本編
「それでお婆ちゃん、このお菓子はなあに?」
豊はずっと気になっていた、目の前にある見た事のないお菓子を指して聞いた。
「ああ、金平糖だねえ。外つ国(とつくに)の船が持ってきたものだよ。お砂糖で出来ていて、とっても甘いよ」
「へえ……!」
相変わらず豊の目は輝いていて、それをどうしても視界に入れてしまう鬼壱は何かもどかしい気持ちになる。これは逢引ではないし自分は恋人ではない……はずだ。ただ、こんな顔をしている豊に金平糖を買ってやるのは悪い事ではない気がする。
しかし、鬼壱は今、人間の金を持っていない。ちょっとした宝石やら薬草ならば持ち合わせもあるが、それも換金屋でもない老婆の前では無意味だった。
「……じゃあお婆ちゃんそれ、」
一方お金を持っている豊は、早速珍しいお菓子を買おうとする。
その注文する言葉を遮ったのは、鬼壱を見て優しい顔をする店主の老婆だった。
「少しだけ想い人さんに分けてあげますよ。初めての豊ちゃんが好きになった人だしねぇ」
「えっ……?!」
突然の事に、否、もしかしたら自分の考えが読まれたのではないかという驚きに、鬼壱は声をあげる。
しかし老婆はその様子に構いもせず、ざらざらと懐紙の上に一掬いの砂糖の星を乗せた。
戸惑う鬼壱だが、その懐紙を流れのままに受け取ってしまう。
「いい……のか?外つ国の菓子じゃあ、高いんじゃないのか」
「まあ、少しだけ値は張りますけどね。そのくらいでしたら、いつもお世話になってる豊ちゃんの想い人ですもの。それに、次は買って頂けるかもしれませんしね」
「わあい!お婆ちゃん有難う!キーちゃん、やったねっ」
お礼にまたうんとこの店を利用する気なのだろう。今は無邪気に笑って喜ぶ豊の姿を見て、鬼壱の顔も和らいでいく。
「……ああ。有難う。この礼はいつかきっと返そう」
「そうねぇ。それなら、豊ちゃんを幸せにしてあげて下さいね」
「きゃあ!聞いた聞いた?キーちゃんっ。私の事、幸せにして下さいね!」
調子に乗って腕にぎゅっと抱き付く豊に、一瞬金平糖を落としそうになる鬼壱。何とかそれは免れたものの、顔を真っ赤に染めたまま菓子屋を後にした。
後ろからは老婆の笑い声が聞こえた気がした。
歩きだした鬼壱は一先ず懐紙を折り畳み、落ち着ける場所がないかを探す。
町に来る前にもあったが、海が近い所為かこの辺りは小川が幾つも流れていて、当然町の中も横断していた。
大通りから離れてしまったからか、人通りが疎らなそこが丁度良いと、豊を引いて川の傍に腰を下ろす。
「えへへ。やっぱり来てよかったでしょ?」
ここまで来て悪かったとは言えない。けれど自分が妖であることも忘れ得ぬ鬼壱は、その問いに答えることなく懐紙を取り出した。
そしてそれを開くと、上に乗った金平糖を豊に勧める。
「……折角貰ったんだ。食え」
「えー。私じゃなくてキーちゃんが貰ったんだよ。だからお先にどうぞっ」
「いや、どう考えたって俺はお前のおまけだろ。大体あんなに欲しそうな顔してたじゃねェか」
その言葉を口にしてから豊を見て、鬼壱はまずいと思った。まるで金平糖を初めて見た時のようにきらきらと瞳が輝いていたのだ。
「キーちゃん、やっぱり私の事見ていてくれたんだね!嬉しい!」
「いや、あー、それは違……」
こうなった豊は中々止められない事を長年の経験で知っている。だがここは人通りが疎らとは言え、確かに存在する人の町なのだ。
否、ここにいるのが人かどうかはこの際関係ない。
他者の目がある事がとても恥ずかしいのだ。
どうしようか慌てた鬼壱は、片手に乗ったままの金平糖を見て、それを一摘まみすると豊の口に放り込んだ。流石に腕白な小僧ではないのだから、大事なお菓子が口に入り込んだままは喋れまい。そう勢いで思ってやった事だった。
確かに豊は一気に大人しくなった。
しかし嬉しそうに、少しだけ頬を染めて照れて、口の中の砂糖菓子を転がした。
何だか自分まで恥ずかしくなってきた鬼壱は、同じように自分の口に金平糖を入れて甘さを誤魔化す。
溶けきった頃には豊の水筒で二人は喉を潤して、再び残りの金平糖を口にする。暫くそうやって、川の音だけを聞いていた。
豊はずっと気になっていた、目の前にある見た事のないお菓子を指して聞いた。
「ああ、金平糖だねえ。外つ国(とつくに)の船が持ってきたものだよ。お砂糖で出来ていて、とっても甘いよ」
「へえ……!」
相変わらず豊の目は輝いていて、それをどうしても視界に入れてしまう鬼壱は何かもどかしい気持ちになる。これは逢引ではないし自分は恋人ではない……はずだ。ただ、こんな顔をしている豊に金平糖を買ってやるのは悪い事ではない気がする。
しかし、鬼壱は今、人間の金を持っていない。ちょっとした宝石やら薬草ならば持ち合わせもあるが、それも換金屋でもない老婆の前では無意味だった。
「……じゃあお婆ちゃんそれ、」
一方お金を持っている豊は、早速珍しいお菓子を買おうとする。
その注文する言葉を遮ったのは、鬼壱を見て優しい顔をする店主の老婆だった。
「少しだけ想い人さんに分けてあげますよ。初めての豊ちゃんが好きになった人だしねぇ」
「えっ……?!」
突然の事に、否、もしかしたら自分の考えが読まれたのではないかという驚きに、鬼壱は声をあげる。
しかし老婆はその様子に構いもせず、ざらざらと懐紙の上に一掬いの砂糖の星を乗せた。
戸惑う鬼壱だが、その懐紙を流れのままに受け取ってしまう。
「いい……のか?外つ国の菓子じゃあ、高いんじゃないのか」
「まあ、少しだけ値は張りますけどね。そのくらいでしたら、いつもお世話になってる豊ちゃんの想い人ですもの。それに、次は買って頂けるかもしれませんしね」
「わあい!お婆ちゃん有難う!キーちゃん、やったねっ」
お礼にまたうんとこの店を利用する気なのだろう。今は無邪気に笑って喜ぶ豊の姿を見て、鬼壱の顔も和らいでいく。
「……ああ。有難う。この礼はいつかきっと返そう」
「そうねぇ。それなら、豊ちゃんを幸せにしてあげて下さいね」
「きゃあ!聞いた聞いた?キーちゃんっ。私の事、幸せにして下さいね!」
調子に乗って腕にぎゅっと抱き付く豊に、一瞬金平糖を落としそうになる鬼壱。何とかそれは免れたものの、顔を真っ赤に染めたまま菓子屋を後にした。
後ろからは老婆の笑い声が聞こえた気がした。
歩きだした鬼壱は一先ず懐紙を折り畳み、落ち着ける場所がないかを探す。
町に来る前にもあったが、海が近い所為かこの辺りは小川が幾つも流れていて、当然町の中も横断していた。
大通りから離れてしまったからか、人通りが疎らなそこが丁度良いと、豊を引いて川の傍に腰を下ろす。
「えへへ。やっぱり来てよかったでしょ?」
ここまで来て悪かったとは言えない。けれど自分が妖であることも忘れ得ぬ鬼壱は、その問いに答えることなく懐紙を取り出した。
そしてそれを開くと、上に乗った金平糖を豊に勧める。
「……折角貰ったんだ。食え」
「えー。私じゃなくてキーちゃんが貰ったんだよ。だからお先にどうぞっ」
「いや、どう考えたって俺はお前のおまけだろ。大体あんなに欲しそうな顔してたじゃねェか」
その言葉を口にしてから豊を見て、鬼壱はまずいと思った。まるで金平糖を初めて見た時のようにきらきらと瞳が輝いていたのだ。
「キーちゃん、やっぱり私の事見ていてくれたんだね!嬉しい!」
「いや、あー、それは違……」
こうなった豊は中々止められない事を長年の経験で知っている。だがここは人通りが疎らとは言え、確かに存在する人の町なのだ。
否、ここにいるのが人かどうかはこの際関係ない。
他者の目がある事がとても恥ずかしいのだ。
どうしようか慌てた鬼壱は、片手に乗ったままの金平糖を見て、それを一摘まみすると豊の口に放り込んだ。流石に腕白な小僧ではないのだから、大事なお菓子が口に入り込んだままは喋れまい。そう勢いで思ってやった事だった。
確かに豊は一気に大人しくなった。
しかし嬉しそうに、少しだけ頬を染めて照れて、口の中の砂糖菓子を転がした。
何だか自分まで恥ずかしくなってきた鬼壱は、同じように自分の口に金平糖を入れて甘さを誤魔化す。
溶けきった頃には豊の水筒で二人は喉を潤して、再び残りの金平糖を口にする。暫くそうやって、川の音だけを聞いていた。