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本編

「――で、だ」

「ん?どうしたの」

「何で俺はまたこの町にいるんだ?」

 黒い髪に茶色の目。牙は一般的な犬歯の鋭さまで落ちていて、何時もの適当な布ではなく……上等でもないが、普通の着物を着た青年。その手を握り、可愛らしい顔で青年の顔を覗き込む少女。
 青年の言葉は愚問だと示すように、少女はにっこりと笑っている。
 それもそのはず、数日前に掛けられたばかりの変化の術で、鬼壱は再び人になっていた。勿論隣にいる豊が無理矢理掛けたのだ。
 そして再びの逢引だと、町へ連れられた。

「勿論、私とキーちゃんが逢引してるからですっ!」

「ばっ、声が大きい!」

「えー。キーちゃんが聞いてきたのにぃ」

 首都である京古の入り口付近では人が多い。鬼壱は自分の後ろを通った夫婦がくすくすと笑っていたように思える。そうでなくても視界に映る大半の人間はこちらを向いていた。
 叱られた豊は仕方ないなあと膨れつつも、鬼壱の手を取り大通りから外れる。
 ここならば先日に来た場所であるから、鬼壱も見覚えがあった。

「……今日は何処に連れていく気だ」

 手を握り歩く豊の機嫌が良くなっていく反面、今度は鬼壱が拗ね始めた。抑揚が少なく、平常より低い声でそう呟くように聞く。

「まあまあ。まずは少し、この間見ていけなかった所も見に行こうよ」

 その答えは明らかに目的地がある答えだった。
 しかし鬼壱も数日前に廻れなかった場所に興味がない訳ではない。
 そうして考えている間にも手を引かれていき、結局は豊の思うままに京古を散策するのだった。

 門のある地区で豊が廻りたい道を粗方廻ると、まだまだ幼い腹が遠慮なく鳴るもので、二人は蕎麦屋に寄った。
 蕎麦屋の中でも比較的安い店だったが蕎麦の風味もつるつるとした喉ごしも悪くない。だが、満足したところで相変わらず人間の金を持っていない鬼壱は豊に出してもらうのだった。
 前に来たときもそうだ。鬼壱は外つ国のお菓子すら買ってやれなかった。
 蕎麦屋を出たところでどうもばつが悪くなり、鬼壱は懐から宝石を取り出す。

「豊」

「えっ。うわあ!凄い綺麗……!」

「早くしまっておけ」

 豊の手に渡されたのは澄んだ綺麗な翠の宝石。鬼壱の持っているものの中では一番というものではない。だが人間にとっては価値のあるもので、おいそれと見せびらかしては危ないのも事実。
 豊は初めての贈り物、それも綺麗な石に溢れる喜びを表現したかったが、鬼壱の言葉を理解してすぐに服の中にしまった。それを見ながら、鬼壱は誤解を解いていく。

「それはこの間と今日、お前に金を出させた詫びだ。本当は俺が換金できればいいんだが……この宝石は他の妖を手伝ったりして貰ったモンだ。その妖がそれを手に入れた経緯は知らない。もし俺みたいな町人風情が持っていって人間から奪ったモンだったなら、根掘り葉掘り聞かれるだろう。だからお前にそのままやる」

 鬼壱は人間を襲って手に入れた訳ではない。かと言ってまさか本当の事を話すわけにもいかない。
 だが豊は忍者だ。倒した妖が偶然持っていたものだと言い訳が立つ。
 贈り物ではなく貸し借りを無くすただの代金。そうわかって少し残念そうにする豊だが、鬼壱から貰ったものである事は間違いなく、宝石を収めた場所をきゅっと軽く握った。

「……で。これから何処に行く?向こう側か?」

 地区を越えた向こう側を指す鬼壱。
 だが、豊は首を振って否定した。
 その姿を見て、鬼壱も目的地があるらしい事を思い出す。
 そして少し溜められた間があった後、豊はこう言い出したのだ。

「……私のお家!」

「豊の家?……まさか」

 確かに今まで家を訪れた事などない。当たり前と言えば当たり前だ。森に住む妖が京古に住む人間の家を訪れる機会など滅多にあるまい。
 先日の町での逢引(仮)でも立ち寄る事は無かった。自分の家の一言すらなかったはずだ。
 だが今日になって、こんな滅茶苦茶な彼女が自分を家に連れていく、ということは――。



 極々一般的らしい家の造りを見た後に入り込んだそこで始まる、所謂両親への紹介。豊の顔や声の張りはいつも通り向日葵か、太陽のような煩……明るさだった。

『お父様!この人が私のお・む・こ・さ・んだよ!』

 きゃっと高い声を飛ばして、鬼壱を父(仮年齢42)の目の前にずずいと押し出す豊。
 そうなると卓袱台を挟んで、鬼壱はある意味大蛇をも凌駕する相手と対峙する事になる。
 その相手である白髪混じりの豊の父の額に、心なしか青筋が見えた。

『いや、あの、ちょっと待て豊!』

 そして鬼壱の顔は心なしか青く。
 突然言い出した言葉に慌てて手を振り首を振るが、二人の正反対の表情は変わらない。
 そもそもどうしてこうなった。どこから語れば、説明、いや、説得をするべきか。鬼壱の頭には混乱ばかりが踊っていた。
 そんな横で、年は行っているもののどこか色気を感じる豊の母は、頬に手を当ててにこにこと笑っていた。その笑顔と薄い色素の髪は娘そっくりだ。

『あら、ゆたちゃんもそんな年になったのねぇ。あなた。反対なんてしないでしょ、ゆたちゃんの決めた人ですもの』

『流石お母様ー!話がわっかるぅー』

『い、いや』

 こちらもこちらで強敵だった。
 豊とその母親に詰め寄られ、流石にたじろぐ豊の父。

『だから俺の話を聞いて下さい……お、お義母さん』

 険しい表情が切り崩された今だと鬼壱も果敢に飛び込むが作戦は失敗する。

『ほらお母様聞いたー!?キーちゃんがお義母さんだって』

『聞いた。聞いたわよ、ゆたちゃん!お義母さんだなんて!きゃあ!』



 ――恐ろしい。
 
(こんな事が、家に行けば現実になってしまう……!)

 傍から見られたならば馬鹿らしい妄想を、もわもわと雲のように浮かべて鬼壱は慌てる。だが妄想の豊の調子と現実のいつもの調子はそう変わらないのだから仕方がない。
 いつの間にか鬼壱は手土産らしいお菓子の入った紙袋を持っていて(恐らくまた金平糖の店で買ったのだろうが、鬼壱は覚えていない)、まだ来たことのない道に入り込んでいた。
 更に顔が青くなる頃には、「着いたよー」という豊の無情な声が掛けられるのだった。

 そんな状態のまま、目の前の建物を見やる鬼壱。
 少し長めの白い塀と扉、古びてはいるが普通の家よりはずっと広いしっかりした屋敷。

「ここ、なのか?」

 そして門に掛けられた看板を見てから、鬼壱はそう呟いた。
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