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本編

 二房の髪がきらきらと揺れては輝く。それは数分であちこちを訪れては、見付からない太一を探している豊の姿。

「ここにもいない……」

 よく遊び場になる空き地、安価な菓子屋、たまに手伝いに行く仲の良い農家……太一の行きそうな場所を探してはみたものの、一向に見付からない。殆どの町人は忍者屋敷の集会所に避難して、聞き込みもできない。

「一体どこに行ったの……?」

 焦り、呟きながらも豊は木ノ上より大分小さな雑貨屋を通り過ぎ、そこから養育屋敷へ戻る為の裏路地を辿る。
 探している間にも散々見たものだったが、そこでも所々、妖が削り取った跡や妖術で焦げて出来た炭が残っていた。それが豊の不安を掻き立てる。

(――まさか太一……ううん、そんな事ない。……はず……)

「ひっ!?」

「太一?!」

 瞬間、角から小さな悲鳴。
 それは恐らく、今も心配していた太一の声。
 駆け出した豊の目には、建物の合間から飛び出た大きな薄黄色の尾が映った。

「太一――!!」

 懐から取り出したクナイを、何かはわからないが妖の尾らしきそれに、たんたんたん!と投げて刺す。
 濁りながらも甲高い叫び声が遠くまで響いた。何と言ったのか表現はできないが、それは痛みにびくりと大きく揺れた。
 角を曲がった先に居たのは、ぼろぼろと泣きながら壁にへばりつく太一。手前にはその太一に食らいつこうとしていた妖の尾裂狐(おさき)。薄黄色の尾はその尾裂狐が持つ三本の尾の内の一つだった。
 豊の体はそれを認識して一瞬だけ強張る。尾が複数、それもあればあるほど強力とされる妖の狐。九尾とまではいかなくともそれだけで脅威だ。
 黄色い目がぎろりと此方に向く。鬼壱と同じような色をしているのに、そこからは何よりも憎しみが滲み出ている。
 尾裂狐はぐん、と思い切り尻尾を振ってクナイを落とすと、傷口から血を吹き出しつつも自由になった。
 豊はすぐに構える。既に両手には四本ずつクナイを準備していた。

「太一!養育屋敷で篠母様と咲が燐姐と一緒に待ってる。ここからなら近い。早く逃げて!」

 尾裂狐から目を逸らさずに太一に命じる豊。しかしそれをあちらが許すはずもない。
 尾裂狐がごごうっと辺り一面の息を吸い込む。狐の妖と相対した事もある豊にはすぐに予想がついた。次にやって来るのはただの空気ではなく、炎だ。それも逃れる手立てのない太一に向けて。

「太一!」

 黙って見ている訳にはいかない。尾裂狐の息が溜まったと同時に、地を蹴って空からクナイを投げる豊。吐き出そうと下げられた尾裂狐の頭は、その刃にぐすりぐすりと押し刺された。
 再び甲高い不快な悲鳴。痛みによって開いた口は、目標とは違った場所へと炎を放出する。太一の横にあった石の塀は燃える事さえなかったが、衝撃に砕け散った。

「うわぁっ?!」

「太一っ、大丈夫?!」

 それはほんの少しの時間の事。太一が逃げられるはずもなく、養育屋敷への道は塞がってしまった。おまけに太一は恐怖のあまり、腰を抜かして座り込んでいる。
 心配して気をそちらに取られた豊目掛けて、黄色い影が思い切り振られる。その早さは毛の柔らかさなど微塵も感じさせずに豊を強く叩き飛ばした。

「きゃっ――」

 ばん!と全体が硬い壁にぶつかり、豊の体はそのままどさりと落ちる。

「ゆ、豊!」

「ぐっ……だ、大丈夫だよ、太一」

 片膝をつきながら起き上がる。しかし、豊の呼吸は荒く辛い表情のまま。
 今の攻撃は酷く痛かった。それに、ここに来る前にも妖達と戦い力を大分使っているのだ。元より不利な条件である。
 尾裂狐はその様子を見て、今度は濁らない高音で鳴いた。瞳は、狙いを定めるかのように鋭く。
 豊が完璧に立ち上がらぬ間に、尾裂狐が再び息を吸い込む。
 すぐに吐き出された炎を何とか手をつき跳んで、転がるように避けていくが、豊が逃れた跡は燃えて煙が立ち上っていた。こんな炎を喰らったら、無事では済まない。避け続けていても、火が回れば結局は豊を飲み込んでしまう。
 近接攻撃に切り替えようとするも、獣の手は立派な刃で、後ろは尻尾を振られて守られる。

(このままじゃ、勝てない……っ)

 時折クナイを投げはしているが、尻尾や爪で簡単にはね除けられる。
 とうとう豊の動きも鈍ってきて、片足が炎に触れてしまった。

「くっ……!」

 転げて火はすぐに消えたが、火傷を負った足は今の戦いには使い物にならない。
 終わりだとでも言うように鳴き声が響く。
 逃げられない。
 尾裂狐が空気を思い切り吸い込み、大きな炎をごうっと豊に吹き掛ける。

(あ、私、死んじゃうんだ)

 死ぬ直前の時間はゆっくりと流れる。そう本で読んだ気がする。
 ぎゅっと瞑ってしまった瞼の闇では、鬼壱の顔だけが浮かんでくる。

 仲直りしたかった。喧嘩した訳じゃないけれど。
 でも、最後に。

「豊ぁあああ!」

 それは男の声。太一の声?否、違う。その声は子供にしては低過ぎる。何よりも胸が疼くような声。

 豊が声に惹かれて目をそっと開くと、赤い雲が豊を護るように幾重にも重なり、炎を散らせていた。
 やがて雲が空気に溶けて消えていく。
 そこに居たのは、束ねられた赤い髪、使い古しの布と紐を服のように纏った、広く高い背の持ち主。

「――鬼壱」

「キ、イチ……?」

 グルルルル……

 尾裂狐、太一、豊、三者三様の表情。
 その中でも豊の頬からは自然と涙が零れていた。
 それは、助けてくれたから?妖より人間を選んでくれたから?

 もっと単純な事で、鬼壱に会えた事。

 同じ妖でも人間を守る鬼壱に唸り声で威嚇する尾裂狐。言っている事が分かるように、鬼壱は彼女にこう言った。

「妖も人間も関係ねぇ。綺麗事じゃなく、な。失いたくないモンだから護った」

 腕を組み、至極当たり前のように。
 尾裂狐の険相は更に深くなり、鋭さを増す。
 その言葉からすれば、子供を人間に狩られた彼女とて同じ事なのだから。……否、護れなかった所は違うが。
 次の瞬間、背景に混じるだけだった唸り声は止み、突き刺すような声が一帯に響き渡った。
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