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本編

「馬鹿もの!」

 忍者屋敷に戻って無事に篠子達三人を届けたのは良かった。だが、三人を引き受けた忍者が豊を直ぐ様叱りつける。
 彼は避難誘導している忍者を指示している一人で、まとめる立場の彼は当然豊よりも上級の忍者だ。
 身内ではあるが町民を守った。しかしそれは太一のいた担当区域の忍者がやる事で、豊達の行動も遅れを取っている。しかも仕方がなかったとは言えたった一人で妖に向かっていったのだ。
 それを纏めて「馬鹿もの!」の一言で叱られた。

(馬鹿って、これで三回目だよ……)

 などと思いながらも豊も理解している。
 その上彼は知らないが、鬼壱が来なければ負けていたかもしれないのだ。本来あれほどの妖ともなれば、周りから応援を呼ぶべき事案である。
 だからその叱りは正面から受け止めた。
 現状あまり時間は掛けられない為それもすぐに終わり、二人には新たな指令が下る。
 全てが終わった時、二人には減俸か、忍者屋敷を追い出されるのか……言い渡されるのだろう。

「東の方で手こずってる……ね」

 屋敷を出た二人は早速指示に従って目的の場所に向かっていた。途中、既に終わった戦いの跡や戦っている最中の者達が見える。赤くない血が多く、獣の骸や影がちらほらあった。
 怪我をした同僚や剣士も居はしたが、結末は見え始めている。
 二人は目的地を目指す為に手助けしたい気持ちを抑え、苦戦していない限りはそこを駆け抜けた。それでも時折簡単に加勢するのは、やはり妖は死ぬ気で戦っている証拠だ。

「手こずってるって……またあの妖みたいのがいるのかな……」

 珍しく不安になる豊はぼそりと溢す。
 勝てないかもしれない。
 傍には太一がおらず燐がいる。それでも鬼壱の力にすれば微々たる違いだ。
 うっかり溢してしまった内緒だったはずの戦いを突つかぬよう、燐は肩を竦めてから優しく言った。

「強い妖はそうゴロゴロいやしないよ。それに先に居た人達がいるんだから、人数だっている。ちょっと妖の量が多いだけさ」

 だからきっと大丈夫、と燐は豊に笑いかける。
 そんな話をしながら駆けていくと、ようやく沢山の気配に近付いてきた。
 尾裂狐ほどの巨大な影がな見当たらない事に豊は内心ほっとし、しかし油断できないその塊に顔を引き締める。
 伝令通りの集団を探して、二人は一気に跳んだ。

「加勢に来ました!」

「……助かる!」

 す、っと一人の横につき構える豊と燐。
 辺りには何匹もの妖が、構えながらも鋭く人間達を睨んでおり、その中で先に散ったのだろう、幾つもの妖の薄い影と妖気が散乱している。
 豊達と妖の間には一人倒れた男。少し離れた所には腕を怪我した男が居た。
 無事なのは豊の隣にいる紺地の忍服の男と柔な顔の割りに鉄にまみれた装備の男、散切り頭の男の三人。

「ご覧の通り一人はやられている。一人は報告役にここと屋敷を跳んでいるから、今や忍術を使えるのは私一人だ」

 倒れている者は、この忍者と同じ紺地の服を着ていた。負傷しながらも対峙している男は刀を向けている。
 つまり忍者の男が言う通り、集団では彼以外は皆剣士だ。妖術でも使われて遠距離から狙われれば、或いは術で返す他ない攻撃をされれば確実に誰かは倒される。それ故余計に不利な状況だった。

「どうにもこの辺りは妖の涌く数が多くてな。担当者全員が集まったんだが……この有り様だ。逆を言えば、ここを乗り切れば楽なんだろうが」

「他は健闘しているそうです。あたし達のいた区域も、でかいのが一匹出ましたが、それも含めて大人しくなりました」

「そうか……。お前達は下級の忍だな?」

「はい。八岡燐、忍術は一応一通り学びましたが正直あまり得意ではありません。その分体力に自信があります」

「神居豊、忍術は得意ですが三年目なので経験が他の方より浅いです」

「うむ、なるほど……」

 忍者の男は二人の自己紹介を元にこれからの動きを考えていた。事前情報などない唐突の巡り合わせ。一部の忍者は下から上までの人間全ての情報を殆ど暗記している者もいるが、流石にそこまでとなると限られてくる。残念ながら男はそうではなかった。

「あまり細かく言える時間はないな。先程もやっていた通り、こいつが先陣を切る。俺が援護を」

 豊と燐が来る前も剣士が先陣を、忍者が援護をしていたのだろう。こいつ、と指された片方の剣士は何も言わずにただ一度頷いた。
 妖が新たにやってきた二人を警戒しているこの短い間しか、時間はない。作戦を詰めるのも難しい。だから続けて男は言った。

「二人の内どちらかはその後に続くこっちの剣士の援護に回れ。もう一人はあいつに手当てと、俺達から漏れた妖の処理だ」

「申し訳ない、俺が怪我をしてしまったばかりに……」

「謝るのは成果を上げた後だ!」

 負傷した剣士は散切り頭で無精髭の剣士に叱咤される。それで言い合いは無しになり、あとは豊と燐がどちらに付くか決めるだけだった。

「……豊、術はあたしよりあんたの十八番(おはこ)だ。お二人の攻撃が届かない周囲の敵を。あたしは手当てしてから加勢する」

「了解!」

 そこから六人はある時点で、合図も無しにただ空気を読んで一斉に頷く。
 そしてひゅうう……と間に風が吹き、砂埃が落ち着いた瞬間。
 一斉にまた違う砂埃が舞い上がった。それは妖であったり忍者であったり剣士であったりが発つ足下から、勢いよく。
 再び争いの喧騒が、高く重く、鳴り始めた。
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