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本編

 瓦礫がごとんと地面を突き刺した。それでその建物はもはや家では無くなってしまった。幸い既に母娘は逃がしてやれた為、誰も命を落とす事は無かったのだが。
 粉塵が煙のように立ち上る。消し忘れの灯火であったり批難経路に置かれた提灯であったり月の光であったり、或いは燃えてしまった命と家だったものであったりが、あちこちあるその煙を照らしていた。
 崩れた家と崩れかけの町の一画。
 その前で、母娘を逃がした二人の忍者少女、燐と豊は妖と対峙していた。
 燐が突っ込むようにどろどろした黒いモノの注意を引き付けると豊が後ろに回り込んで火を放つ。
 橙に包まれた妖は、人には真似ができないような低い低い雄叫びをあげて燃え上がる。
 加えて舞うようにざっ!と斬り上げた燐。それで一先ず二人から目視できる妖はいなくなった。
 あがった息を整えて、燐は豊の方を向く。

「豊!」

「はあっ……だ、大丈夫?燐姐……」

「あんたの方が、息切れてるよ!術の使い過ぎだ!」

 京古全体が戦禍に巻き込まれてる今、自分達が特別大変な訳じゃない。それはわかっているが、心配してしまうのも仕方のない事だ。
 少し走っては妖達と出会い、刀を交える。それに加えて燐よりも忍術が得意な豊は、術を多用する為に気力的にも負担は大きい。

「ごめん、温存しなきゃ、だよね……!?」

「あたしが術を使えないのが、悪いんだけどさ。……豊は、平気で無茶するからさ」

「き、気を付けまーす……」

 頭では理解していても実行できるか不明な言葉を無理な笑顔から吐き出し、豊が走り出す……否、走り出そうとした時。
 前方から何やら探すような叫び声がして、やがて聞こえた方から不安げに辺りを見回す女と少女がやって来た。

「篠母さんに、咲!?」

 どれだけ駆けたのか、上品そうに見えるはずの姿も今は髪が大分解けて服も着崩れている篠子。冷静そうな顔もおかっぱの髪も、今は少し不安に揺れる咲。
 その養育屋敷の二人が汗を垂らして叫び続けていたのだ。

「太一ー!?太一!!」

 燐にごめんと目で合図を送り、急いで駆け出す豊。燐も頷いてその後に続く。

「篠母さん、咲!どうしたの!集会所に避難してなかったの!?」

「ああ、豊!」

 声を掛けられた二人は叫ぶのを止めて、代わりに息も切れ切れに説明した。

「それが、他の子供達は集会所に避難させたんだけど、太一が見当たらないのよ!避難命令が出た時にあの子、一人出ていて……!」

「私も心配だからどうしてもって無理について来たの。豊、お願い!太一を探して!」

 豊達の任務はこの区域の妖退治と逃げ遅れた町民への救助。しかしこの辺りに太一がいなければ、持ち場を離れての行動になる。それは個人的な理由で今は町全体の危機だ。本来ならば太一のいる場所の忍者が見付けてくれることを願うしかない。
 けれど豊にとって太一は家族の一員で、目の前には必死に頼む咲もいる。

「燐姐……」

 豊は素直でまだ子供だった。大のために小を切り捨てるとか、そう言った器用な事を出来る大人じゃなかった。小の為に大を蔑ろにする事はあるけれど。
 再びごめんと合図した目よりも深く動揺し、願う瞳。
 燐はその瞳をじっと見つめる。……そして、明るい声で言った。

「大丈夫。上だって解ってくれるよ。あたし達は結局、人間なんだからさ」

 本当ならば忍者には冷静な判断が必要で、その上層部が罰も与えず許すはずもないが。燐はにっと笑っていた。

「燐姐……!」

「燐さん、もしも太一探しをお願い出来るのなら、私達念のために養育屋敷で太一が戻ってくるのを待ってては駄目かしら。さっきも寄ってみたけれど、もしかしたら避難令を聞かずに戻ってくるかもしれないし……」

 そうだね、と思案した燐も頷く。
 子供の太一ならばまず家に帰るのかもしれないし、同じく子供の咲はぎゅっと篠子の着物の裾を握ったままだ。大人である篠子はいざという時の覚悟があるかもしれないが、小さな彼女を連れ歩くのは危険である。
 ただし、屋敷の中だからと言って安心もできない。現に崩された家は幾つもあるのだから。

「……豊、一人でやれそうかい?」

 この辺りならば二人で大体退治したはずだし、近くの区域も他の忍者が退治している姿を見掛けた。大した妖は残っていないだろうから、子供の太一一人を探す程度ならば豊だけでも何とかなるだろう。

「うん! 太一はうちの子だもん。一人だって絶対見つけてくるよ」

「よし、じゃあ豊。あたしらは養育屋敷で待ってる。豊も太一を見つけたら養育屋敷に来てくれ。その間の二人の安全はあたしが預かるから」

「有難う、燐姐!」

 話はそれで纏まった。その次の瞬間、よっぽど心配だったのかお礼を言うと、急いで駆け出す豊。背中から母の声が響く。

「豊!絶対に無事に帰ってくるのよー!」

 忍者の素早い足と焦る気持ちで、豊の姿はもう豆粒ほどになっていたが、きっと聞こえているはず。
 握る拳にもう一方の手を添えて自分への不甲斐なさと不安を堪える篠子の肩を抱き、燐は二人を抱えて養育屋敷へと向かった。
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