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本編

 『京古養育屋敷』――。

 養育屋敷とは、日ノ本で妖に襲われて親を亡くす子が増えているため、代わりに孤児の面倒を看る為に造られた場所である。
 と言っても大抵は個人の資金によるもので、国は雀の涙ほどの援助をするだけだ。それ故に経済的に困っている場合が多い。

 つまり、豊は。

「お前――」

「さー、入って入って!さぁさぁゆたちゃんのお帰りですよー」

 驚く鬼壱を余所に、何を気にする風もなく門の扉をぎぃっと遠慮なしに開いて、その中へと叫ぶ豊。
 扉が開かれた瞬間、庭で遊んでいた子供達がわっと此方に気付いて駆け寄る。先に入り込み、鬼壱から数歩離れた豊はすぐに彼らに囲まれてしまった。

「豊だ!お帰りー」

「姉ちゃん!もう帰ってきたの?今日は早いね」

「今日は仕事や修行じゃないっていったっしょー」

 本当に小さくて簡単に転んでしまうような少女から、蹴鞠を脇に抱えて元気よく話し掛ける少年から。年も性別もばらばらで、けれど豊を慕っている事だけは同じであった。
 豊は五つばかりの小さな少年を抱き抱え、高い高いをしながら答える。
 そんな姿に鬼壱が目を奪われていると、ふっと視線がこちらにまで来ている事に気付いた。点のような目が幾つも、幾つも。

 そして数秒間が空く、と。

「やべー!!豊男連れだー!篠母ちゃーん!豊男連れー!」

 ぎゃあー、と叫ぶような騒がしさが子供達に広がり、皆先頭の子を真似るように一斉に家へと走って行く。そるから、がらがらがら!と適当に扉を開けると中へと勢いよく飛び込んで行った。

「……随分激しい子供達だな」

「えへへ、私に似て元気でしょ。私が馴染みの人以外の男連れてきたの初めてだから、皆驚いてるし」

「……」

 豊はそう言いながら子供達の粗相を擁護するように笑う。そして、あまり反応しない鬼壱の手を引き、家へと上げた。

 が、靴を脱いだ所でたったっと足音が近づいてくる。

 足音を鳴らして戻って来たのは、先ほどの子供達と中で遊んでいたのだろう他の子供達。その群れを手を繋いだり声で抑えて前にいたのは、黒髪を一つに結った大人の女性であった。
 容姿で判断するならば、豊の母親としては丁度良い、若さはあるが苦労を重ねた年。藤であまり派手な模様のない上品な着物と纏めきれていない少しの垂れた髪が、その年に見合った色気を出している。

「篠母様、ただいまっ」

「ゆたちゃん――」

 それは京古養育屋敷の管理人、神居篠子(かむい しのこ)その人であった。
 元気に挨拶をする豊に対し、静かに名前を呼ぶ篠子。
 彼女は次の瞬間、大人しそうな顔の目をかっ!と開くと、豊に詰め寄っては肩を激しく揺すった。

「いいい一体どこで男なんて作って来たの?!貴女ってば慎ちゃんの事を断るから、仕事ばかりで恋愛もしない子だと心配してたのに……!」

 のべつ激しく言葉を発する姿は、篠子の外見から受ける雰囲気に全く似合わない。
 あの豊でさえも流石に彼女に敵わないのか、ゆさぶりがあまりに激しすぎたのか、ぐるぐると目を回してもう泡でも吹いて気絶しそうだ。

「篠母ちゃん、豊が死んじゃう!」

「はっ、つ、つい。ごめんなさい、豊」

 子供の一人に裾を引っ張られて、ようやく篠子は我に返る。慌てて豊を離すと、力が抜けた豊の体はそのまま崩れた。
 それを見ていた鬼壱の体は勝手に動き、自然と豊を抱くように支えた。

「……大丈夫か」

「あ、有難う……」

 力なくお礼を言う豊は何とか無事なようだ。

「本当にいきなり、ごめんなさいね。私この養育屋敷の管理人、そして豊の母親代わりの神居篠子です」

「あ……鬼壱です」

「ごめんねキーちゃん。篠母様は普段いい人なんだけど……時々こうなっちゃうんだ」

「キーちゃん?まあ、もう愛称で呼ぶような仲なのね。とりあえずゆたちゃんもキーちゃんさんも上がって」

「「上がってー」」

 篠子がそう言うと、子供達も声を揃えて真似し、鬼壱を中へと案内する。
 少し回復した豊も「遠慮なくー」と鬼壱を誘うが、鬼壱は良い返事を返さず俯く。何処かまだ遠慮しているようだった。

 奥へ進む廊下でもちらちらと辺りを見回す鬼壱に、豊は勘違いでもしたのか家の事を知ってもらいたいのか、庭の話などを語る。
 それでも早く奥の部屋で座ってほしいらしく、一通り語ると、また鬼壱は引っ張られた。

 座敷……否、居間に着けば、子供達が好き勝手している姿があちらこちらにあった。
 その部屋の中央に座布団が用意され、そこに二人は座る。

「……失礼します」

「ええ、どうぞ。私はお茶、煎れてくるわね」

「気にしなくていいのに。ねっ」

 同意を求める豊に、席を立つ篠子。
 空いた向かいの席に興味津々の子供達が寄ってきた。
 子供は全く、素直で空気を読まない。

「なーなー何処で知り合ったの!?」

「にーちゃん、豊の事本当に好き?」

「おにいさん、ゆたかのどこがすきー?」

 豊とは違い子供の群れに慣れていない鬼壱は、うっと気圧されるぐらいの勢いだ。卓に乗り上げた幼い体、一斉に飛ぶ質問。鬼壱は一人であるのに、一体どうしろというのか。
 しかし彼らの目にはその考えなどまるでなく、爛々と期待の光だけが見える。
 見兼ねた、と言うよりは言いたくて堪らなかったのか。豊は横からひゅっと顔を出すと、ぴっと指を前に伸ばして子供達へとばっちり決めた。

「ふっふーん。キーちゃんが緊張してるから、私が答えてしんぜよう!」

 本当に鬼壱が緊張しているのかは兎も角、話が聞けるとなった子供達は歓声をあげる。煩さは完全に豊へと集束された。
 そこで豊は語り始める。
 二人の出会いを、少しだけ嘘ではなく誤魔化して、けれど感情は、想いはそのままに。

「私とキーちゃんが出会ったのはねー……」
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