場を守るのは難しいかもしれん」

 たったの六人。それも段々と襤褸襤褸になっている六人。妖は勿論強さもあるが、この場ではどちらかと言えば量で圧してくる。だから向こうがまっさらな状態で何度もやってくるのに対し、こちらは疲れも傷も蓄積したままなのだ。
 ふと豊が冷静になって辺りを見渡せば、もはや六人は妖に囲まれているようだった。すぐ側でぎちりと円形に詰め寄られているのではないが、囲碁であれば確実に殆どの陣地が取られている。そんな状態だ。

「おいおい、ちょっと待て。そうなると、ここには――」

「諦めが悪いようだな、人間共め」

 無精髭が言い掛けて、しかしそこに新たな声が重なった。それは低く低く、人間には男であっても到底出せない地の響くような声。
 ずるずると引き摺る音が聞こえて、一部の妖が道を開けるように避ける。
 滑った紫の鱗。長く太い体がその位置に着くと、しゅーっと先の分かれた舌を出して塒(とぐろ)を巻く。

 蛇だ。巨大な、蛇。

 豊の上から影が落ちてくるくらいのそれは、尾裂狐とどちらが強いのか。ひしひしと感じる威圧は、狐に勝つことはあっても負けることは無いと堂々と宣言しているようだった。
 今は鬼壱がいない。それを、この六人で、果たして勝てるのだろうか。まだ他の妖もいるのに。
 豊以外の五人も瞳孔が開かれ、声にならない声を出すため口を開けて見上げていた。

「妖の長は、大蛇……か……」

 ここに重点的に生き残った妖が来たのだとしたら。森の妖の中でも偉い妖が攻める場所だからに違いない。結局最後まで言えなかった男の予測は正解だ。

「ふん。昔は神と崇め奉られた我も舐められたものよ」

「森の社……あれは貴様のものだったのか」

「建てた人間共が忘れるとは。全く滑稽な事だな」

 あの日の討伐に参加していた上級忍者は森の奥にあった朽ち果てた社を浮かべる。大蛇の言う通りならばなるほど、森の長には相応しい。
 六人は皆緊張に唾を飲み込み、圧倒されて緩まっていた姿勢を再び正す。

「愚かな人間共よ、思い知るが良い!!ぷっ!」

 大蛇は頭部だけ息を吸うように一旦後ろに引くと、次にまたぐんっ!と勢い良く向かってきて、すぼめた口から紫色の何かを吐き出した。
 べっとりと地面に落ちた箇所からは仄かな煙が立ち上ぼり、土が少し溶けていく。各々が跳ぶなり走るなり転がるなりで毒らしいものを避ける中、数度吐かれた所で反応の遅れた剣士が、左腕の先から肩までに大きく受けてしまった。髭でも負傷した男でもない、上級忍者と共に先陣を切った剣士だ。

「あ゛ああああ!」

「郷助!っくそ、大蛇めェっ!」

 あまりの痛みに毒を受けていない右手も開き、からあんと哀しい音をたてて刀が落ちた。土よりも焼き付け溶かす効果があるようだ。じゅううと言う嫌な音が豊の耳にさえ届く。
 もがき苦しむ隙を逃さず周囲の小さな妖に襲いかかられた男はそこで事切れた。どさり、と倒れた音は五人の耳に重たく響く。

「うおおおお!」

 剣士に止めを刺した妖は無精髭の剣士に直ぐ様切り捨てられる。だが、そこに再び毒が降ってきた。

「危ない!……風遁の術!」

 強い風がぶわりと毒を跳ね返して何とか二人目の犠牲者は防いだ。否、既に剣士の前には忍者の犠牲が出ている。それでも上級忍者はそれほどに乱れてはいなかった。

「怒りはわかる。だが、敵の攻撃を避ける分は冷静になってくれ」

「……ああ、すまなかった」

 無精髭の剣士はちらりと忍者の倒れた姿を見て、刀の滑り止めをぎりぎりと強く握る。
 戦況はますます不利になるばかり。五人の頬には冷や汗がたらりと流れた。
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