本編
その鳴き声の後、直ぐ様喰い掛かろうとした巨体だったが、攻撃は鬼壱に軽々と避けられた。豊にやったように手も尻尾も使い襲い掛かるのだが、鬼壱は忍者の豊を上回る身のこなしで全く当たらない。吐き出した炎も彼らを囲うことはなく、妖術でいつの間にか消されてしまった。
流石の尾裂狐も、瞳と振るう動きに段々と苛立ちを募らせていく。そこから生まれた隙をついて、鬼壱は彼女の肌を裂いた。
血と悲鳴が吹き出し、巨体は一歩飛んで退く。
それから溜まりに溜まった苛立ちを吐き出すように、尾裂狐はふんっと息を吐いた。それもまた炎となるが、吐き出した先の地にごうごうと広がるのではなく、口から少し走った後に渦を巻いて、その後は浮かんだままの炎の球となる。尾裂狐は続けて、四方に同じ物を吐き出すと炎の球に自分を囲わせた。
「流石に手を変えてくるか。何だか面倒臭そうだな。ふうっ!」
妖術の研究は好きだが、向けられる身としては面倒なのは嫌だ。
鬼壱は炎の球を放たれる前に、片手を口元に添えて息を流す。それで幾つもの赤い雲を形成すると、尾裂狐と同じように囲わせた。
次の瞬間、炎の球が揺らめいて、それぞれから新たに小さな狐火が生まれる。それは狐の前でぐるりと廻った後、きゅいい!と響く声を合図に速度を上げて鬼壱に向かってきた。
「無駄だ。全部消させて貰うぞ」
向かってきた火は鬼壱の宣言通り、雲にそれぞれ呑み込まれて消える。今度は鬼壱が大きな雲をふうっと作り出して、炎の球を呑み込んだ。
繰り返せば結局雲の方が残って、その一つが尾裂狐の体を締め上げる。
直ぐ様雲を裂くものの、次に裂かれるのは自分の体であった。
互角に対抗してくる鬼壱に、次第に尾裂狐の感情も苛立ちから焦りに代わり、豊や太一の事など忘れて戦う。それでも少しずつ押され、血が至るところに跳ねていった。
その二つの姿を見つめていた豊は、鬼壱が置いていった言葉を大切に奥にしまって歩く。喋るのも抱きつくのも後だ。
今なら尾裂狐は自分に注意していない。本当は鬼壱に加勢したい。
そう思えどこの足がある。いつもの動きで詰め寄ったり自分から動いて隙を見つける事は出来ない。ならばせめて、今の内に太一を助けようと考えていた。
「太一!」
「ゆ、ゆた……」
へたりこんだその体を両手で優しく引っ張りあげる。よたよたっと立ち上がり壁に手をつくも、あとは自分で動けそうだ。
しかし太一の瞳は疑問と恐怖と……様々な不安にまみれたまま豊を捉えて、そして鬼壱に向く。
妖の尾裂狐に対抗する、妖の鬼壱に。
「複数の尾を持っていたって、所詮狐は狐だ。そろそろ終わらせるぞ」
最後にまた尾裂狐は低く唸って鬼壱を批難した。
妖である鬼壱が人間の豊に味方をする。それはおかしな事で、けれど豊を守りたい鬼壱にとっては何にもおかしくない事だ。
尾裂狐にだって言い分がある事も、鬼壱にもわかっている。けれどお互いおかしいおかしくない、負ける負けないでは退けないのだ。
ドォン!
二つの妖力がぶつかり、爆発する。
戦いの内に距離が離れていた太一と豊からは爆風を感じるだけで、煙で姿が見えない。
「鬼壱……」
ゆっくりと退いていく白の煙。大きいものと人形の黒い影が見えて、
「っ!鬼壱!」
それは尾裂狐の亡骸と立っていた鬼壱だと判明した。
その瞬間、豊の感情は溢れ出す。だって、今まで会えなかった愛する人が目の前にいて、自分を大切なものだと言って助けてくれた。
走りたいけど走れない片足を引き摺って鬼壱に寄る。
「豊!やめろ、無理に歩くな!」
鬼壱も豊に駆け寄り、倒れそうになる豊を抱き止めた。
「うー……会いたかった!会いたかったよ!良かった、また鬼壱と一緒に居られて良かったっ」
「……」
すりすりと抱き着きながら鬼壱の感触を味わう豊。
しかし鬼壱は何も返さず、優しく豊を離すとその場にしゃがみ込んだ。
「?」
「肩に掴まってろ」
「う、うん」
支えがなく不安定になった豊に、再び肩を貸すと、鬼壱はそっと足に触れる。
手の下の部分には傷が広がっている。熱を持ち、黒と赤が痛々しくかさかさと固まっている火傷だ。
鬼壱が目を瞑り、空いている右手を翳すと、掌からは緑色の光が生まれた。
「わ……!いつものキーちゃんの妖術と違う」
「……」
そう豊が愛称で呼ぶのも久しぶりだ。
数秒してじわりと光が染み込み、傷がゆっくりと治っていく。大分治って軽い擦り傷ほどになると、光はすうっと消えていった。
「……俺は治癒に長けてないし、あくまで応急措置だ。ちゃんと治療して貰えよ」
「うん!有難う!凄いよキーちゃん、もう跳んだり出来る」
ぴょんぴょんと跳ねて痛みがほんのりしかないのを確認すると、そうお礼を言う。
鬼壱はその姿と――後ろの姿を見た。
解放されてへたりと座り込んでいる太一の姿。向けた目と既に向けられていた視線がばちりとぶつかる。
それだけで、感じられる。
鬼壱は先にそこから目を背けて、豊に別れを告げた。
「じゃあな、豊」
「え?も、もう帰っちゃうの?また会えるよね。もう……もう会わないなんて言わないよね!」
その背中に、必死に声を掛ける豊。だがそれに返されるものはなく、静かに雲に呑まれた一人が消えた。
流石の尾裂狐も、瞳と振るう動きに段々と苛立ちを募らせていく。そこから生まれた隙をついて、鬼壱は彼女の肌を裂いた。
血と悲鳴が吹き出し、巨体は一歩飛んで退く。
それから溜まりに溜まった苛立ちを吐き出すように、尾裂狐はふんっと息を吐いた。それもまた炎となるが、吐き出した先の地にごうごうと広がるのではなく、口から少し走った後に渦を巻いて、その後は浮かんだままの炎の球となる。尾裂狐は続けて、四方に同じ物を吐き出すと炎の球に自分を囲わせた。
「流石に手を変えてくるか。何だか面倒臭そうだな。ふうっ!」
妖術の研究は好きだが、向けられる身としては面倒なのは嫌だ。
鬼壱は炎の球を放たれる前に、片手を口元に添えて息を流す。それで幾つもの赤い雲を形成すると、尾裂狐と同じように囲わせた。
次の瞬間、炎の球が揺らめいて、それぞれから新たに小さな狐火が生まれる。それは狐の前でぐるりと廻った後、きゅいい!と響く声を合図に速度を上げて鬼壱に向かってきた。
「無駄だ。全部消させて貰うぞ」
向かってきた火は鬼壱の宣言通り、雲にそれぞれ呑み込まれて消える。今度は鬼壱が大きな雲をふうっと作り出して、炎の球を呑み込んだ。
繰り返せば結局雲の方が残って、その一つが尾裂狐の体を締め上げる。
直ぐ様雲を裂くものの、次に裂かれるのは自分の体であった。
互角に対抗してくる鬼壱に、次第に尾裂狐の感情も苛立ちから焦りに代わり、豊や太一の事など忘れて戦う。それでも少しずつ押され、血が至るところに跳ねていった。
その二つの姿を見つめていた豊は、鬼壱が置いていった言葉を大切に奥にしまって歩く。喋るのも抱きつくのも後だ。
今なら尾裂狐は自分に注意していない。本当は鬼壱に加勢したい。
そう思えどこの足がある。いつもの動きで詰め寄ったり自分から動いて隙を見つける事は出来ない。ならばせめて、今の内に太一を助けようと考えていた。
「太一!」
「ゆ、ゆた……」
へたりこんだその体を両手で優しく引っ張りあげる。よたよたっと立ち上がり壁に手をつくも、あとは自分で動けそうだ。
しかし太一の瞳は疑問と恐怖と……様々な不安にまみれたまま豊を捉えて、そして鬼壱に向く。
妖の尾裂狐に対抗する、妖の鬼壱に。
「複数の尾を持っていたって、所詮狐は狐だ。そろそろ終わらせるぞ」
最後にまた尾裂狐は低く唸って鬼壱を批難した。
妖である鬼壱が人間の豊に味方をする。それはおかしな事で、けれど豊を守りたい鬼壱にとっては何にもおかしくない事だ。
尾裂狐にだって言い分がある事も、鬼壱にもわかっている。けれどお互いおかしいおかしくない、負ける負けないでは退けないのだ。
ドォン!
二つの妖力がぶつかり、爆発する。
戦いの内に距離が離れていた太一と豊からは爆風を感じるだけで、煙で姿が見えない。
「鬼壱……」
ゆっくりと退いていく白の煙。大きいものと人形の黒い影が見えて、
「っ!鬼壱!」
それは尾裂狐の亡骸と立っていた鬼壱だと判明した。
その瞬間、豊の感情は溢れ出す。だって、今まで会えなかった愛する人が目の前にいて、自分を大切なものだと言って助けてくれた。
走りたいけど走れない片足を引き摺って鬼壱に寄る。
「豊!やめろ、無理に歩くな!」
鬼壱も豊に駆け寄り、倒れそうになる豊を抱き止めた。
「うー……会いたかった!会いたかったよ!良かった、また鬼壱と一緒に居られて良かったっ」
「……」
すりすりと抱き着きながら鬼壱の感触を味わう豊。
しかし鬼壱は何も返さず、優しく豊を離すとその場にしゃがみ込んだ。
「?」
「肩に掴まってろ」
「う、うん」
支えがなく不安定になった豊に、再び肩を貸すと、鬼壱はそっと足に触れる。
手の下の部分には傷が広がっている。熱を持ち、黒と赤が痛々しくかさかさと固まっている火傷だ。
鬼壱が目を瞑り、空いている右手を翳すと、掌からは緑色の光が生まれた。
「わ……!いつものキーちゃんの妖術と違う」
「……」
そう豊が愛称で呼ぶのも久しぶりだ。
数秒してじわりと光が染み込み、傷がゆっくりと治っていく。大分治って軽い擦り傷ほどになると、光はすうっと消えていった。
「……俺は治癒に長けてないし、あくまで応急措置だ。ちゃんと治療して貰えよ」
「うん!有難う!凄いよキーちゃん、もう跳んだり出来る」
ぴょんぴょんと跳ねて痛みがほんのりしかないのを確認すると、そうお礼を言う。
鬼壱はその姿と――後ろの姿を見た。
解放されてへたりと座り込んでいる太一の姿。向けた目と既に向けられていた視線がばちりとぶつかる。
それだけで、感じられる。
鬼壱は先にそこから目を背けて、豊に別れを告げた。
「じゃあな、豊」
「え?も、もう帰っちゃうの?また会えるよね。もう……もう会わないなんて言わないよね!」
その背中に、必死に声を掛ける豊。だがそれに返されるものはなく、静かに雲に呑まれた一人が消えた。