このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

本編

 お天道様が溢す光に照らされて活気づく城下町、京古(きょうこ)。広いそこはぐるりと長い塀に囲われ、大通りの騒がしさを閉じ込めている。海を背にした町の奥には一際高い建物、京古城が建っており、そのお膝元だからこそ多くの人々が町中で商売やら、雑談やら、喧嘩やら、日々を送っているのである。
 しかし、多くの人々がいるからこそ、目の行き届かない場所も事もある。
 それがこの人気のない下町の端だった。陽もあまり当たらずじめじめしたそこでは、町を覆っているはずの塀の一部が妖(あやかし)に壊され、大人はともかく、子供は無理をすれば通れるぐらいの穴が空いている。
 その穴を通り、町から少し離れた森に、四人の子供が集まっていた。
 ただし、位置や姿勢的に見て、三人と一人といった様子である。

「豊の癖に弱虫だなー。もう泣いてんのかよ!」

「男の癖に泣くなよな」

「しかも貧しい格好してよぉー」

 程度はそれぞれ違うが、それなりの身なりをした少年三人が、小さく座り込んで泣く少女を囲っていた。安く簡素な服から覘く細い腕、小さくても柔らかそうな体、長い金の髪、なにより可愛らしい顔は間違っても男ではない。
 それなのに少女を男の癖にと詰(なじ)るのは、少女が豊という名前だからだ。少女にとっては大切な名でもまるで男のようであると。その上貧しい格好をしていると、三人の少年は一人の少女を虐めていたのである。

 この妖が住むと言われている森に、少女を呼び出して。

 場所や時間が変わる事はあれど、それはいつものことで、中でもこの森は都合が良かった。
 下町を出た場所で、確実に豊を知る人間は来ない。その上世の中で恐れられている妖も昼間は力が弱っていて、夜までは眠っていると言われている。
 どうせ出てきやしないのだ。

「どうして私だけ虐めるの……」

 ひょろりとした細長い少年が答える。彼の家は大地主で、農家と言えど中堅の商家にも負けない金持ちだ。

「だーかーらー、そりゃあお前が弱っちいからだろ!」

 太めの少年は武家の長男らしい。態度だけは立派に偉そうなものだった。

「泣き虫な豊クンだもんなぁ。俺の家だったら、お母様の方が泣いてるぜ」

 そして平凡な体型をした少年は何も言わずにふんと鼻で笑った。少年は町でも数えるほどの商家の息子だった。
 その三人になにか言われる度、少女の高い泣き声が森に響く。
 それを煩いと思う者がいた。
 四人のいる入口より少し奥、樹の上で寝ていた男はその声で目を覚ます。
 とん、と樹から降りてその音源に向かう。
 そして草を掻き分け、四人の子供を見つけた。

(煩いのはこの餓鬼共のせいか)

 ちっと心の中で舌打ちした男は、一歩前へ踏み出る。

「おい、眠れないんだが」

 四人が此方を向いて目を開き、硬直した。
 誰もいないはずの森で人がいたから。初めの硬直はそれだったかもしれない。
 しかし男の容姿は、低い位置で一つに束ねた真っ赤な髪。瞳は金色で、開いた口から覘く鋭い牙が、子供達の目からは強調したように見えた。そして尖った頭の角に耳。
 男はただ煩いと正直に伝えただけだったが、子供達にとっては。

「――お、鬼だぁああ!!」

「妖が出たぁぁああ!奥で眠ってて起きないんじゃなかったのかよぉおお」

「ひぃぃ、やめろ赤衛門!掴むな!」

 泣き虫と少女にあれだけ言っていたのに、泣いて逃げようと友人の袖を掴む少年。

「早く逃げるぞ!」

「慎之介も、待ってくれ!!」

 それでも三人はなんとか駈け出して、泣きながら逃げ帰っていった。

 ――残されたのは、固まって動けない一人の少女。

 少年達をぼうっとした瞳で見送った後、鬼がふっと横を見ると、まだ残っている少女と視線がかち合った。

「……お前は逃げないのか」

「……貴方は私を食べないの?」

「「……」」

 お互いに、沈黙。
 本当は少女だってまだ怖かったし逃げたかった。
 でも、座り込んで泣いていた所に怖い妖が来て、立ち上がれなくなっていたのだ。
 もう喰われてしまうのだろう。
 そう思ったが、鬼はそれを聞いただけで、一向に襲って来ようとはしない。
 暫しの沈黙の後、鬼が頭を掻いて話始めた。開いた口には相変わらず鋭そうな牙が輝いていた。

「あー……俺は、人間を襲う気はない。大半は人間を襲うが、まぁ、こういうヤツもいる」

「……ホント?」

 おず、と少女が聞いてくる。

「嘘だと思うなら、今の内逃げておけよ。喰われるぞ」

「や、やっぱり食べるの?」

「あー!!だからー……」

 泣き声はいつの間に止んだが、これはこれで面倒だ。鬼は頭を抱えた。
 人間の肉は美味いらしく、その上他の食料や色んな道具、宝石も持っていて、襲う妖が大半だ。
 それに襲った妖が逆に殺されたり、向こうもこちらの住み処を奪ったりと、恨みもある。
 だが鬼にとっては面倒だし、食料は森にあるで物で事足りる。何も困ってはいなかった。
 ただ静かに適当に暮らして、趣味の狩りだったり釣りだったり、妖術の修行だったりが出来れば、それで幸せだと思っていたのだ。
 だから襲わないのは本当なのだが。

「あーもう!兎に角お前は襲わない。でもお前は怖いだろうからここから去れ!以上!!」

「……じゃ、じゃあ怖くない!」

「はあ?」

「じゃあ、貴方の事、怖くない!」

 ぴっと手を上げて、少女は高らかに何を言っているのか。
 流石の鬼も目を丸くした。

「あ、いやあの、だからな。俺は鬼なんだぞ」

「お、襲わないなら、私を助けてくれた優しいひと……鬼です!」

 人と言ってから慌てて鬼と直す。
 男は確かに人ではなく鬼だが、突っ込み所はそこではなくて。

「助けたァ?」

「虐められていた所を、助けて貰いました!」

「いや、俺はただ眠かっただけで」

 助けたつもりなどなかった。それにした事と言えば草木の影から顔を覗かせて、眠れないと言ったくらいである。
 動かなかった体をゆっくりと起こして、少女は立ち上がる。まだ震えはあるものの、怖さは和らいでいるようだった。

「震えてるようだし、怖いなら無理しなくていいんだぞ!と言うか帰っておけよ!」

「だから、私は怖くないです!」

 耳にキーンと来る叫び声。
 幸いにして他の妖は噂通り、すっかり夜に向けて深く寝こけているし、もっとずっと奥にいるはずだから、よっぽどの事がないと起きない。
 まずこんな子供一人では。
 しかし鬼壱にとっては不幸だったのか、幸せだったのか。

「わ、私、神居豊(かむい ゆたか)と言います!宜しくお願いします!」

 ばっ。と勢いよく頭を下げた少女。

「あ、俺は鬼壱(きいち)……って違う!俺は妖お前人間!何やってるんだよ」

「まずは、お友達から……!」

「はァ?!」

 その時はただ勢いのせいで、少し可笑しな言い方になってしまったのだが……時は過ぎ、やがて本当にお友達“から”になってしまうなど。今の二人に知る由はない。
1/52ページ
スキ